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17.無意味/解く鎖

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 ◆ ◆ ◆



 出迎えてくれた兄は笑っていた。
 どんな顔をしていたらいいのか――と、戸惑う俺を、とてもやさしく見つめてくれる。

「たっちゅん、いらっちゃい!」
「あ、っ……」
「さあ! 遠慮ちなくていいんでちゅよー! 早く入りまちょーねぇ!」

 例の甘ったるい赤ちゃん言葉。想定外の態度だった。
 拍子抜けしたまま頭一つ下げられず、黙って靴を脱ぐしかなかった。
 そのままリビングまで背中を押されていったが、ドアを開いた瞬間、思わず我が目を疑った。

 足の踏み場がないほど、物が散乱していたのだ。
 脱ぎっぱなしの洋服、シワだらけのタオル、開いたカバン、散らばった書類や雑誌、ペットボトルやお菓子の空箱……。
 嵐が過ぎ去ったあとのよう。
 ほんの少し前までは物がなさすぎて殺風景だったというのに。

「んもぉ。広すぎるんでちゅよねー、この部屋」

 兄は言い訳のような独り言をつぶやきつつ先に部屋へ入り、俺が通るための花道を作る。
 手ではなく、右足一本であらゆる物たちを掻き分けていく。

「たっちゅんが来る前にお掃除ちたかったんでちゅけどねぇ」

 アハハと笑う声に力は無い。

「もぉー、今日はクタクタで……」

 遂には服が山積みになったソファに一人、雪崩れこんでしまう。
 頬を押し付けて、あー、とか、うー、とか、うめき声をもらす。顔色はもちろん良くない。
 体はだいぶ薄っぺらになった気がする。やつれたのだろうか。

 俺もソファの前まではたどりついたものの、そこからどうしたらいいのか分からない。
 床に座るわけにもいかずに立ち尽くしていると、

「あーあ、お腹ちゅいたなあ」

 兄はまるで子供のように駄々をこね始めた。不満げに頬を膨らませ、手足をバタつかせながら、

「たっちゅん! にゃにか作って!」

 と、俺を見上げる。酔っているわけでもないのによくそんな演技ができるものだ。

「何かって……、なにを?」
「んもぉ! にゃんでもいーのっ!」

 急に言われても――とキッチンに目をやる。
 俺の部屋よりゆったりとしているそのスペースは、きちんと片付いていた。嵐の影響は受けなかったらしい。中途半端に役目を終えたグラスやマグカップがいくつも出しっ放しになっているのみ。

 たぶん、自炊はしばらくやっていないのだろう。
 そんな暇あるわけがない――と、銀色のシンクにまだらに浮かぶ水垢が、兄の代わりに嘆いている。
 
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