おかえり、シンデレラ。ー 五十嵐社長は許してくれやしない ー

キミノ

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第一章 運命の糸は、意図せず絡みつくものです。

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 一昨日のIGバイオとの一件から、私を見る社員達の目が変わった。それはあまり良い意味ではない。「大丈夫かよ」って感じの視線で、オリンピックの金メダリストを見る様な目ではないのだ。それ程にIGバイオとの契約は注目されていたのかと、当事者の私のほうが夢見心地だ。これも良い意味の夢ではなく、悪夢のほうの意味だ。一昨日と昨日の二日間で担当の引継ぎが済んでしまったのは、日ごろ抱える顧客がいないという己の無能さを更に痛感することとなった。私が十年間で新規を獲得したことは一度だってない。全て辞めて行った先輩や後輩たちのおこぼれを貰っているのだ。

 嫌がっていてもしょうがないし、IGバイオから指定されたこのビルまで来たというところ。目の前には五階建てのビル。一階は世界中で有名なあの某コーヒーショップがあり、二階にはスポーツジム。三階はどこかのオフィスが入っているようだった。綺麗な外観から築年数の浅さがわかる。ここの四階が私の目的地だ。コーヒーの香りを嗅ぎながらコーヒーショップの隣にあった自動ドアを進み、エレベーターのボタンを押す。天然石で作られた床と、二つあるエレベーターの両角に置かれた観葉植物がお洒落だと思った。永遠に来なければいいと思ったエレベーターは数秒でお迎えにやってきて、私よりもよっぽどエレベーターの方が有能だと苦笑しながら乗り込む。

 ああ。私の悪夢の三か月が始まる。五十嵐社長も秘書も私のこと嫌そうにしていたのに、なんでこんなことになったんだろう。考えたってわからないから、ただ運ばれながらランチのことをポケっと考えてみたりして。

 到着を告げる音が鳴り、エレベーターが開いた目の前がIGバイオ。両開きの自動ドアに白の文字でそう書かれていた。白い壁にクリーム色を基調とした天然石の床。清潔感しかない自動ドアの向こうには、人ひとりが立てる程度の受付が見える。ふっと息を吐いてから自動ドアに向かって歩き、危うく激突するところだった。

「ん? はぃ?」

 普段自動ドアに気付かれないことがないから戸惑ってしまった。上のセンサーに手を振ってアピールしてみてもドアは開きそうにない。どうしようと思いながら、なんと好都合なのだと思ってしまう私が約九割。本音を言えば、十割の百パーセント拍手喝采である。

「ドアと友達になれたか?」

 突如背後から声を掛けられて、女子らしく「ひゃっ」と声を上げてしまった。防火扉かと思ってスルーした扉から五十嵐社長が顔を出している。二日ぶりの五十嵐社長も憎らしいくらい惚れ惚れするくらい素敵だった。

「あ、開かないです」

「だろうな」

「・・・」

「ここは研究施設で、来客などほとんど来ないからスイッチは切ってある」

「___さ、ようですか」

 「だったら始めからそうだと言ってくれていたらよかったのに」と、顔面に心の油性ペンで書いておく。そんなことお構いなしの五十嵐社長は顎で入るように促してくる。手に持っていた空っぽの見掛け倒し鞄の取っ手をきゅっと握ってから、コツコツと大げさにヒールを鳴らしながら五十嵐社長に続いた。

 中に入ってみると、エレベーターホールと同じ壁紙と床の造りになっている。殺風景でこじんまりとしたエントランスには、先程見えた受付と一人掛けのソファが二つ。ナチュラルウッドの扉が六つあり、それぞれのプレートに「倉庫」「TOILET」「会議室」「スタッフルーム」「社長室」「CPF」と書かれている。これなら初めての人も迷わないはず。

「こっちだ」

 てっきり会議室に行くのだと思っていたけれど、五十嵐社長が顎で示したのは社長室。他と変わらない扉を五十嵐社長に続いてくぐった。そして分かったのは、五十嵐社長が勤勉であること。壁三面に本棚があり、数えきれないほどの本が並んでいる。ここで地震を経験するのだけは嫌だと思いながらデスクを見ると、そこだけは綺麗に整頓されて中央にデスクトップパソコンのモニターが二つ置かれていた。部屋自体は広くはなく、十帖くらいの広さだった。

「何を見ている?」

「あ・・・失礼しました。何だか想像と違って」

「ドラマの見過ぎだ」

 そう言った五十嵐社長はデスクに寄り掛かって、腕組みをしながらこちらを見てくる。シンプルな白のTシャツにネイビーのジャケット、グレーのズボンはオーダーメイドのように五十嵐社長の長い脚にフィットしている。ちらりと靴下が覗くズボンの丈は、私の大好きなやつだ。改めて、カッコいいと思った。百八十センチに近い長身と、筋肉質な身体は韓国アイドルを連想してしまう。確かに五十嵐社長はイケメンだけれど日本人俳優というよりは中国ドラマとかに出てくるような、良い身体に男らしく綺麗な顔の俳優って感じだ。まあ、何にしても人生イージーモードの腹立たしい人種、ということに変わりはない。

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