おかえり、シンデレラ。ー 五十嵐社長は許してくれやしない ー

キミノ

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第一章 運命の糸は、意図せず絡みつくものです。

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 グレーの机にノートパソコンをポツンと置いた無能の机。相棒のカフェオレを手に、一口啜りながら視線を巡らせる。ラヴィソンの営業社員は多く、このフロア全てが営業部である。朝から電話もひっきりなしに鳴っていて、スーツをかっちりと着こなした社員たちが足早に駆け回っている。そのフロアの入り口から一番奥の廊下側、そこの角が私の席だ。フロア全体が見えるこの席は上座のようで、そうではない。部長からの、「周りを見て学べ」というメッセージが込められている。

 入社して十年。同期だった佐山さやまが今では部長の席に座っている。別に羨ましくなんてない。佐山は明るく体育会系の好青年だった。大卒の佐山は専門学校卒の私より年は二つ上だが、共に期待の新人として華々しくラヴィソンの営業部に入社した。入社一年で頭角を現してメキメキと成長をしていった佐山の背中は遠く、私は期待の新人のレッテルを張られただけの埃被ったマネキンと化した。

「伊藤さん」

 忙しいフロアの中、ポツンと座っていた私に声をかけてきたのは中嶋なかじまちゃんだった。彼女は今年の新卒で入ってきた女の子で、快活で美人の注目の新人だ。毎日綺麗に結ばれたポニーテールがよく似合っている。

「はい。どうしたの?」

「聞いてくださいよ。シティドラッグの関東エリアの担当からメッセージきたんですけど、なんてきたと思いますか?」

 眉を寄せて唇を突き出す中嶋ちゃんは、ずいっとスマホ画面を見せてくる。中嶋ちゃんの可愛らしい表情から画面に視線を移すと、嫌でも目に飛び込んでくるおびただしい数のハートマーク。私は鼻頭に皺を寄せて「やあね」と答えた。

「ですよね? しかもこの人、私のお父さんと年齢変わらないんですよ。恥を知れって感じです」

「確か既婚者だったよね」

「えーっ!? それは初耳です。でも、それだと尚更恥を知れじゃないですか」

「んはは」

 中嶋ちゃんは手を私の両肩に置いて、ぐらぐらと揺さぶって不満を漏らしている。まあ、可愛い子特有の悩みだから「わかるー。あるあるー」とかではないのだけれども。中嶋ちゃんは可愛い。人懐っこくて、窓際ならぬ廊下側社員の私にも変わらず接してくれている。ラヴィソンは化粧品会社だから、営業の半数以上が女性社員で構成されている。お陰で私が十年でおつぼね位置になっているのは、寿退社が多いから。何人の後輩を見送ったかなんてわからない。結婚式だって両手足じゃ数えきれないくらい出席した。

「伊藤」

 揺さぶられるのを甘んじて受けていると、デスクの向こう側から呼ばれて視線を向けた。見なくても声だけでわかる。佐山だ。

「はい、部長」

 中嶋ちゃんには「ごめんね」と頭を下げて佐山の元へと向かう。今日も筋肉質な良い身体がスーツの上から見てもわかる。サイドは刈り上げられていて、遊びのある上の部分はしっかりとオイルでセットしてある。よくいる顔だが、目尻にたくさん入る笑い皺がチャームポイントだと思う。

「今日アポイント入っているか?」

「いえ。店舗に在庫確認に行こうかなと思っていただけで、今日は急ぎの用はありません」

「あー、じゃあ・・・ちょっとお願いしてもいいか?」

「ええ、構いません」

「助かるよ。今日は秘書課が空いてないみたいでさ。やっとアポイントが取れたIGバイオって会社の社長がうちに来るんだ。俺が直接商談をしたいのだけれど、先の用があって案内対応が出来ないんだ。すまないが、始めのお出迎えとお茶出しをお願い出来るか?」

 両手を合わせて薄目で見上げてくる佐山は、部長ではなく同期の佐山の顔をしている。それがなんだか嬉しくて「はいはい」と二つ返事で了承して笑って見せた。営業はダメでも、多少の接客は出来る。お茶を出すくらいなら、佐山に迷惑をかけることなく出来るだろう。

「ありがとう。じゃあ、中嶋と遊び過ぎない程度にな」

「お見逃し、どうも」

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