キミ feat. 花音 ~なりきるキミと乗っ取られたあたし

若奈ちさ

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8章 先輩の事情

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 次の日もまたあたしは教室前の廊下から夕凪が登校してくるところを見ていた。
 きのうと変わらない。双葉と友梨奈はとりあえず一緒に登校をしてくれているようだった。

 そして放課後。夕凪はちゃんと付き合ってくれた。
 くだらない女子のいざこざなのだが、これも日常の一部。少しずつ欠けていったら取り返しつかなくなって元には戻れない。
 なんか毎日必死で疲れる。そう思ったら、あたしだって頑張ってきたんだからと、誰かにわめき散らしたくなる。
 そうだよ。今だって問題解決のために動いてる。

 あたしたちはツレだってグラウンドに出た。
 グラウンドでは陸上部だけじゃなく、サッカー部と野球部もそれぞれの場所で練習をしていた。境界線などないが、おおまかに区分けされているらしい。

 陸上部に当てられていたのは校舎から出てきて手前の方だった。長い直線距離を走れるようになっていて、隅には走り幅跳び用の砂場もある。その付近に集まっておのおのが準備運動をしていた。
 目当ての先輩はすぐに見つかった。
「あ、いた」
 体がすごく柔らかくて、上体を前に倒して両肘を地面につき、手のひらであごをのせて目の前にいる部員となにか言葉を交わしている。

「あの人。両足広げてストレッチしている」
 あたしが指し示すと、夕凪は驚いたような声を上げた。
「ひょっとして草加さん?」
「ああ、そうだ、そんな名前だったかも」

 陸上部で表彰を受けるほどの成績を残しているのは彼女くらいのものだから、名前もなんとなく覚えていた。
 さほど背は高くないけど、すらっとしていて、制服姿もかっこいいが、体操着もまた様になっている。短めの髪をポニーテールに結い上げて、やる気満々だ。

「部活中に迷惑じゃない?」
 弱気になる夕凪に、あたしも流されそうになった。
 まぁまぁ非常識だよね。
 でもこれくらいのタイミングしかないように思う。顧問の先生もまだ来てないし。

 あたしは夕凪の背中を押してうながす。
「さぁ、行こう」
 渋々ながら、夕凪は歩き出した。陸上部の練習場まで立ち入って、おずおずと草加さんのそばに立った。
「あのぅ。草加先輩、ちょっとお話が……」
 陸上部員の視線を浴びて後ずさる夕凪を、こっそり背中に手を当てて押し返す。

 学年ごとにばらけているようだが、全部合わせても十人程度。ひるむんじゃないと心で念じる。
「え、なに?」
 草加さんはストレッチを続けながら、面倒くさそうに返事した。
「キリちゃ……霧島桐子のことで、ちょっと……」
「え? キリコ? なんなの。文句があるなら、本人が来なさいよ」
 草加さんは悪びれずに平然といってのけた。

 音無花音を目の前にしてるのに、あたしは無関係だというのだろうか。やっぱり、キリコが勝手にあたしまで関わっているようなそぶりをしていただけなのかな。
 もじもじとしている夕凪の前に出て行って、あたしは草加さんに向かっていった。

「この音無花音を先輩たちがシメるって話しがあるんですけど」
「はぁ? まさか、キリコがそんなこと言いふらしてんの? ちょー迷惑なんだけど」

 しらを切っているというよりは、寝耳に水ってかんじだ。
 やっぱり、キリコの口から出任せか。
 じゃあ、この状況にどうけりをつけようか。あたしにウソをついたとしても、先輩を巻き込んで、さすがにそこまでおおごとにしてキリコに面倒をかぶせるのはかわいそうな気がしてきて、どうしようかと夕凪を見やった。
 すると夕凪はあたふたと首を振っていた。

「そうじゃないです。なんか、キリコが思い悩んでいるようで、なんにもいわないものだから、そんな妙なことを言い出す人が出てきて、先輩たちにも迷惑かかるんじゃないかと……」
 消え入りそうになってる夕凪も見て感心した。よくもそんな優しい嘘がすぐに出てくるものだ。草加さんもちょっと動揺している。

「うちらはなんも関係ない」
「草加先輩とキリコが話しをしているのを見たという人がいて……」
「待って、待って」
 草加さんは部員の目を気にしながら立ち上がった。
「あのさ、なんていうの? うちら、相談に乗ってあげた方だからね」
「相談って?」
「だから、相談事だよ? こんなところでいえるわけないじゃん」
「だから、ちょっと向こうで……」
「面倒くさいな」

 草加さんは付き合わされているふうをよそおって陸上部員から離れたところに移動した。
 あたしは草加さんの後ろに着いていきながら、夕凪に親指を上に向けた。
 あんがいやるじゃないか。すんなり草加先輩を連れ出すことに成功している。
 でもそれは草加さんにだってやましいことがあるからだ。あんなふうにキリコを取り囲んで、誰がどう見ても、あれが相談事だとか、そんな穏やかな話しであるわけない。

 草加さんは陸上部員に背を向けて話し出した。
「キリコが2年の女子に、後ろから制服の裾をつかまれて、めくりあげられてたんだよね」
 いきなりそんな話を持ち出されて、思わずドキリとした。
 それはわたしでも、たぶん、双葉でも友梨奈でもないが、キリコなら、だれからでも、そんなイタズラをされる可能性はあった。

「驚いて振り返ってたけど、なにもいえなくて、それで今度はスカートの裾をつかまれたんだよ。そんときにさ、九重が……ああ、九重って、知ってるでしょ。九重十斗。生徒会長やってる」

 唐突すぎる登場だったが、もちろん知っている。
 九重先輩は野球部のキャプテンで、生徒会長で、女子ならばためらいなく黄色い声援を送ってしまうくらい絵に描いたような憧れの先輩像で、それでいて、だれのものでもなく、だれのものでもあるような気さえする男子生徒だ。
 こんなところで、あるいは毎日だれかが九重先輩の噂していてもおかしくないけど、キリコとはまったく結びつかなかった。

 草加先輩はますますおもしろくなさそうにまくし立てる。
「たまたま通りかかった九重が後ろから声かけて。どうしたの?裾がほつれそうになってるの?先生から裁縫道具借りてきてあげようか?って。それで、その子たちもすっかり怖じ気づいてなんでもないですって、その場は収まったんだけど、キリコったらその件ですっかり九重に心射ぬかれたみたいで。だから好きなのかって聞いたの。そうしたら、すました顔で『別に』とかいって」

 ついには怒りだしていた。
 嫉妬したんだろうか。あのキリコに。

「好きなら告白すればいいじゃんっていったのよ。それで結果を教えてって。九重もさぁ、だれでもかれでもやたら優しくして、罪なヤツだよ。ヘタに関わって、つきまとわれて、うざいだけなのに、バカみたい」

 なんだ、やっぱり嫉妬してるだけじゃん。それでキリコにからんでいるのか。
 しかも、どうやらキリコが九重先輩に恋したと勝手に決めつけてかかっている。どうせ振られるに決まってるから、それを笑ってやろうという魂胆なのだ。

 夕凪は理解しているのかいないのか、
「草加先輩は、九重先輩に反感持ってるんですか」
 と、ずれたことを聞いている。

 草加さんはきりきり舞いだ。
「今の話し聞いてた? うちらはキリコの背中を押してやっただけ。ただ、隙のない九重が、キリコみたいな子から告白されて、どんなふうに断るのかなと思ってね。興味あるでしょ? 優しさをふりまいておきながら、結果、残酷なことしてるんだから」

「そんなの、わかんないじゃないですか。なんで振られる前提なんですか」
 夕凪があほみたいにまっすぐな感情でいうと、草加さんは眉尻をピクリとつり上げて詰め寄った。
「あなた、自分のことかわいいと思っているでしょ? キリコのこと、下に見てるでしょ? なのに、結果がどうなるかわかんないとかさ、白々しいこといってんじゃないよ」
「九重先輩がどういう人が好きかなんて――」

「もういい!」
 あたしは折れそうにない夕凪の腕を引っ張った。
 とばっちりにあうのはあたしなのだ。キリコに飽きたら今度はあたしがターゲットになってしまうだけだ。
「よくわかりました。部活中、すみませんでした。今後ともキリコをよろしくお願いします」
 あたしは勢いよく頭を下げ、となりで「ちょっと、お願いしてどうすんの」と、まだいい足りなそうにしている夕凪を引き連れて立ち去った。
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