9 / 65
第一章 運命の糸は、意図せず絡みつくものです。
1-9
しおりを挟む「んだあぁぁ」
シングルベッドに倒れ込みながら、色んな感情を込めた低いうめきをあげる。
今日は疲れた。本当に疲れた。あれからジムに行ってきた。体重や体脂肪だけじゃなく、全身の至る箇所までサイズを測られてしまった。トレーナーには特注の全身スーツを注文出来るくらいには知り尽くされてしまった。始めは恥ずかしかったけれど、余りにも普通にされるものだから慣れてしまったのかもしれない。初日だからって食事の指導や部屋で出来るトレーニングまで教えてもらえた。至れり尽くせりで、痩せないと申し訳ないくらいだ。
これでも学生時代は五十五キロの普通の女の子だった。身長も高いほうだったから、専門学生の頃は制服のモデルをしたこともあったっけ。何もかも過去の栄光でしかない。就職して挫折ばかりで太り始めてからは、あの頃の私を知る人たちとは距離を置くようになった。友達には昇進や結婚も早そうだよねと言われて、私もきっとそうなればいいなと思っていた。真逆にこんな落ちぶれた姿、絶対に見られたくない。
なんだかセンチメンタルな気分になってきて、気分転換の為に起き上がりベッドの上で胡坐(あぐら)をかいた。八帖程の部屋には簡単なキッチンが付いていて、お風呂とトイレがついているだけの本当に簡易的な部屋だった。でもベッドはあるし、クローゼットも冷蔵庫もある。なんならテレビや机もあるから当面困る事はなさそうだ。部屋を見渡していると、鞄からはみ出た資料の束が目に入る。それを手に取りパラパラと捲ると、ページ番号に足りないものを見つけた。
「あー・・・、あ。そういえば拾ってなかったっけ」
携帯を覗くと時間は夜の九時を過ぎていた。部屋にいてもなんだか落ち着かないし、下の階だから取りに行こうかな。寝巻の黒いTシャツにごんずい柄のラフなズボンだけれど、もう誰もいないだろうしこのままで構わない。ポケットにスマホを入れて、お風呂上がりで濡れた髪のまま玄関扉をゆっくりと開ける。廊下は明るいままで少しホッとした。
エレベーターが到着すると四階の廊下は想像した通りに、グリーンライトが照らす不気味な雰囲気に変身していた。あんなに清潔感のある素敵な場所だったのに、一気に心霊スポットのようだ。ここに来て帰るわけにもいかず、足早にエレベーターを降りて防火扉に扮した職員専用ドアを開けた。社内に入っても暗いことに変わりはない。スマホライトで辺りを照らしたまま、社長室のドアノブに手をかける。ゆっくり開けると怖さが倍増する気がして、一息で勢いよく開けた。
「・・・」
そこにはデスクに肘を付いて眠っている五十嵐社長の姿があった。姿が見えた瞬間怒られるかもと思ったが、気付かずに眠っている様子。部屋の電気は消されてデスクライトだけが五十嵐社長を照らしていて、まるでスポットライトに照らされた王子様のようだと思った。脱いだジャケットは椅子の背もたれに掛けられていて、シャツ姿も隙があって良い。思わず見とれてしまっていることに気付いて、なんだか悔しい。兎に角、起こさない様に拾って帰ろう。
足音を立てないようにゆっくりとデスクに近付き屈んでみるが、正面からは紙が見当たらない。恐らく足元にあるのだと思う。抜き足差し足で五十嵐社長の背後に回り込む。両肘の隙間から見えた寝顔は、長い睫毛と少し上がった口角のお陰で天使に見えた。なんだかよく見ると、まだあどけないようにさえ見える。込み上げてきた唾液をごくりと飲み込む。私は一体何を考えているんだ。そう言い聞かせながらしゃがんで五十嵐社長の足元を覗きこむと、ちらりと白い物が見える。きっとアレだと手を伸ばすが絶妙に届かない。
しょうがなく椅子の背もたれを押して五十嵐社長を動かそうとした時、ジャケットが床に小さな音を立てて落ちた。ヒヤっとしたが起きる様子はない。苦い顔をして見せてから、少し空いたスペースに大きな身体を当たらないように入れ込み伸ばした手の先が紙に触れた。
「ん・・・に、してる?」
頭上から掠れた声がして、ゆっくりと顔を上げる。五十嵐社長が寝ぼけて二重の幅が広がった目で、こちらをぼんやりと見下ろしていた。この角度にこの表情があまりにも色っぽくて、急速に鼓動が速まる。
「いえ」
何を言ったらいいかもわからなくて、小さくそう答えた。それに五十嵐社長は「ふぅん」と言ってまた突っ伏してしまった。
「・・・」
ばくばくと心臓がうるさい。なんなんだ。不意打ちだろう。隙を見せないで欲しい。完璧でむかつく人でいてくれないと・・・。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
そういう目で見ています
如月 そら
恋愛
プロ派遣社員の月蔵詩乃。
今の派遣先である会社社長は
詩乃の『ツボ』なのです。
つい、目がいってしまう。
なぜって……❤️
(11/1にお話を追記しました💖)

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
デキナイ私たちの秘密な関係
美並ナナ
恋愛
可愛い容姿と大きな胸ゆえに
近寄ってくる男性は多いものの、
あるトラウマから恋愛をするのが億劫で
彼氏を作りたくない志穂。
一方で、恋愛への憧れはあり、
仲の良い同期カップルを見るたびに
「私もイチャイチャしたい……!」
という欲求を募らせる日々。
そんなある日、ひょんなことから
志穂はイケメン上司・速水課長の
ヒミツを知ってしまう。
それをキッカケに2人は
イチャイチャするだけの関係になってーー⁉︎
※性描写がありますので苦手な方はご注意ください。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。



練習なのに、とろけてしまいました
あさぎ
恋愛
ちょっとオタクな吉住瞳子(よしずみとうこ)は漫画やゲームが大好き。ある日、漫画動画を創作している友人から意外なお願いをされ引き受けると、なぜか会社のイケメン上司・小野田主任が現れびっくり。友人のお願いにうまく応えることができない瞳子を主任が手ずから教えこんでいく。
「だんだんいやらしくなってきたな」「お前の声、すごくそそられる……」主任の手が止まらない。まさかこんな練習になるなんて。瞳子はどこまでも甘く淫らにとかされていく
※※※〈本編12話+番外編1話〉※※※

タイプではありませんが
雪本 風香
恋愛
彼氏に振られたばかりの山下楓に告白してきた男性は同期の星野だった。
顔もいい、性格もいい星野。
だけど楓は断る。
「タイプじゃない」と。
「タイプじゃないかもしれんけどさ。少しだけ俺のことをみてよ。……な、頼むよ」
懇願する星野に、楓はしぶしぶ付き合うことにしたのだ。
星野の3カ月間の恋愛アピールに。
好きよ、好きよと言われる男性に少しずつ心を動かされる女の子の焦れったい恋愛の話です。
※体の関係は10章以降になります。
※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる