お前が脱がせてくれるまで

雨宮くもり

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11.致命傷/射る女

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「なにそれ、絶対腹黒じゃん」

 なんの悪気も無さそうに言う尾津を睨みつけてやる。

「違う。あいつは嫌なもののために自分の時間を使わないだけだ」

 前にそんなことを言っていた。
 活字が苦手なくせに本屋のバイトを始めたのは、生まれたての本の匂いがたまらなく好きだからだと。
 ピカピカと光る本を客に差し出す瞬間、命の受け渡しをしているようにも思える――なんて、壮大なことも言っていた。

 自身の興味本位でしか動かない――と、いえば尾津と同じなのかもしれない。だが、彼の場合はもっと清いというか、純粋な“好き”で動いているのだ。
 人の不幸を蜜に変える尾津とは違う。決定的に。

「だから信じろっての? 単純」
「お前なんかには一生分からないだろうな」
「そうね。分かりたくもない」

 減らず口め。
 強い口調のやり取りに、塩田まほは明らかに動揺しているようだった。
 その目は潤み、おろおろと落ち着きがなく、自分の手元と尾津の横顔をいったり来たりしている。

「私はね、可愛い後輩にもう後悔してほしくないだけよ」

 ――よく言えたものだ。
 自分さえ面白ければ、誰が悲しもうと苦しもうと関係が無いと思っているくせに。お前こそ腹黒だ。

「前のカレシは結婚が前提のお付き合いだったのよね」

 こくん、と塩田まほはうなずく。

「結婚が前提だったから、あんなことや、こんなこともしたのよね」

 尾津はわざとらしく、彼女の耳元でささやく。吐息をかけるように。
 すると、塩田まほは顔をさらに赤くさせ、目を固くつぶり、こくんと頷いた。

「……す、好きだった、から、……です……」

 この女、もう随分、尾津の毒が回っているらしい。自分がなにを言わされてるのか分かっていないのだろう。
 操り人形と化した感じがどうにも腹が立つ。


「バカが。結婚が前提だからって何してもいいってわけじゃないだろ。あくまで前提だ、契約じゃない。責任持たないと言われたらそれまでだ」

 率直に言い返してしまうと、塩田まほはまっすぐに俺を見た。無造作に長い髪の隙間からのぞきこむように。
 何か言いたそうなその黒い瞳は、水に浮く油のようにぬらぬらと光っていた。
 相変わらず赤らんでいる頬。
 人工的な発色とは無縁そうなその肌。

 “なにもわからない”という純情そうな顔をして、相手をおとしめてしまいそうな危うさがこいつにはある。
 現にあの日、響とキスしていたのも彼女のほうからだった。
 あいつは既に取り込まれてしまったのだろうか――という嫌な考えが込み上げてくる。

 気づくと、手に汗を握っていた。
 
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