おかえり、シンデレラ。ー 五十嵐社長は許してくれやしない ー

キミノ

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第二章 ガタガタの階段は、しがみついて泥臭く登れば良いでしょう。

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 ジム終わりにシャワーを浴びて、あとは帰るだけだからと濡れた髪のままエレベーターに乗り込んだ。五階ボタンを押してから、汗臭い服の入ったバッグを抱き締めるように持ち上げる。

 ポーン。到着の音が鳴りエレベーターの扉が開くと、正面には五十嵐社長が立っていた。黒のスラックスにネイビーのポロシャツでいつになくラフな格好である。

「あ、とお疲れ様です」

「濡れたカピバラみたいだぞ」

 スッピンを恥ずかしがる暇もなく繰り出された先制攻撃に、微妙な気持ちになった。私の好きな漫画ではカピバラは可愛く描かれていた。本物は動物園で見た。褒められている気は・・・しない。

「カピバラよりは清潔です」

「カピバラも温泉に入るんだ。同じようなものだろう」

 右の口角だけ上げて笑った五十嵐社長が、エレベーターに乗ったのを合図に扉が閉まった。一つ階を上がるのはこんなにも時間がかかるのだろうか。心の中で、ポーンこい。ポーンこい。とアホみたいに唱えてしまうくらいには居心地が悪かった。

 ポーンと軽快な音が鳴ってほっと息を吐く。先に降りた五十嵐社長の背中を見ながら後ろに続いて降りる。降りてすぐ右に曲がったところの扉が私の短期ステイ先で、左に入って行く方が社長様のご自宅だ。

「お疲れ様でっ・・・、んにですか?」

 目を合わさず挨拶だけして玄関を開けようとした腕を掴まれて、横に立った五十嵐社長を見上げる。見下ろしてくる目からは表情が読み取れない。怒っているような悲しそうな曖昧な表情だったから。

「ついてこい」

「え?」

 引っ張られた腕に従い足が動く。お隣さんの玄関扉が開かれて入るように促されれば、私に拒否権など無い。広い玄関にはたった今社長が脱いだ革靴と、今私が脱いでいるありふれたパンプス。そのまま廊下も腕を引かれて進み、曲がった廊下の先にあったリビングに入れば冷たい天然石の床に足先を丸める。

 広いリビングはアンバランスなコの字になっていて、私の借り間が五つは余裕で入りそう。センターにあるキッチンは生活感がなく、レンジや鍋・食器も見当たらない。アイランドキッチンというもので、おそらく料理中は目の前にある大きな窓から外が見えて気分が上がるに違いない。キッチンを進んで向こうの方にはダイニングテーブルが見える。もちろん規格外の大きさだが、こちらのほうが凄い。こちらというのはキッチンをセンターに左側のエリアのことで、ここをリビングだと言うには申し訳なく感じる。大きなソファは二か所に設置されていて、それぞれにテレビとテーブルがあるからリビングが二つあるというかもうよくわからない。ここに二十人が共同生活をしていて、場所が足りないからこちらにも置きましたというなら納得出来る。しかし、玄関から入ってここまで、私と五十嵐社長以外には誰もいない。

「お前」

 耳元で不意に声を掛けられて、全身に鳥肌が立ってしまった。部屋に見とれていて、五十嵐社長のことを失念していた。

「これは何のシャンプーだ?」

 背後に立った五十嵐社長の長い首が私の顔を覗き込んでくる。存在は痛い程感じているが、顔を向けることが出来ない。それくらいに近い距離で漂う色気に中てられ、悔しいけれど己の“オンナ”が疼くのを感じた。

「ジムの、です」

「ふぅん」

 揺れる空気を敏感に感じ取りながらも、されるがまま棒立ちで居た。この人になら何されても・・・って、何馬鹿げたことを。

 しっとりと冷たい髪を五十嵐社長の指が摘まみ、バタバタと肩に当たった。でた。値踏みされている。

「やり直し」

「___はい?」

「どこにでもある適当な物を使うな。お前、ホテルでも置いてある物を使う人間なんだな」

「別にシェービングフォームで洗ったわけではありません。髪を洗う専用の物で洗ったことに問題はないはずですけど」

「口答えはいい。廊下に出て右の一つ目がバスルームだ」

 私の気持ちなど、どうでもいいらしい。早口にそう言って五十嵐社長はソファのほうに歩いて行ってしまった。濡れカピバラは一日何回お風呂に入れば認められるんですか。私の心は怒りと悲しみで震えています。
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