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こちとら猛者ですから
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「ここらへんなんだけど、そうそうここよ」
路地に入ると、店があったらしい場所を指さした。
「確かに、店だったみたいだね」
閉ざされたドア、黒い布で内側から覆われた窓を外から覗いている我が弟。
ルーカスは、建物の上を見上げ、家と家の間を覗く。
「姉さん、少し隠れててくれる?」
「隠れるの?」
うなづいたルーカスは私に「もう帰ろう」と大きな声で言った。
「へ?」
「ほら、行くよ」
ぐいぐいと手を引っ張って、家から外れた先、家と家の間に私を押し込んだ。
「ここにいて」
シッと指を口にあてて、ルーカスは何気ない顔で元の場所に戻っていった。
どういうこと?
私、何で隠れないといけないわけ?
こっそりと路地から外を覗いてみるけど、ゆるく曲がっている道は奥が見えない。
と、反対側から女性の声と男性の声、何だか揉めているような。
「いいからこっち来なよ」
「……」
「何、恥ずかしいの?」
「……」
ん? リア充ではないみたい。これってナンパ? それとも。
気になった私は路地を出ると、見るからに貴族女性がチンピラみたいな男に絡まれているようにしか見えない。
なんであの人、ひとりなの? こんな場所、普通ならメイドかお付きの人がいてもいいのに。
目を細めてよくよく見ると、
「あれ? ベシー嬢? 伯爵令嬢がこんなとこで何してるの!?」
どう見ても困ってる。今にも泣きそうなベシーに、私は路地から飛び出していた。
「ちょっと、あんた! その女性から手を離しなさい!」
「ああん?」
ガラの悪そうな男が眉根を寄せ、口の端をひん曲げる。
「なんだ、お前」
「なんだじゃないわよ! まずその手を放せって言ってんのよ!」
「はあああ?」
手を掴まれたままのベシーは目を見開いてこちらと男をきょときょとと交互に見ている。
「うるさい女だな。お前も俺に相手をしてほしいのか? よく見るとかわいい顔してるじゃねえか」
こちらを上から下まで視線を這わした男はぺろりと舌なめずりをする。
うわああっ、気持ち悪っ。
「何だと?!」
あれ? 声に出したつもりはなかったが、声に出てたみたい。
「聞こえてたの? まあいいわ、気持ち悪いと言ったのよ!」
「何だと、この女!」
ベシーの手を掴んだままの男はこちらに身体を向ける。ベシーの体制が崩れ、顔をゆがめた。
何なのよ、この馬鹿男は!
妙に腹の立った私は息を吸い込むと、
「っるさい!」
と腹の底から声を荒げた。
「なっ……」
「その手を放せって言ってんだろ! この豚野郎!」
「ぶぶぶぶ、豚?」
「さすがに豚がかわいそうか。手を放せってんだよ! 聞こえねえのか! このゲス野郎!」
これには、ベシーの方が驚いて目をまん丸にしている。こっちはいろんなジャンルの漫画、恋愛ものから格闘もの、ヤンキー物まで読み漁ってる猛者なんだからね。
ふふんと鼻を鳴らすと、男の方も女がこんなふうに言ってくることなんてなかったのかも。目を白黒させた。
その男の顔色が真っ白から真っ赤に変わる。
目も眉も吊り上がり、
「この野郎! 女と言えど許さねえ」
言うが早いか、こっちに突進してきた。
手を離され自由になったベシーは、恐怖に顔をゆがめて「キャー!」と叫んだ。
私は、両手を広げ、さあ来いとばかりに足に力を込める。
きっと大丈夫、今の私なら。
「この野郎!」
と突進してきた男が、数歩手前で「うっ」と一言。
その足を止めると、嫌そうに顔をゆがめ、1歩1歩と後退していく。
「お前、お前」
「何よ」
「お前なんか、嫌いだーっ!」
大声で叫んだ男は、脱兎のごとく逃げていった。
「ふうーっ」
と息を吐きだした私は、呼吸を整えると、ベシーに向かって声をかけた。
「ベシー様、大丈夫ですか~?」
しゃがみこんでいたベシーは顔をあげると、こちらを凝視。
「え? あ、もしかして、エマ様?」
「はい、エマです。もう大丈夫ですよ~」
近づくと、嫌いな気持ちが大きくなるし、と、離れたまま大声をあげる。
「お付きの人はいないんですかー?」
「あ、それは」
と言いつつ、近づいてこようとするベシーに、
「あ、それ以上近づくと、気持ち悪くなるかもですから」
と手を前に突き出した。
「でも……」
「いいからいいから」
と手を振っている私に、
「なにがいいからですか!」
と厳しい声がかかった。
恐る恐る振り返ると、ルーカスが呆れた顔で立っている。
「何やってるんですか、ったく」
「ごめんなさい。ベシー様が危なかったから」
「あのまま男に殴られでもしたらどうしたんです」
どうやら、ちょっと前から見られていたようだ。
「それは大丈夫よ、嫌われ薬が効いてるもん」
はあ、とため息をついたルーカスは私の横を通り越すと、ベシーの側に行った。
「大丈夫ですか?」
「ルーカス様、はい、ありがとうございます。あのエマ様は」
こちらをあきれ顔で振り返ったルーカスは、
「姉はあの通り、全然大丈夫です」
あの通りって何。
路地に入ると、店があったらしい場所を指さした。
「確かに、店だったみたいだね」
閉ざされたドア、黒い布で内側から覆われた窓を外から覗いている我が弟。
ルーカスは、建物の上を見上げ、家と家の間を覗く。
「姉さん、少し隠れててくれる?」
「隠れるの?」
うなづいたルーカスは私に「もう帰ろう」と大きな声で言った。
「へ?」
「ほら、行くよ」
ぐいぐいと手を引っ張って、家から外れた先、家と家の間に私を押し込んだ。
「ここにいて」
シッと指を口にあてて、ルーカスは何気ない顔で元の場所に戻っていった。
どういうこと?
