おかえり、シンデレラ。ー 五十嵐社長は許してくれやしない ー

キミノ

文字の大きさ
上 下
1 / 65
第一章 運命の糸は、意図せず絡みつくものです。

1-1

しおりを挟む



 筋張った男らしい手が私の脇から腰、そして太ももへのラインを値踏みするように辿っていく。醜く太ってしまってから、どれだけの月日ご無沙汰かなんて覚えてもいない。背中は分厚い贅肉に覆われているのに、壁の固さを訴えてくる。頭上からは規則正しい吐息が聞こえているのに、それを掻き消す程に自分の心音がうるさくて堪らない。こんなことになるなんて想像してなかったけれど、平静を装うしか私には選択肢はないのだ。

「い・・・、五十嵐いがらし社長。如何されましたか?」

「・・・はぁ」

 返事の代わりに降ってきた溜息に、長年積もり積もった劣等感が津波のように押し寄せてくる。また、私は期待を裏切っている。いいや、期待なんて疾うにされなくなった。平均点すら取ることが出来なくなった私は、何の為に存在しているのだろう。

「お前の所属は?」

 劣等感に吐き気さえ感じていたところに、初めて五十嵐社長が口を開いた。

「え、いぎょうです」

「そんなことわかっている」

「え・・・と?」

「何の会社に勤めている?」

 呆れた声に不安が募り、鼓動が更に速度を増すのを感じる。早く逃げたいのに、壁際に追い詰められた状況で打開策が浮かばない。「痴漢!」とでも言いながら突飛ばせばいいだろうか? いいや、何を考えているのだ。こんな女に言い寄る男なんていないし、自惚れもいい加減にしろと思われて恥をかくのは私の方。考えれば考える程、気分も視線も落ちていく。

 ぐにっ。

「ったい・・・です」

 背肉を摘ままれて、思わず顔を上げた。こちらを見下ろしている五十嵐社長は、女神様も嫉妬するくらい美しかった。しっかりとした眉に、アイラインを引いているのかと錯覚する程に濃密な睫毛。綺麗な鼻筋に薄い唇はさくらんぼのように愛らしい。七対三で分けられた前髪は、五十嵐社長の色気を惹きたてるように揺れている。清潔感溢れるこの男は、皆が欲しいものを何もかも手にしているのだろう。

「お前はラヴィソンの社員だ」

 顎を持ち上げられて、五十嵐社長の指が私の両頬に食い込む。ただでさえ醜い顔が、きっと更にひどい。それでもされるがままなっているのは、五十嵐社長の手がビクともしないからだ。

「日本でも大手化粧品会社に数えられる、ラヴィソンだ」

「・・・」

「その営業が何という体たらくだ」

 その言葉が指しているのは何のことかだなんて、誰よりもわかっている。仕事を理由に甘やかし続けた身体は、もうすぐ七十キロの大台に片足かけているところだ。学生時代大好きだったお洒落への情熱は、過去に置いてきてしまった。毎日五分で済ませるメイクは、お昼ごろにはほとんど落ちてしまっている。寝ぐせが付こうが結べば同じと、後ろでお団子にしているだけの髪は年に一回美容室に行けばいい方だ。わかっている。自分がどれだけダメなのかくらい。

伊藤日和いとうひより。三か月だ」

「___え? 何が、ですか?」

 今だに掴まれたままの顔を引かれ、五十嵐社長のさくらんぼまでほんの十センチ。

「三か月で俺の商品を一千万円分売ってこい。お前が俺の会社、IGバイオの担当だ」

 若手の俺様博士社長×窓際営業ガールのシンデレラストーリー。開幕です。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

そういう目で見ています

如月 そら
恋愛
プロ派遣社員の月蔵詩乃。 今の派遣先である会社社長は 詩乃の『ツボ』なのです。 つい、目がいってしまう。 なぜって……❤️ (11/1にお話を追記しました💖)

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

デキナイ私たちの秘密な関係

美並ナナ
恋愛
可愛い容姿と大きな胸ゆえに 近寄ってくる男性は多いものの、 あるトラウマから恋愛をするのが億劫で 彼氏を作りたくない志穂。 一方で、恋愛への憧れはあり、 仲の良い同期カップルを見るたびに 「私もイチャイチャしたい……!」 という欲求を募らせる日々。 そんなある日、ひょんなことから 志穂はイケメン上司・速水課長の ヒミツを知ってしまう。 それをキッカケに2人は イチャイチャするだけの関係になってーー⁉︎ ※性描写がありますので苦手な方はご注意ください。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。

仮の彼女

詩織
恋愛
恋人に振られ仕事一本で必死に頑張ったら33歳だった。 周りも結婚してて、完全に乗り遅れてしまった。

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

練習なのに、とろけてしまいました

あさぎ
恋愛
ちょっとオタクな吉住瞳子(よしずみとうこ)は漫画やゲームが大好き。ある日、漫画動画を創作している友人から意外なお願いをされ引き受けると、なぜか会社のイケメン上司・小野田主任が現れびっくり。友人のお願いにうまく応えることができない瞳子を主任が手ずから教えこんでいく。 「だんだんいやらしくなってきたな」「お前の声、すごくそそられる……」主任の手が止まらない。まさかこんな練習になるなんて。瞳子はどこまでも甘く淫らにとかされていく ※※※〈本編12話+番外編1話〉※※※

タイプではありませんが

雪本 風香
恋愛
彼氏に振られたばかりの山下楓に告白してきた男性は同期の星野だった。 顔もいい、性格もいい星野。 だけど楓は断る。 「タイプじゃない」と。 「タイプじゃないかもしれんけどさ。少しだけ俺のことをみてよ。……な、頼むよ」 懇願する星野に、楓はしぶしぶ付き合うことにしたのだ。 星野の3カ月間の恋愛アピールに。 好きよ、好きよと言われる男性に少しずつ心を動かされる女の子の焦れったい恋愛の話です。 ※体の関係は10章以降になります。 ※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも投稿しています。

処理中です...