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第二章 ガタガタの階段は、しがみついて泥臭く登れば良いでしょう。
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静かな車内で私が抱えている紙袋が時折カサリと音を立てる。隣にはイケメン中国人俳優。名前は五十嵐社長。あ、そういえば私は五十嵐社長の下の名前も知らないんだ。
「質問しても良いですか?」
返事はせずに私を一瞥した五十嵐社長を許可だと解釈しておく。
「今更ですが、下のお名前聞いても良いですか?」
「___啓太」
「啓太さん。ついでに年齢とか聞いても?」
「___二十八」
年下だろうとは思っていたけれど、やっぱり年下なんだと思えば偉そうな態度に腹が立つ。いや、待てよ。五十嵐社長だって私の年齢を知らないのかもしれない。
「私は三十歳です」
「知っている」
知っているんかーい。だとしたら敬意を示す程の人間だと思われていないってこと。まあ、そうだろう。私は落ちこぼれで、五十嵐社長は若くてイケメンな成功者だ。それでも一つくらい勝てるものが欲しい。
「私は社会人十年目です」
「___だからなんだ」
そうですよね。だからなんだ。ごもっとも。意味のある十年と、私のように埃被ったタヌキの置物とは訳が違う。
「俺は去年まで学生だった」
「え!? 大学浪人しまくったとかですか?」
ちょっと嬉しくて、思わず前のめりで口にしてしまっていた。もちろん睨まれたが、今回は良しとしよう。
「お前、馬鹿で世間知らずだな。大学の博士課程まで卒業したらストレートでも二十七歳だ」
「はくしかていですか」
「大学四年。大学院が三年。博士が二年だ。足し算の経験は?」
「あっ、ありますよ。でもそんなに勉強して、やりたい事があったんですか?」
「今、している」
「ああ・・・」
「良い教授に恵まれて、学生時代から大手会社と共同研究開発をしてきた。難しい再生医療分野のあらゆるノウハウも叩き込まれた。お陰で社会人と変わらない学生時代を過ごしてきた。接待もしたし、商談も学会発表だってしてきた。俺は・・・目標の為に努力してきた」
そう言った五十嵐社長の横顔には苛立ちが垣間見える。そっか。そうなんだ。だから私みたいに努力もせず生きている人間に腹が立ったのだろう。だったらほっとけばいいのに、どうして私にこんな肩入れしてくるのだろうか。再び五十嵐社長を盗み見ても、もう口を開いてくれそうにない。今は黙っておこう。なんとなく、そうしたほうが良い気がして。
次に高級車が止まったのは、高級ブランドが立ち並ぶ路面店のひとつ。
「ここですか?」
「黙ってついてこい」
私に拒否権なんてなくて、入ったことも無い高級店に身を縮めながら入る。五十嵐社長は常連かのように堂々としているけれど、ここはレディース服のショップなんですけれども。
「いらっしゃいませ」
ゆっくりとした動きでお辞儀をした店員さんは、綺麗に髪をまとめていてモデルのような体型だ。五十嵐社長を見ても落ち着いているのは、きっと芸能人を見慣れているからだろう。それでも瞳の奥に垣間見えるハートが、五十嵐社長のレベルの高さを訴えている。
「日和」
「はっ、はい」
たまに名前で呼ぶのはやめて欲しい。ちょっとドキっとしてしまうからなんて、言わないけれども。
「サイズは?」
「___L・・・だぶるです」
これまでの事も考えると嘘なんて通用しないから小声で答えてみたら、やっぱり不愉快そうに見下ろしてくる。そんな道端の吐しゃ物を見る様な目で、私を殺す気ですか。バツの悪い顔をしながらチラチラと五十嵐社長を見上げれば、それを見ていた店員さんが勝ち誇った顔をしている。私が恋人でないことに「だよね」と言っているようだ。
五十嵐社長はそんな私を置いて店内を回り始めた。入り口で立っているわけにもいかず、人気者の子分のように五十嵐社長の後ろをちまちまとついて行く。店内には値段が表示されていない。私が行く店は、“~3990円”とか“セール”とか書いてあって、私はその文字目がけて物色しに行くのに。明らかに高品質な生地で出来た服たちは、皆が主役のように堂々とハンガーにかかっている。
「これを」
五十嵐社長が指差したのはタイトな黒の膝丈ワンピース。しっかりとした生地で首元には上品なフリルがあり、肘のあたりからは花のように美しいスリーブが魅力的だ。袖口のスリーブにはからし色のラインがあり、ウエストもキュッと締まった立体的なデザインに裾も百合のように上品に広がっていた。
「こ・・・これ」
「承知いたしました。こちらの商品はサイズがSかMのみですが、如何いたしましょうか?」
「構いません。Mサイズで準備をお願いします」
店員さんは五十嵐社長の言葉に、にこりと微笑んでから裏の方に消えて行ってしまった。
「倉科さんに差し上げるんですよね?」
苦笑いをしながら五十嵐社長を見上げてみたら、「はあ?」って言う顔を返された。改めてワンピースを見ても、これを私が着るなんて想像出来ないししたくない。腕のムチムチ感は協調されるし、ウエストだってこんなにくびれて・・・というか、そもそもMサイズなんて入らない。
そして再び静かな車内で、私の膝の上には二つの紙袋が鎮座している。私は一度も財布を開いていない。いつの間にか済まされていた会計に、早足で歩いて行く五十嵐社長を追いかけながらお礼を言った。聞こえていたのかわからないが、返事はなかった。プレゼント・・・ってことだよね?
