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・せんちゃん、はじめての仮病

嫉妬ではなく

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◆ ◆ ◆



 目が覚めると、もう夕方だった。

 ナナフシとクソ崎はさすがに帰ったのだろう。リビングに行ってみると、テレビもラジオもついていなかった。

 ハチミツ色の穏やかな西日のなかで、お鍋が静かに煮えていた。
 ふつふつとたちのぼる湯気の向こうに優兄がいた。唇を噛みしめて、まるで試合前の武道家のように殺気立って見えた。


「……ゆ、ゆーにぃ……」

 話しかけていいものかドキドキしながら口を開くと、優兄は不機嫌そうなままオレのほうを向いた。

「優兄……オレ、さっき、先生のお粥がおいしいって言っちゃって、ごめん」

「どうして謝るの?」

「だ、だって、優兄が作ってくれるやつも好きだから。むしろ優兄のほうがおいしくて好きだから……」

「うん。だから、それがなに?」

「えっ……あ、だから、その……なんていうか、なんだろ……えっと……」

 優兄がツンとしたような空気を放つから、オレは焦るほどしどろもどろになってしまう。
 やがて、優兄はひとりごとのように「できた」と呟いてコンロの火を消した。

 一体なにを作っていたのだろう。
 おそるおそる近づいていくと、優兄は「開けてみて」とアゴで鍋をさした。


 とっておきのプレゼントか──とんでもないパンドラの箱か──勇気を出して鍋のフタを開けてみる。

 ふわりと甘い香りと共に見覚えのある黄色と緑と白の世界が広がっていた。


「これって、さっきのお粥……?」

「そう。ナナフシ先生にレシピを教えてもらったからぼくも作ってみたの。どうかな? 焦げてない? おいしそうに見える? 火加減がうまくいかなかった気がして……やっぱり、……見えてないものを料理するのって、難しいな……。昔は簡単だったのに。なんだか、悔しくて……」

「優兄」

 嫉妬の矛先は、オレやナナフシではなく、昔の自分に向けられていたのか。


「もしも、この先、せんちゃんがもっと酷い病気になったら、今のぼくじゃロクに看病できない。想像したら怖くなっちゃった」


 さっきよりも強く唇を噛みしめている優兄の内側でどんな感情が巻き起こっているのか、想像しただけでオレの心臓は潰れていく。

 すべての原因はくだらない仮病のせいなのだから、なおさら──。

 
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