おかえり、シンデレラ。ー 五十嵐社長は許してくれやしない ー

キミノ

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第一章 運命の糸は、意図せず絡みつくものです。

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「んだあぁぁ」

 シングルベッドに倒れ込みながら、色んな感情を込めた低いうめきをあげる。

 今日は疲れた。本当に疲れた。あれからジムに行ってきた。体重や体脂肪だけじゃなく、全身の至る箇所までサイズを測られてしまった。トレーナーには特注の全身スーツを注文出来るくらいには知り尽くされてしまった。始めは恥ずかしかったけれど、余りにも普通にされるものだから慣れてしまったのかもしれない。初日だからって食事の指導や部屋で出来るトレーニングまで教えてもらえた。至れり尽くせりで、痩せないと申し訳ないくらいだ。

 これでも学生時代は五十五キロの普通の女の子だった。身長も高いほうだったから、専門学生の頃は制服のモデルをしたこともあったっけ。何もかも過去の栄光でしかない。就職して挫折ばかりで太り始めてからは、あの頃の私を知る人たちとは距離を置くようになった。友達には昇進や結婚も早そうだよねと言われて、私もきっとそうなればいいなと思っていた。真逆にこんな落ちぶれた姿、絶対に見られたくない。

 なんだかセンチメンタルな気分になってきて、気分転換の為に起き上がりベッドの上で胡坐(あぐら)をかいた。八帖程の部屋には簡単なキッチンが付いていて、お風呂とトイレがついているだけの本当に簡易的な部屋だった。でもベッドはあるし、クローゼットも冷蔵庫もある。なんならテレビや机もあるから当面困る事はなさそうだ。部屋を見渡していると、鞄からはみ出た資料の束が目に入る。それを手に取りパラパラと捲ると、ページ番号に足りないものを見つけた。

「あー・・・、あ。そういえば拾ってなかったっけ」

 携帯を覗くと時間は夜の九時を過ぎていた。部屋にいてもなんだか落ち着かないし、下の階だから取りに行こうかな。寝巻の黒いTシャツにごんずい柄のラフなズボンだけれど、もう誰もいないだろうしこのままで構わない。ポケットにスマホを入れて、お風呂上がりで濡れた髪のまま玄関扉をゆっくりと開ける。廊下は明るいままで少しホッとした。


 エレベーターが到着すると四階の廊下は想像した通りに、グリーンライトが照らす不気味な雰囲気に変身していた。あんなに清潔感のある素敵な場所だったのに、一気に心霊スポットのようだ。ここに来て帰るわけにもいかず、足早にエレベーターを降りて防火扉に扮した職員専用ドアを開けた。社内に入っても暗いことに変わりはない。スマホライトで辺りを照らしたまま、社長室のドアノブに手をかける。ゆっくり開けると怖さが倍増する気がして、一息で勢いよく開けた。

「・・・」

 そこにはデスクに肘を付いて眠っている五十嵐社長の姿があった。姿が見えた瞬間怒られるかもと思ったが、気付かずに眠っている様子。部屋の電気は消されてデスクライトだけが五十嵐社長を照らしていて、まるでスポットライトに照らされた王子様のようだと思った。脱いだジャケットは椅子の背もたれに掛けられていて、シャツ姿も隙があって良い。思わず見とれてしまっていることに気付いて、なんだか悔しい。兎に角、起こさない様に拾って帰ろう。

 足音を立てないようにゆっくりとデスクに近付き屈んでみるが、正面からは紙が見当たらない。恐らく足元にあるのだと思う。抜き足差し足で五十嵐社長の背後に回り込む。両肘の隙間から見えた寝顔は、長い睫毛と少し上がった口角のお陰で天使に見えた。なんだかよく見ると、まだあどけないようにさえ見える。込み上げてきた唾液をごくりと飲み込む。私は一体何を考えているんだ。そう言い聞かせながらしゃがんで五十嵐社長の足元を覗きこむと、ちらりと白い物が見える。きっとアレだと手を伸ばすが絶妙に届かない。

 しょうがなく椅子の背もたれを押して五十嵐社長を動かそうとした時、ジャケットが床に小さな音を立てて落ちた。ヒヤっとしたが起きる様子はない。苦い顔をして見せてから、少し空いたスペースに大きな身体を当たらないように入れ込み伸ばした手の先が紙に触れた。

「ん・・・に、してる?」

 頭上から掠れた声がして、ゆっくりと顔を上げる。五十嵐社長が寝ぼけて二重の幅が広がった目で、こちらをぼんやりと見下ろしていた。この角度にこの表情があまりにも色っぽくて、急速に鼓動が速まる。

「いえ」

 何を言ったらいいかもわからなくて、小さくそう答えた。それに五十嵐社長は「ふぅん」と言ってまた突っ伏してしまった。

「・・・」

 ばくばくと心臓がうるさい。なんなんだ。不意打ちだろう。隙を見せないで欲しい。完璧でむかつく人でいてくれないと・・・。

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