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056 上野毛ダンジョン(4)
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放課後、一度家に戻ってから、上野毛ダンジョンを訪れる。
僕の方が家から近いから、カコさんはまだ来ていない。
入り口付近で待っていると目立つから、少し離れた場所で待つことにした。
「ごめんなさい。遅くなっちゃって」
「僕もさっき来たところから」
駅から走ってきたのだろう。
呼吸はまだ落ち着いておらず、額にはうっすらと汗が滲んでいる。
カコさんらしいな――そう思った。
「じゃあ、潜ろうと思うけど……大丈夫?」
「うん。覚悟してきたから」
――上野毛ダンジョン。
前回、ここでカコさんは悪質な探索者にMPKされ、死にかけた。
その恐怖は想像を絶するものだろう。
だからこそ、僕はこの場所を選んだ。
彼女がトラウマを乗り越え、探索者を続けるには、ここで恐怖を克服する必要がある。
恐怖体験をして、そのまま廃業していった探索者を大勢知っている。
カコさんにはそうなって欲しくない。
「先頭は任せられるかな?」
「……うん。頑張ってみる」
内心で葛藤があるのだろうが、それに打ち勝とうとする強い思いが伝わってくる。
「カコさんのペースでいいからね」
「分かった」
「いざとなったら、僕が助けるから」
「そうだよね。ひでお君はヒーローだもんね。うん。少し余裕が持てた」
目指す場所は下層入り口。
基本的に戦闘は彼女に任せる。
そこまでソロでたどり着ける実力があるので、余程のことがない限り僕が手を貸す必要はないはずだ。
僕と同様に、彼女もここがホームダンジョンだ。
慣れ親しんだ道のりを、迷わずに進んでいく。
吹っ切れたのか。
僕がいることに安心したのか。
上層モンスターを簡単に葬り、奥へと進んでいく。
中層も彼女一人で問題なくクリアし、下層入り口にたどり着いた。
カコさんはセンスが良い。
経験不足な面はあるが、このまま鍛えていけばトップ探索者になれるのでは――僕の経験と直感がそう告げる。
だからこそ、彼女をここで引退させてしまうのは、惜しすぎる。
「ここで待ってて。連れてくるから」
「うん……」
カコさんの顔がこわばる。
前回のことを考えれば、当然の反応だ。
僕は安心させるように、ガジェットを手渡す。
「なにかあったら、連絡して。すぐに駈けつけるから」
「うん」
カコさんはさっきと同じ返事をするが、表情は別物だ。
「じゃあ、行ってくる。10分もかからないよ」
彼女の不安を少しでも減らすために、僕は例のモンスターを全力で探す。
だいたいの生息場所は把握しているので――。
――いた。
例のモンスターを発見。
佑お手製の鎖でがんじがらめに束縛する。
鎖で引きずったまま、カコさんの元へと戻る。
やっていることは、先日のクズと同じことだが、目的は正反対だ。
カコさんがあの事件を乗り越えるために僕は全力で戻る。
「ひでお君」
「捕まえてきたよ」
「……うん」
カコさんの肩が震えている。
僕は鎖を持つ手と反対の手で、彼女の肩を軽くポンと叩く。
「大丈夫。落ち着いて戦えば、絶対に勝てる相手だから」
カコさんが僕の瞳を覗き込む。
次第に彼女は自信を取り戻し、震えが収まった。
「わかった。ひでお君がそう言ってくれるなら、頑張ってみる」
僕の言葉はただの精神論ではない。
道中で彼女の戦い振りを見ての、客観的な判断だ。
カコさんは普段、ここ下層入り口を活動場所としている。
その理由はソロであり、安全マージンを取るためだ。
彼女の実力なら、下層中盤でも通用する。
彼女なら、勝てる相手だ。
「心の準備できた?」
「うん」
カコさんの顔つきが変わる。
探索者の顔だ。
「じゃあ、鎖を外すよ」
――キシャアアアア。