私、何で隠れないといけないわけ?
こっそりと路地から外を覗いてみるけど、ゆるく曲がっている道は奥が見えない。
と、反対側から女性の声と男性の声、何だか揉めているような。
「いいからこっち来なよ」
「……」
「何、恥ずかしいの?」
「……」
ん? リア充ではないみたい。これってナンパ? それとも。
気になった私は路地を出ると、見るからに貴族女性がチンピラみたいな男に絡まれているようにしか見えない。
なんであの人、ひとりなの? こんな場所、普通ならメイドかお付きの人がいてもいいのに。
目を細めてよくよく見ると、
「あれ? ベシー嬢? 伯爵令嬢がこんなとこで何してるの!?」
どう見ても困ってる。今にも泣きそうなベシーに、私は路地から飛び出していた。
「ちょっと、あんた! その女性から手を離しなさい!」
「ああん?」
ガラの悪そうな男が眉根を寄せ、口の端をひん曲げる。
「なんだ、お前」
「なんだじゃないわよ! まずその手を放せって言ってんのよ!」
「はあああ?」
手を掴まれたままのベシーは目を見開いてこちらと男をきょときょとと交互に見ている。
「うるさい女だな。お前も俺に相手をしてほしいのか? よく見るとかわいい顔してるじゃねえか」
こちらを上から下まで視線を這わした男はぺろりと舌なめずりをする。
うわああっ、気持ち悪っ。
「何だと?!」
あれ? 声に出したつもりはなかったが、声に出てたみたい。
「聞こえてたの? まあいいわ、気持ち悪いと言ったのよ!」
「何だと、この女!」
ベシーの手を掴んだままの男はこちらに身体を向ける。ベシーの体制が崩れ、顔をゆがめた。
何なのよ、この馬鹿男は!
妙に腹の立った私は息を吸い込むと、
「っるさい!」
と腹の底から声を荒げた。
「なっ……」
「その手を放せって言ってんだろ! この豚野郎!」
「ぶぶぶぶ、豚?」
「さすがに豚がかわいそうか。手を放せってんだよ! 聞こえねえのか! このゲス野郎!」
これには、ベシーの方が驚いて目をまん丸にしている。こっちはいろんなジャンルの漫画、恋愛ものから格闘もの、ヤンキー物まで読み漁ってる猛者なんだからね。
ふふんと鼻を鳴らすと、男の方も女がこんなふうに言ってくることなんてなかったのかも。目を白黒させた。
その男の顔色が真っ白から真っ赤に変わる。
目も眉も吊り上がり、
「この野郎! 女と言えど許さねえ」
言うが早いか、こっちに突進してきた。
手を離され自由になったベシーは、恐怖に顔をゆがめて「キャー!」と叫んだ。
私は、両手を広げ、さあ来いとばかりに足に力を込める。
きっと大丈夫、今の私なら。
「この野郎!」
と突進してきた男が、数歩手前で「うっ」と一言。
その足を止めると、嫌そうに顔をゆがめ、1歩1歩と後退していく。
「お前、お前」
「何よ」
「お前なんか、嫌いだーっ!」
大声で叫んだ男は、脱兎のごとく逃げていった。
「ふうーっ」
と息を吐きだした私は、呼吸を整えると、ベシーに向かって声をかけた。
「ベシー様、大丈夫ですか~?」
しゃがみこんでいたベシーは顔をあげると、こちらを凝視。
「え? あ、もしかして、エマ様?」
「はい、エマです。もう大丈夫ですよ~」
近づくと、嫌いな気持ちが大きくなるし、と、離れたまま大声をあげる。
「お付きの人はいないんですかー?」
「あ、それは」
と言いつつ、近づいてこようとするベシーに、
「あ、それ以上近づくと、気持ち悪くなるかもですから」
と手を前に突き出した。
「でも……」
「いいからいいから」
と手を振っている私に、
「なにがいいからですか!」
と厳しい声がかかった。
恐る恐る振り返ると、ルーカスが呆れた顔で立っている。
「何やってるんですか、ったく」
「ごめんなさい。ベシー様が危なかったから」
「あのまま男に殴られでもしたらどうしたんです」
どうやら、ちょっと前から見られていたようだ。
「それは大丈夫よ、嫌われ薬が効いてるもん」
はあ、とため息をついたルーカスは私の横を通り越すと、ベシーの側に行った。
「大丈夫ですか?」
「ルーカス様、はい、ありがとうございます。あのエマ様は」
こちらをあきれ顔で振り返ったルーカスは、
「姉はあの通り、全然大丈夫です」
あの通りって何。
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