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4 ゆめのあと
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「あ、あの、ボクは……どうして……」
「プールの授業中に倒れて運ばれてきたの。その様子じゃ覚えてないのね?」
「はい……ごめんなさい……」
「謝られても困るわけ。で、どうなの? 悪寒とかめまいは起きてない? 吐き気は? ……そう、元気になってよかったわね。じゃー早くそのベッド空けてくれないかしらね。後客が詰まってるの」
「あ。あ、はぁ……はい……」
世の中の保健室の先生というものは、春の日差しのようにやさしいと聞いたことがある。けれど、なんだかこの人は塩対応すぎやしないか。
おまけに言葉の端々がオネェっぽい。
なんなんだこの先生は──。
ちょっとムッとしながら靴をはき、ベッドから出たところでさらに妙なことに気づいた。
パタパタと忙しそうにしている先生の白衣の背中には、舞い散る紅葉と黄金色に輝く鹿の首の刺繍。
テッカテカのゴテゴテで、まるでスカジャンのよう。
よく見ると右肩にも楷書体の真っ赤な刺繍がしてある。
脂ぎった血のごとくギラギラと輝く『尾』と『花』と『沢』の三文字。
「尾花沢《おばなざわ》……?」
思わず声に出して読むと、先生はまるでモデルのごとく腰を回してこちらを振り返った。
「なーに? 親しくもないのに急に呼び捨てはやめてちょうだい」
「えっ、あっ……!」
尾花沢──まさか名前だったとは。
ってか、白衣をスカジャンみたいにデコレーションして、入れ墨みたいに自分の名前を刺繍するなんて悪趣味がすぎる。
かなりやばい人かもしれない。
──なんて思考を読み取ったのか、先生はわざとらしくヅカヅカと靴音を立てて目の前にやってきた。
「“尾花沢先生”って呼ばなきゃ両鼻にピンセットぶっ刺すわよ」
つむじを軽々とのぞきこんでくる圧倒的な身長差。
ボクはその巨体を前に、野ウサギのごとく背中を丸める。
「ごめんなさいっ! お、おっ、おばばっ……尾花沢先生!」
恐怖に舌がもつれた瞬間、先生の針金みたいな細眉はピクンと跳ね上がった。
「いま、オババって言ったな」
「いっ!? ぃいいい言ってまふぇーーん! 尾花沢大先生っ!」
「よしよし、いい子ちゃんねー。分かったらさっさと教室帰りなさいねぇ」
大先生は明らかな作り笑いでボクをあしらうと、くるりと背を向ける。
さっきまでボクが使ってたベッドシーツを手のひらでパンパンと叩き始めた。
ダニ退治──いや、ベッドメイキングしているつもりらしい。
腕を振るうたびに強調されるのは、昔、水泳でもやってたのかと言わんばかりの逆三角形の背中。
見事なまでのオス。
肩幅も広くて、見るからに雄々しい。
素晴らしい肉体──とは思うけど、ボクとしてはちょっと気後れする。
ボクは筋肉こそ大好物だけど、あまりにも露骨にマッチョすぎるのは好きじゃない。
日常のなかで、ふとした瞬間に感じる筋肉にドキドキしていたい派だ。
(やっぱり、宮田きゅんが一番だぁ……)
彼こそがボクの理想の筋肉美。
尊い。尊すぎる──。
「プールの授業中に倒れて運ばれてきたの。その様子じゃ覚えてないのね?」
「はい……ごめんなさい……」
「謝られても困るわけ。で、どうなの? 悪寒とかめまいは起きてない? 吐き気は? ……そう、元気になってよかったわね。じゃー早くそのベッド空けてくれないかしらね。後客が詰まってるの」
「あ。あ、はぁ……はい……」
世の中の保健室の先生というものは、春の日差しのようにやさしいと聞いたことがある。けれど、なんだかこの人は塩対応すぎやしないか。
おまけに言葉の端々がオネェっぽい。
なんなんだこの先生は──。
ちょっとムッとしながら靴をはき、ベッドから出たところでさらに妙なことに気づいた。
パタパタと忙しそうにしている先生の白衣の背中には、舞い散る紅葉と黄金色に輝く鹿の首の刺繍。
テッカテカのゴテゴテで、まるでスカジャンのよう。
よく見ると右肩にも楷書体の真っ赤な刺繍がしてある。
脂ぎった血のごとくギラギラと輝く『尾』と『花』と『沢』の三文字。
「尾花沢《おばなざわ》……?」
思わず声に出して読むと、先生はまるでモデルのごとく腰を回してこちらを振り返った。
「なーに? 親しくもないのに急に呼び捨てはやめてちょうだい」
「えっ、あっ……!」
尾花沢──まさか名前だったとは。
ってか、白衣をスカジャンみたいにデコレーションして、入れ墨みたいに自分の名前を刺繍するなんて悪趣味がすぎる。
かなりやばい人かもしれない。
──なんて思考を読み取ったのか、先生はわざとらしくヅカヅカと靴音を立てて目の前にやってきた。
「“尾花沢先生”って呼ばなきゃ両鼻にピンセットぶっ刺すわよ」
つむじを軽々とのぞきこんでくる圧倒的な身長差。
ボクはその巨体を前に、野ウサギのごとく背中を丸める。
「ごめんなさいっ! お、おっ、おばばっ……尾花沢先生!」
恐怖に舌がもつれた瞬間、先生の針金みたいな細眉はピクンと跳ね上がった。
「いま、オババって言ったな」
「いっ!? ぃいいい言ってまふぇーーん! 尾花沢大先生っ!」
「よしよし、いい子ちゃんねー。分かったらさっさと教室帰りなさいねぇ」
大先生は明らかな作り笑いでボクをあしらうと、くるりと背を向ける。
さっきまでボクが使ってたベッドシーツを手のひらでパンパンと叩き始めた。
ダニ退治──いや、ベッドメイキングしているつもりらしい。
腕を振るうたびに強調されるのは、昔、水泳でもやってたのかと言わんばかりの逆三角形の背中。
見事なまでのオス。
肩幅も広くて、見るからに雄々しい。
素晴らしい肉体──とは思うけど、ボクとしてはちょっと気後れする。
ボクは筋肉こそ大好物だけど、あまりにも露骨にマッチョすぎるのは好きじゃない。
日常のなかで、ふとした瞬間に感じる筋肉にドキドキしていたい派だ。
(やっぱり、宮田きゅんが一番だぁ……)
彼こそがボクの理想の筋肉美。
尊い。尊すぎる──。
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