一條さんとにじっぴ！ 〜そのマスコットは気象予報士を愛しすぎている〜

欲にも体の火照りにも負けそう※

32

　

　黒縁メガネにスーツという、いかにも堅物そうな男性がガラスの向こうに立っていた。

　さっきイバラがやったようにスマホを操作してセキュリティを解除しようとしているようだが、多少、手間取っているようだ。
　青白い光の上で指先がうろうろと迷っている。

　おかげでその住民の顔をじっくりと観察できた。
　きっとロクでもない商売をしているヤツなのだろう──根拠のない偏見を視線に込める。


　だが、その人物には見覚えがあった。

　すらりと高い背、少し前のめりの背中。出るところは出て締まることろは締まった体型。責任のある働き盛りな気品。
　真面目さとチャラさの中間のようなツーブロックの黒髪。
　なんの感情も宿していない口元と、黒縁メガネの奥の気だるげな瞳。
　彼のすべてから紳士的な色気を感じる。

　その艶やかさは、鷲尾がよく知る人物と一致した。


（守谷さん……！？）


　正解のファンファーレのごとく、冷たい夜風が頬を撫でた。
　マンション内の無機質な空気と混じり合い、なんとも不穏な香りがする。

　胸騒ぎにも似た焦燥感。ぞわぞわと首の裏側を駆け上り、脳天まで突き抜けた。


（守谷さんもこのマンションに……？）


　ひそむ二人に気づくことなく、彼は革靴を鳴らして黒光りするエレベーターに乗り込んだ。

　セキュリティのためなのか、何階へむかったかという表示は見当たらない。