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第二章 ガタガタの階段は、しがみついて泥臭く登れば良いでしょう。

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 お風呂上りで、鏡を前に気合を入れていた。卓上鏡の横には今日手渡された白い箱が置いてある。私にとっては高級化粧品だ。封を切って、手のひらにのせ、顔にパシャンだ。一滴もこぼさないように脳内シミュレーションは何度もした。精神統一のために目を瞑り、息を吸って、ながーく吐いた。

 ガチャ。その音と共に室内の空気が動くのを感じる。驚きつつ目を開ければ、そこにはドアから覗く五十嵐社長がいた。

「えぇえ?!」

 驚いたことは五十嵐社長が現れたことだけではない。現れたのが玄関からでも、窓からでもなく、壁からだったからだ。ここの部屋に初めて来たとき、押しても引っ張っても開かない不思議なドアがあると思っていた。もしかしたら工事のときとか、メンテナンスに必要なドアなのだろうと決めつけていたのに。そのドアはいとも簡単に開けられて、お風呂上りなのか髪を下した五十嵐社長が出てきたのだ。

「ゼロワンはまだ使ってないか?」

 驚く私を余所に五十嵐社長が問いかけてくるから、阿保みたいに口を開けて「はあ」と答えていた。

「効果を見るために現状の写真を撮る」

 長い脚が私の仮住まいに一歩、二歩と入ってくる。大き目の黒のティシャツに黒のスキニー姿で、控えめに言って格好良い。

「そ、そこは?」

 驚きが止まらない私は、五十嵐社長の入ってきたドアを指さす。振り返ったイケメンは、「あぁ」と何かに気付いたように小さく頷いた。

「ここはそもそも家政婦用に作った部屋だ。いちいち玄関から出入りしなくてもいいように、俺の家と繋がっている」

「で、でも、開きませんでした」

「当たり前だ。俺のプライベートに自由に出入りされては困る」

「私のプライベートとは?」

 納得いかない顔で五十嵐社長を見れば、ふっと悪そうに笑ってから私の横に腰を下ろした。その手にはデジカメが握られていて、こちらを向けと言わんばかりに無言で合図を送ってくる。今更スッピンを見られようが恥ずかしくない。なぜなら一番恥ずかしい体重を晒しているのだ。五十嵐社長にとって私は実験体のひとつでしかないのだろう。

「目を瞑れ」

 かなりの至近距離でカメラを構えられ、やっぱり恥ずかしくなる。正座した体勢から無意識のうちに上半身を後方に下げていたみたいで、眉を寄せた五十嵐社長に腰を引き戻された。この体勢・・・エロすぎる。正座した私に向かい合った五十嵐社長は片膝をつき、右手はカメラを左手は私の腰にやり覆いかぶさるようだ。自然と近い距離に、鼓動が跳ね上がる。

「ちっ。陰になる。ついてこい」

 カメラを覗き込んでから気に入らない表情を見せた五十嵐社長は、私から離れてドアの向こうへと消えてしまった。その背中を見送りながらも、私の心臓はどくどくと大きな音を立てている。

 五十嵐社長を追いかけてドアをくぐれば、そこは五十嵐社長の家の廊下に繋がっていた。左を見れば玄関で、これでなんとなく家の構造が把握出来た気がした。「へえ」と感嘆のため息をこぼしてから、五十嵐社長が向かったリビングへと小走りで向かった。

 それから色気のない写真撮影会をした。写真を見せてもらったが、画面いっぱいに映った自分の肌は気分の良いものではなかった。あんまりまじまじと見たことがなかったからわからなかったけれど、頬や目元にシミが出来ていたし唇の周りにはおばあちゃんのような肝斑が。肉が詰まっているおかげでしわはそこまでないが、全体的にくすんだ肌をしていた。私はもうピチピチとは程遠いのだと実感する。

「じゃあ、私はこれで」

「ゼロワンを塗布したら戻ってこい。今日の宿題の答え合わせだ」

「・・・」

 忘れていたかった宿題の答えは出ていない。急激に悪くなる体調にお腹をさすりながら自室に戻った。



「感想は?」

 言いつけ通りに五十嵐社長の元へと舞い戻った私に、五十嵐社長はソファでコーヒーを傾けながらそう言った。なんかむかつくけれど、仕事では私の立場は下である。

「水みたいでした。サラサラでこれが本当に価値のあるものなのかって不安になるくらいに。でも、塗布して驚きました。むしろ手に乗せた瞬間にびっくりしました。すぐに肌が吸い込んでしまって、慌てて顔に付けました。一瞬で吸収してしまって、あまりにもあっけなくて。言いつけ通りに乳液とクリームも塗ったので、モチモチです」

「ゼロワンは原液だからな。水やヒアルロン酸とかそういうのは一切入っていない。だからとろみもなければ水みたいに肌の表面に残る感じもない」

「ええ、そうでした」

「今、効果出ているのに気付いているか?」

「え?」

「肌がワントーンアップしている」

 五十嵐社長は得意げに小さく笑ってから、隣に座るようにソファを指さした。黙って従えば目の前に鏡が準備されていて覗くと、確かに明るくなっている。

「あ、本当です。凄い」

 自然と出た本音だった。隣でくすりと笑った声が聞こえて、振り向けばコホンと咳払いして真顔に戻る横顔が見えた。

「お前、パソコンは?」

「タブレットしか持っていません」

「___今日はそれを使っていい」

 五十嵐社長が指さしたのは、サブ?リビングのテーブルに乗せられたパソコン。

「プレゼン用のスライドは作ってある。内容を確認しながら、一般の人間でも分かるような言い回しに変えて使っていい。明日は朝のジムは休んで、昼からの出勤にして構わない。今夜で資料を作成するように」

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