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5.艶ノ色/卑屈弟 ※

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 ◆ ◆ ◆



「エタさんって凄いんですね!」
「いやあ、そんなことないんでちゅよ。本来の美しさを見極めてあげてるだけでちゅもん」
「普通分かりませんってそんなの!」
「慣れでちゅよ、慣れ慣れ」

 初めて顔を合わせてまだ一時間も経っていないというのに、響と兄さんはすっかり意気投合していた。

 個室の居酒屋なのをいいことに、大声で笑ったり、立ち上がって大袈裟な身振り手振りをしたり。深夜のバラエティ番組を見ているかのような気分だった。
 俺としては兄さんの赤ちゃん言葉がとにかく鬱陶しくて、やかましくて、さっぱり話が頭に入ってこない。
 結果、誰よりも料理を食べ、酒を飲んでしまっている。
 自分だけが場違いな気がしてならなかった。
 それでも時々、

「酷いなあ。こんなお兄さんがいるなんて全然話してくれないんだもん、龍広くんってば」

 などと言って響がこちらを見てくれる。そうすると俺は自分がここにいるのだと認識できた。

「……そんなの、話せるわけないだろ」

 なんて、悪態をつきながらも、内心では少しホッとしていた。

「んもー! たっちゅんはホント可愛くないでちゅけどでもそこが可愛いんでちゅねぇええ!」

 隣の兄さんはやたらと声がデカい。
 俺と違ってまったく飲んでいないはずなのにやたら上機嫌だ。響との話がそんなに楽しいのだろうか。
 そこまで考えて、それはそうか、と思う。
 寡黙で口の悪い弟より、敬意をこめて話を聞いてくれる他人のほうが良いに決まってる。


 ──あまり自覚できていなかったが、酔いと疎外感のせいで俺はかなり卑屈になっているようだ。


 わざとらしく、はぁ、などと溜息をついてしまうほどに。

 そのとき、テーブルの上に置かれていた響のケータイが震えた。
 高校時代からずっと使い続けている二つ折りのガラケー。蛍光の黄色だった表面は剥げ、ところどころ銀色になってしまっている。

「すいません、ちょっといいですか……」

 こちらに目配せし、軽く会釈をしてから、彼はそれを開いた。
 すかさず、

「もちかしてカノジョから?」

 と、からかう兄。

「へへへっ、そうなんですよー」

 響は口の端をゆるませると、なにやら打ち込み始めた。

 すぐに返信しなければいけないメールなのだろうか。今どこにいるとか、何してるとかそういう内容なのだろうか。
 なんと返すのだろうか。

 無意識のうちに、その手元を凝視していた。


「いいでちゅねー、そういうの。うらやまちぃ」

 兄さんはしみじみとつぶやき、俺の肩に手を回してきた。肩先から二の腕までを揉むように触られる。
 振り払うのは面倒で、好きなようにさせておいた。


 ──とてもあたたかい手だった。


「エタさんは好きな人いないんですか?」

 こちらを気遣ってか、響は画面を見つめたまま話題を振ってくれる。
 するとよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりにニッタリと笑った兄は、

「もっちろん、いまちゅよ! ねっ、たちゅひろきゅんー!」

 と、強引に頬を寄せ、スリスリと擦り付けてきた。

「痛っ、痛いからっ、やめろ!」
「素直じゃないでちゅねぇええでも嫌いじゃないでちゅよぉおおお」

 アホみたいなことをされながらも、俺の目は響の手元から離れなかった。
 もちろん、ここからでは画面の文字を見ることはできない。
 なのにどうしても目をそらせなかった。

 
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