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046 一件落着。

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 薄暗いスラムを抜け出しても、空は暗かった。
 日が沈み、街灯が点っても、露天街は夜を受け入れられず、心配が張り詰めていた。

「ユーリちゃん!」
「大丈夫だったかい?」

 ユーリが露天に現れると、八百屋のおかみと肉まん屋のオヤジだけではなく、他の露天商たちも集まり、人垣ができる。
 皆の顔には安堵の表情が浮かんでいた。
 おかみは涙を流し、ユーリの小さな身体をギュッと抱きしめる。
 オヤジも感極まったようで、グッと拳を握り男泣きだ。

「うん。平気だよ」
「よかった」

 おかみはユーリを抱きしめる力を強めた。
 群衆からも歓喜の声が上がる。
 しばらくたって、皆が落ち着いたのを見計らってユーリが伝える。

「JPファミリーの件は片付いたから、もう平気だよ」
「えっ、なんだって!?」
「どういうことだい1?」
「――って言っても信じられないよね。クロード、あれ見せて」
「このお方は?」
「Aランク冒険者のクロードと申します」
「Aランク冒険者だって!?」
「なんでそんな方がユーリちゃんに?」
「日頃からユーリ様によくしていただいていると、聞き及んでおります。私からもお礼を述べさせてください」

 ピシッとした姿勢で、クリードは頭を深く下げる。

「いえいえ、そんな大仰《おおぎょう》な」
「ユーリちゃんが可愛いからついつい甘えさせちゃいたくなるだけですぜ」
「そうだそうだ」

 皆は言葉を合わせて同意する。
 可愛いユーリが健気に生きる姿。
 それは人々に笑顔と生きる力を与えた。

 ――良かった。ユーリ様は皆に愛されている。

 クロードは感慨深かった。
 涙を堪えるために、グッとまなじりに力を入れる。

「ご安心ください。JPファミリーと契約してきました」

 クロードは契約書をおかみに渡す。

「これ、本当なのかい?」
「いったい、どうした?」

 目をしばたたかせるおかみの横から、オヤジが覗き込む。

「なんだって!? 場所代は取らないだって!?」
「トラブルがあったときに解決料を払うだけでいいって……」
「しかも、こんなに安い」

 二人とも信じられないといった表情だったが、クロードの顔を見てそれが嘘でないと悟る。

「Aランクの冒険者様がおっしゃるのだから、本当なんでしょう」
「いまだに信じられませんよ」
「でも、これじゃあ、JPファミリーがやっていけないのでは……」

 露天からの場所代はJPファミリーの収入源だ。
 その収入がなくなると立ちゆかなくなるのでは――と露天の者は心配する。
 彼らは元々JPファミリーには感謝している。
 オルウェンの代になってからの横暴には耐えかねたが、かといってなくなって欲しいとまでは思っていない。
 JPファミリーがいなくなったところで、同じような組織が現れるだけ。
 ソイツらがJPファミリーより悪辣でないという保証はない。

「それなら、大丈夫です。彼らもこれからは心を入れ替えて、真面目に働きますから」

 契約により、構成員は善良に生きるしかない。
 決して、人を傷つけることはないし、悪行に手を染めることもない。
 真っ当に生きるしかないのだ。

 だが、それは彼らにとって不幸とは限らない。
 正しく生き、感謝されることを知れば――今まで得られなかった幸せを得られるのだから。

「クロード様、ありがとうございます」

 露天商はクロードに向かって、次々と感謝の言葉を述べる。
 この功績はクロードのものだと、誰もが思うのも当然だ。

 困惑したクロードはユーリの方を見るが、彼女は首を横に振る。
 主の功績を横取りするようで心苦しかった。
 しかし、彼女の笑みを見て、それでいいのだと納得し、彼女が望む言葉を皆に告げる。

「これからも、なにかあったら、ギルド経由で私に伝えてください」

 クロードの言葉に、また、歓声があがる。
 Aランク冒険者の後ろ盾。
 これほど、心強いことはない。

「今日はお祝いだっ! お代はいらねえ。あるだけ呑んでくれ」

 酒を売る者が大声を出す。

「うちもタダだ。いっぱい食ってくれ」
「じゃあ、うちも」
「うちも」
「宴会だ。宴会するぞっ!」

 それをきっかけに、お祭り騒ぎが始まった。
 JPファミリーのせいで、最近は暗くなっていた露天街が鬱憤《うっぷん》を晴らすように爆発した。
 通行人も巻き込んで、飲めや歌えの大騒ぎだ。
 騒ぎすぎたせいで衛兵まで出動する羽目になったが、彼らもすぐに祭りに取り込まれる。

 ――浮かれた余韻を引きずる中、喧噪から離れた場所で、ユーリと八百屋のおかみが話していた。

「ユーリちゃんが無事で嬉しかったわよ」
「心配させちゃって、ごめんなさい」
「ユーリちゃんは、街の宝だからねえ」
「そうなの?」
「ああ、あの件でみんな苦しんでいた中、ユーリちゃんの笑顔と頑張る姿に元気をもらったんだよ」
「えー、元気をもらったのは私だよ。お姉さんがくれた最初のトォメィトゥ、美味しかったなあ」
「なら、あげた甲斐があったってもんさ」

 そこまで言って、おかみは真剣な顔になる。

「ユーリちゃん。ありがとうね。この恩は一生忘れないよ」
「ううん。違うよ。恩があったのは私だよ。だから、貸し借りはこれでチャラ。これからはちゃんとお代を受け取ってね」
「ユーリちゃん……。分かったよ、これからも贔屓《ひいき》にしておくれ」
「うん! でも、オマケしてくれると嬉しいなっ」
「あはは。そう言われちゃ、しょうがないね」

 二人は笑い合う。
 そこには平和があった。
 ユリウス帝が望み、手に入れられなかった平和だ。


【後書き】
次回――『ギルドマスターに呼び出される。』
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