運転中の横顔を見ても目が合うことはない。一体何を考えているのだろう。
「質問しても良いですか?」
返事はせずに私を一瞥した五十嵐社長を許可だと解釈しておく。
「今更ですが、下のお名前聞いても良いですか?」
「___啓太」
「啓太さん。ついでに年齢とか聞いても?」
「___二十八」
年下だろうとは思っていたけれど、やっぱり年下なんだと思えば偉そうな態度に腹が立つ。いや、待てよ。五十嵐社長だって私の年齢を知らないのかもしれない。
「私は三十歳です」
「知っている」
知っているんかーい。だとしたら敬意を示す程の人間だと思われていないってこと。まあ、そうだろう。私は落ちこぼれで、五十嵐社長は若くてイケメンな成功者だ。それでも一つくらい勝てるものが欲しい。
「私は社会人十年目です」
「___だからなんだ」
そうですよね。だからなんだ。ごもっとも。意味のある十年と、私のように埃被ったタヌキの置物とは訳が違う。
「俺は去年まで学生だった」
「え!? 大学浪人しまくったとかですか?」
ちょっと嬉しくて、思わず前のめりで口にしてしまっていた。もちろん睨まれたが、今回は良しとしよう。
「お前、馬鹿で世間知らずだな。大学の博士課程まで卒業したらストレートでも二十七歳だ」
「はくしかていですか」
「大学四年。大学院が三年。博士が二年だ。足し算の経験は?」
「あっ、ありますよ。でもそんなに勉強して、やりたい事があったんですか?」
「今、している」
「ああ・・・」
「良い教授に恵まれて、学生時代から大手会社と共同研究開発をしてきた。難しい再生医療分野のあらゆるノウハウも叩き込まれた。お陰で社会人と変わらない学生時代を過ごしてきた。接待もしたし、商談も学会発表だってしてきた。俺は・・・目標の為に努力してきた」
そう言った五十嵐社長の横顔には苛立ちが垣間見える。そっか。そうなんだ。だから私みたいに努力もせず生きている人間に腹が立ったのだろう。だったらほっとけばいいのに、どうして私にこんな肩入れしてくるのだろうか。再び五十嵐社長を盗み見ても、もう口を開いてくれそうにない。今は黙っておこう。なんとなく、そうしたほうが良い気がして。
次に高級車が止まったのは、高級ブランドが立ち並ぶ路面店のひとつ。
「ここですか?」
「黙ってついてこい」
私に拒否権なんてなくて、入ったことも無い高級店に身を縮めながら入る。五十嵐社長は常連かのように堂々としているけれど、ここはレディース服のショップなんですけれども。
「いらっしゃいませ」
ゆっくりとした動きでお辞儀をした店員さんは、綺麗に髪をまとめていてモデルのような体型だ。五十嵐社長を見ても落ち着いているのは、きっと芸能人を見慣れているからだろう。それでも瞳の奥に垣間見えるハートが、五十嵐社長のレベルの高さを訴えている。
「日和」
「はっ、はい」
たまに名前で呼ぶのはやめて欲しい。ちょっとドキっとしてしまうからなんて、言わないけれども。
「サイズは?」
「___L・・・だぶるです」
これまでの事も考えると嘘なんて通用しないから小声で答えてみたら、やっぱり不愉快そうに見下ろしてくる。そんな道端の吐しゃ物を見る様な目で、私を殺す気ですか。バツの悪い顔をしながらチラチラと五十嵐社長を見上げれば、それを見ていた店員さんが勝ち誇った顔をしている。私が恋人でないことに「だよね」と言っているようだ。
五十嵐社長はそんな私を置いて店内を回り始めた。入り口で立っているわけにもいかず、人気者の子分のように五十嵐社長の後ろをちまちまとついて行く。店内には値段が表示されていない。私が行く店は、“~3990円”とか“セール”とか書いてあって、私はその文字目がけて物色しに行くのに。明らかに高品質な生地で出来た服たちは、皆が主役のように堂々とハンガーにかかっている。
「これを」
五十嵐社長が指差したのはタイトな黒の膝丈ワンピース。しっかりとした生地で首元には上品なフリルがあり、肘のあたりからは花のように美しいスリーブが魅力的だ。袖口のスリーブにはからし色のラインがあり、ウエストもキュッと締まった立体的なデザインに裾も百合のように上品に広がっていた。
「こ・・・これ」
「承知いたしました。こちらの商品はサイズがSかMのみですが、如何いたしましょうか?」
「構いません。Mサイズで準備をお願いします」
店員さんは五十嵐社長の言葉に、にこりと微笑んでから裏の方に消えて行ってしまった。
「倉科さんに差し上げるんですよね?」
苦笑いをしながら五十嵐社長を見上げてみたら、「はあ?」って言う顔を返された。改めてワンピースを見ても、これを私が着るなんて想像出来ないししたくない。腕のムチムチ感は協調されるし、ウエストだってこんなにくびれて・・・というか、そもそもMサイズなんて入らない。
そして再び静かな車内で、私の膝の上には二つの紙袋が鎮座している。私は一度も財布を開いていない。いつの間にか済まされていた会計に、早足で歩いて行く五十嵐社長を追いかけながらお礼を言った。聞こえていたのかわからないが、返事はなかった。プレゼント・・・ってことだよね?
運転中の横顔を見ても目が合うことはない。一体何を考えているのだろう。
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