おかえり、シンデレラ。ー 五十嵐社長は許してくれやしない ー

キミノ

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第一章 運命の糸は、意図せず絡みつくものです。

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 颯爽と入ってきたのは、先日会った秘書だった。その手には見覚えのあるキャリーバッグが引かれている。

「お待たせ致しました」

「構わない。これで全員揃った」

 そう言った五十嵐社長の視線が私を向いて、私の隣に立ったアランと秘書の視線も私に集まっていた。落ち着かずキョロキョロと全員に「?」の視線を返していると、五十嵐社長が立ち上がりこちらに向かってくる。

「IGバイオとラヴィソン。協力して一千万だ。難しい金額ではない。全ては日和。お前にかかっている」

 五十嵐社長の印象的な目は先程と違い真剣だった。仕事スイッチが入ったということだろうか。「日和と呼んでと言ったのはアランに対してなんですけど」、なんて無駄口を叩けない雰囲気に息をのむ。五十嵐社長のペースにすっかり飲み込まれていた。再び詰め寄る五十嵐社長に対し、私の足は棒立ちのまま近付いてきた美しい顔を見上げる。

「日和。現在の体重は?」

「___はい?」

「時間を取らせるな。体重は?」

「そんな・・・、私も一応女性なんで「倉科。体重は?」

「四十五キロです」

 五十嵐社長の問いかけに間髪入れず答えたのは、倉科と呼ばれた秘書だった。

「アラン。体重は?」

「九十六キロです」

「___日和。体重は?」

 やっぱり五十嵐社長は許してくれやしない。

「六十・・・二キロです」

 下唇を少し出しながら、不満を表現してみたが五十嵐社長には効果ないのだろう。そう思った瞬間、痛い程に脇腹をままれて思わず苦痛の声をあげる。

「本当は?」

 見下ろしてくる五十嵐社長は、全てわかっているんだぞとでも言いたげな表情だ。ああ、そうですか。きっと私のちっぽけなプライドの足掻きは無意味なのだろう。

「六十八キロです」

 どうか聞こえませんようにと思いながら、数日前に恐る恐る乗った体重計の数値を答えた。数秒の沈黙の後に摘ままれていた贅肉が解放されたことで尋問の終わりを悟る。

「身長は?」

「百六十四センチです」

「倉科」

「はい。標準体重が六十キロ弱。理想体重は五十六キロと言ったところです」

「マイナス十二キロだ。マイナスを取る事は得意だろう?」

 まさか、まさか私に痩せろと言っているのだろうか。もちろん痩せられるのなら、・・・あの頃に戻れるのなら願ってもないこと、だけれど。

「下のジムでトレーナーを付ける。今の堕落した生活を辞めたら初月で無理なく五キロは落ちるだろう。ひと月あたり体重の五パーセントまでが目安とはなっているが、お前の生活を考えたら例外だ」

「なっ・・・私の何を知っているとでも言うのですか」

「今朝の食事は?」

「白米と鮭の塩焼きです」

「白米の量は?」

 先程同様の視線に嘘をつくだけ無駄なのだと自分に言い聞かせる。

「どんぶり一杯です」

「鮭は?」

「___あーっ、もうわかりました。普通の切り身じゃありません。カマです。脂がたーっぷりのっていて、そりゃあもう美味しくてお米がすすみました」

 少し離れていたアランが小さく「わぉ」と言ったのが聞こえた。倉科さんは呆れかえった顔をしている。

「マイナス十二キロだ。お前の美しさ=美容液の信頼になる。IGバイオが全面サポートしてやるから・・・期待している。倉科。案内を」

「はい」

 そう言って五十嵐社長は、私を見ることなくデスクへと戻ってしまった。自己管理も出来ないブスに呆れているのだろう。悔しくて悲しくて、先に社長室を出た倉科さんに早足で続く。


 社長室を出たらすぐ、ポニーテールをさらりと揺らして倉科さんが振り返った。ぱっちりとした目に赤い口紅が良く似合う。華奢で小柄な彼女は綺麗というよりは可愛い系かもしれない。

「これ、伊藤さんのものです」

 そう言ってキャリーバッグを差し出してきた。

「あ、やっぱりそうですよね。見覚えあるなと・・・って、どうやってこれを?」

「佐山部長にお伺いしてご自宅お邪魔しました。必要な衣類や貴重品は持ってきたのでご安心を」

「それはどうもありがとうございます。でも、仕事してジム行って帰るだけなので、貴重品まで持ってきていただかなくても」

「何を言っているのですか? 今日からここに住み込みですよ」

 ちょっと待って、聞いてない。住むってここは会社で、夜は非常口のグリーンライトが廊下を不気味に照らすようなビルだ。ビビリの私には色んな意味で辛すぎる。

「安心してください。こことは行っても、上の階です。狭いですが三か月住むくらいなら問題ないでしょう」

「上は社員寮でもあるのですか?」

「いいえ。社長の自宅です」

「んはっ? 私は社長の家に住むんですか?!」

 何だか複雑な心境である。イケメンがいつでも見られるのは嬉しいけれど、中身は嫌味な俺様ヤロウだ。というか、私が横になっているだけで文句を言って来そうだ。なんて百面相をしていると、倉科さんが冷たく「ありえません」と一言で妄想をぶった切った。

「社長の自宅の隣ではありますが、家政婦用に用意した簡易的な部屋です。玄関もキッチンも、お風呂だってもちろん別です。社長は本来貴女のような人が話す事も出来ないような存在です。馴れ馴れしくしないでいただけますか?」

 トゲのある倉科さんの声に、なんとなく察しが付いた。彼女は秘書としてではなく、女として五十嵐社長のことが好きなのだと。なんだかとても可愛く思えた。男性のために喜怒哀楽して、一生懸命で。これは上から目線とかじゃなく、懐かしい時代に置いてきたあの時の気持ちだなってやつ。それにしても倉科さんは相当なMに違いない。私はごめんだ。イケメンは見ているだけでいい。こんな風に関わることにならなければ、私も「五十嵐社長イケメンで素敵ぃ」だなんて目をハートにしていられたかもしれないのに。

「そんな忠告しなくても大丈夫ですよ。私と五十嵐社長がどうにかなるなんてありえませんから」

「___それはそうですね。では、部屋とジムの案内をします。ついてきてください」

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