僕が鎖を外すと、レインボースパイダーが唸り声を上げた。
【後書き】
次回――『上野毛ダンジョン(5)』
僕の方が家から近いから、カコさんはまだ来ていない。
入り口付近で待っていると目立つから、少し離れた場所で待つことにした。
「ごめんなさい。遅くなっちゃって」
「僕もさっき来たところから」
駅から走ってきたのだろう。
呼吸はまだ落ち着いておらず、額にはうっすらと汗が滲んでいる。
カコさんらしいな――そう思った。
「じゃあ、潜ろうと思うけど……大丈夫?」
「うん。覚悟してきたから」
――上野毛ダンジョン。
前回、ここでカコさんは悪質な探索者にMPKされ、死にかけた。
その恐怖は想像を絶するものだろう。
だからこそ、僕はこの場所を選んだ。
彼女がトラウマを乗り越え、探索者を続けるには、ここで恐怖を克服する必要がある。
恐怖体験をして、そのまま廃業していった探索者を大勢知っている。
カコさんにはそうなって欲しくない。
「先頭は任せられるかな?」
「……うん。頑張ってみる」
内心で葛藤があるのだろうが、それに打ち勝とうとする強い思いが伝わってくる。
「カコさんのペースでいいからね」
「分かった」
「いざとなったら、僕が助けるから」
「そうだよね。ひでお君はヒーローだもんね。うん。少し余裕が持てた」
目指す場所は下層入り口。
基本的に戦闘は彼女に任せる。
そこまでソロでたどり着ける実力があるので、余程のことがない限り僕が手を貸す必要はないはずだ。
僕と同様に、彼女もここがホームダンジョンだ。
慣れ親しんだ道のりを、迷わずに進んでいく。
吹っ切れたのか。
僕がいることに安心したのか。
上層モンスターを簡単に葬り、奥へと進んでいく。
中層も彼女一人で問題なくクリアし、下層入り口にたどり着いた。
カコさんはセンスが良い。
経験不足な面はあるが、このまま鍛えていけばトップ探索者になれるのでは――僕の経験と直感がそう告げる。
だからこそ、彼女をここで引退させてしまうのは、惜しすぎる。
「ここで待ってて。連れてくるから」
「うん……」
カコさんの顔がこわばる。
前回のことを考えれば、当然の反応だ。
僕は安心させるように、ガジェットを手渡す。
「なにかあったら、連絡して。すぐに駈けつけるから」
「うん」
カコさんはさっきと同じ返事をするが、表情は別物だ。
「じゃあ、行ってくる。10分もかからないよ」
彼女の不安を少しでも減らすために、僕は例のモンスターを全力で探す。
だいたいの生息場所は把握しているので――。
――いた。
例のモンスターを発見。
佑お手製の鎖でがんじがらめに束縛する。
鎖で引きずったまま、カコさんの元へと戻る。
やっていることは、先日のクズと同じことだが、目的は正反対だ。
カコさんがあの事件を乗り越えるために僕は全力で戻る。
「ひでお君」
「捕まえてきたよ」
「……うん」
カコさんの肩が震えている。
僕は鎖を持つ手と反対の手で、彼女の肩を軽くポンと叩く。
「大丈夫。落ち着いて戦えば、絶対に勝てる相手だから」
カコさんが僕の瞳を覗き込む。
次第に彼女は自信を取り戻し、震えが収まった。
「わかった。ひでお君がそう言ってくれるなら、頑張ってみる」
僕の言葉はただの精神論ではない。
道中で彼女の戦い振りを見ての、客観的な判断だ。
カコさんは普段、ここ下層入り口を活動場所としている。
その理由はソロであり、安全マージンを取るためだ。
彼女の実力なら、下層中盤でも通用する。
彼女なら、勝てる相手だ。
「心の準備できた?」
「うん」
カコさんの顔つきが変わる。
探索者の顔だ。
「じゃあ、鎖を外すよ」
――キシャアアアア。
僕が鎖を外すと、レインボースパイダーが唸り声を上げた。
【後書き】
次回――『上野毛ダンジョン(5)』
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