お前が脱がせてくれるまで

雨宮くもり

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6.卑屈弟/探る指

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◆ ◆ ◆



 俺はそれからもしばらく店内を回った。気づかれぬようそっと店員を観察してみる。
 だが、恋人を強く束縛するような雰囲気の者はいない。
 響は「後輩」と言っていた。それらしき人物は一人しか見当たらない。

 ──塩田まほ。

 俺は本棚から適当に雑学本を取ると、彼女のレジめがけて一直線に歩き出していた。


「いっ、いらっしゃいませ」

 か細く、小さな声。
 重量感のある前髪からのぞく目は、俺をチラと見上げる。しかし、ほんの一瞬のこと。すぐに伏せられてしまう。おびえるハムスターみたいな姿を見つめ続けるわけにはいかず、俺も思わず視線をそらしてしまった。五千円札をレジに置き、壁に貼られている新刊案内を興味もないのに眺めてしまう。

「……かっ、カバーはお掛けしますか?」
「お願いします」
「はいっ!」

 今度は肩に力の入りすぎている。よほど緊張しているのだろう。
 その証拠に、本をそのまま袋へ入れようとする。

「あの、カバーは……?」
「ハァッ! ごっ、ごめんなさいっ!」

 返事だけはちゃんとしていたが、どうにもボケているらしい。よほど心に余裕が無いのだろう。
 彼女はぺこぺこしながら慌てて本にカバーをかけ始める。
 ただでさえ赤かった頬がさらに赤みを帯びていく。

 尾津はこの娘のどこを気に入っているというのか。
 “見てて飽きない”という意味だとしたら、あいつは性根が相当腐っている。

  

 だが、それは俺も同じなのかもしれない。
 明らかに年下の女子相手であるのに、優越感を抱かずにはいられなかったのだ。

 ──こいつが相手なら、響はきっと俺のもとに返ってくる。

 根拠はないが、“そうなるに違いない”という安心感が胸いっぱいに広がっていく。

 そうだ。
 響のそばにいるべきなのは、こんなドジっ子じゃない。俺のようにしっかりと落ち着き、サポートできる者だ。

 ──きっと、戻ってくる。

 ぐじぐじと悩んでばかりで、明るい感情とはしばらく無縁だった心が、ふわりと軽くなったようだった。

 おつりを受け取ってすぐに「ありがとうございます」と、先回りして礼を言ってみる。
 すると彼女はまた焦り、

「すみません。あっ、あ、ありがとうございました……!」

 がくがくと震えすぎる手で本を差し出してくる。

 その左手。
 俺は、気づいた。
 初めて“それ”が目に入った。

 その薬指で輝く、銀色が。
 
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