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第一章 運命の糸は、意図せず絡みつくものです。

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 ドアの前に突っ立っている私はトーテムポール。五十嵐社長に上から下まで値踏みするように見られているところだ。「さあ、いくらで買っていただけますか?」なんて言える余裕はないのだけれども。

「俺が言った言葉の意味を理解しているのか?」

 吐き捨てるようにそう言われて、一体何のことかわからなかった。ここ三日間は予想出来ないことの連続で、頭はとっくにショートしてしまっている。何を言われたかなんて、正直ほとんど記憶にない。「あー」と小さく言いながら視線を彷徨わせると、五十嵐社長がこちらに長い脚で四歩迫ってきた。デジャヴ。私はドアに背中を付けて、憧れの壁ドンスタイルになっている。

「お前は・・・化粧品会社の営業」

 そう言いながら五十嵐社長の長い指が私の髪に触れた。今日も365日変わらないお団子スタイルだったのに、クイっと引っ張られた百均のゴムは喜んで解かれ床に落ちる。はらりと肩に落ちた髪は結んでいた箇所でうねり、ピンピンとアホ毛が出ていた。美容室に行かない所為で、肩甲骨の下まで伸びている。

「こんなんでいいと思ってる?」

「・・・」

 心底失礼だと思いつつも、ごもっともな言葉に俯くしか出来ない。震え始めた下唇に、「ああ、私、悔しいんだ」と他人事のように思った。

「こちらを見ろ」

「・・・」

 無駄に距離の近い五十嵐社長を見れば、私のもっと醜いところが見えてしまう。そしたらきっと、もっと馬鹿にされる。自然と瞬きが増えて、身体が心の不安を訴えてくる。

 見られたくないのに、五十嵐社長は許してくれやしない。顎を掴まれて顔を上げさせられれば、観念して視線も上げるしかない。

「・・・」

 無言で見下ろされて、こんなにも一秒が長いとは思わなかった。長い睫毛がぱたりと揺れて、その瞳に私がどのように映っているかなんて想像もしたくない。眉を一度だけ寄せて、五十嵐社長は私を解放した。それでも二十センチの距離で向かい合うのは近いと思う。

「今のお前は何点だ?」

「ゼロ・・・てん、デスカ?」

「百点だ。マイナス百点」

「___わかっていますよ。そんなこと、私が一番。だから、私じゃない人にした方がいいと言ったじゃないですか」

「じゃあ」

 五十嵐社長の両手が伸びてきて、私の両肩にかかっている生気を失った髪を後ろへと梳かす。言葉は刃物のように私を傷つけてばかりいるのに、触れる手が優しくて混乱する。私が女性の扱いを受けることなんて、この先の人生ない事だと思っていたから。

「じゃあ、何点取れたら自分に自信が持てる?」

「え? 私が決めてもいいんですか?」

「何を驚いている」

「いや・・・、私に人権など無いのかと思っていたので」

「すべての人間に平等にある。お前はまず、自分に自信を持つことから始める。いいな?」

「やっぱり五十嵐社長が決めるんじゃないですか」

 抗議は口からポロリと零れ落ちてしまい、お陰で睨まれることになってしまった。

 意識するだけ無駄。私と五十嵐社長に何か起こるなんて一億パーセントありえないのだから。だから私はこれまでの人生と同じように、“オンナ”を出す事なく生きて行こう。

「今日から三か月、ここで自分磨きと営業の勉強をする。もちろん、その間に一千万だ。いいな?」

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