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15.いたみ/浅い息
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兄さんは結局、何も話してはくれなかった。
どんなに声をかけても、その口からまともな返事が来ることはなかった。
虚ろなまま、ベッドにもたれているだけ。手の治療すらしない。
糸の切れた人形みたいな姿を目にしているのは辛くて、俺も外が完全に明るくなる前に部屋から飛び出してしまった。
目の前の現実から逃れたかった。
昨夜を引きずって歩くのは、二度目か。
この前とは比べものにならない倦怠感がある。
気を失った時間があったとはいえ、深くは眠っていないせいだろう。
少しでも気を抜くと、意識が混濁して、身体から力が抜けていくようだ。
――ここで倒れたら、誰かが助けてくれるだろうか。
そんな甘い考えが脳裏をよぎる。
分かっている。
実行する勇気は無い。
誰かの助けを待ったところで、事態は好転しない。
全部、俺がやったことなのだから。
全部、俺のせいなのだ。
誰かに助けを求める資格なんて、そもそも無い。
「……うっ」
アスファルトに足裏を付ける度に、突き上げられ続けた腰に鈍い痛みを感じた。
額ににじむ脂汗を拭う。
そこはまだ、いい。
右目は常に酷い痛みがある。
視力は回復しているのに、ズキズキとうずく。
手を当てるとまぶたが熱を帯び、腫れ上がっているのが分かる。
「……はぁ、っ……」
だが、その痛みのおかげでこうして歩いていられる気がした。
立ち止まってうずくまりたい衝動を抑え、呼吸を整えながら、少しずつ進む。
通勤の時間が始まるまではまだ時間がある。
あたりに人の気配は無く、誰ともすれ違わないのが幸いだった。
街路樹のあちらこちらから、ヒグラシの鳴き声がする。
カナカナという物悲しげな声を聞いていると、この身体が少しだけ楽になり、浄化されていくようだった。
木々が深く茂る公園の前に差し掛かったとき、その鳴き声はいっそう強くなった。
単純な繰り返しのように思えた音も、近くで聞くと幾つものリズムが重なっているのだと分かる。
立ち止まってその声に聞き入っていると、そのうち、セミとは違う物音が混ざっていると気づいた。
キィ、キィ、と、何かの鳴き声のような。あるいは小さな悲鳴のような。
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