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7章 クローゼットを開けたら
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帰宅してすぐに夕凪の部屋へ向かおうとするが、トイレから出てきた母親と出くわしてしまった。後ろから着いてくる女子生徒に気がついて驚いているようだった。
「あ、あの、同じクラスの音無花音さん」
あたしが紹介すると母親はうろたえすぎてしどろもどろだった。
「え……そ、そう……」
「こんにちは。お邪魔してもいいですか」
夕凪に聞かれて「ええ、どうぞ。いらっしゃい」と答えるも、こちらばかり見てくる。
あたしは構わずに階段を上っていった。
部屋に入ってドアを閉めると夕凪は息をついた。
「わたし、友達少ないから滅多に連れてこないし、女子が来たのも初めてだから驚いたのかも」
「そうだよね。あたしも男子はないよ。うちだったらリビングにしておきなさいとかいうかもね。そうだ、やっぱりこういうときって、様子うかがいがてらジュースでも持ってきたりするのかな」
夕凪はクスクス笑った。
「あるね。メイクしている途中に入ってこられても困るし、先に行ってきてよ。冷蔵庫から適当になんか持ってきて」
あたしが下に降りて冷蔵庫からペットボトルの水を取り出すと、母親は探るように声をかけてきた。
「ケーキでも買ってくる?」
「いいよ。ふたりともダイエット中だから。なにもいらない」
母親はみょうに納得した様子だった。
部屋に戻ると夕凪はメイク道具を小さなテーブルの上に並べていた。ファンデーションやアイシャドウ、ブラシから基礎化粧品までずらり。
「人にメイクするのが初めてだし……ああ、自分の顔にするんだけど、なんかヘンな感じだな」
夕凪は照れくさそうにしていた。
あたしは夕凪の前にデンとあぐらをかいた。これからメイクをするっていうのに男らしくて笑ってしまう。
「髪が邪魔になるからこれをして」
ヘアバンドを渡された。夕凪の髪は短いが、言うとおりに顔周りの髪の毛をヘアバンドで押さえる。
それからはされるがままだ。化粧水を塗られ、スポンジではたかれ、目元も眉も、口元や頬も。存分に夕凪がメイクできるようにあっちを向いたりこっちを向いたり。
そうして夕凪が立ち上がって手鏡を取ったとき、仕上がったんだなと思った。あたしにも見せたいって気持ち。
あたしは手鏡を受け取って鏡をのぞき込む。
奇妙な気分だ。夕凪の顔だってわかっていても、どうなったのかなって、すごくワクワクした。
夕凪の顔を見慣れているわけじゃなかったけど、雰囲気がすごく優しくなったなと思った。よくみれば眉が剃ってあるようだった。今じゃなく、それは前からしていたみたい。
眉尻を指で触れていると夕凪は脇から一緒に鏡をのぞき込んだ。
「眉毛がすぐにボーボーになっちゃうんだ。濃く見えないように茶系にしてみた」
「うん。いいよ。もっと女の子っぽい感じになるのかと思ったけど、すごいキレイ。だいたい夕凪の肌ってキレイだよね。そりゃあヒゲが生えれば気になる」
あたしは無遠慮にあごや頬をなでるがツルツルのスベスベだった。
唇には少し暗めの口紅が塗られていたが、夕凪にピッタリだった。
こんなふうになりたいっていうのが明確にあったのかもしれない。
「どれも全部似合ってる」
「ありがと。想像しながら化粧品を選んでいくの、楽しかった。ずっと楽しい気持ちが続けばいいのにって。でもいつも途中で立ち返っちゃう。こんなの、おかしいのかなって」
それはあたしにも答えようがなかった。
きっと夕凪はこの部屋から出るときにはメイクを落とすことを望むだろう。
家族がどう思うのか。あたしが大丈夫と出て行ったいったところで、大丈夫じゃない事態が起こりそうだから。そんなに簡単には言えない。
けど――
「夕凪は初めてのメイクでしょ。センスあるよ。元に戻ったら教えて。少なくともあたしはおかしいとは思わないよ。たった今、そう思った。前にどう思っていたのかは聞かないで」
「聞かなくてもわかるけどね」
夕凪は頬を膨らませながらもはにかんだ。
「あのね、もう一度言うよ。元に戻ったらだからね。元に戻りたいと思ってくれないと」
「わかってるよぅ」
「それから、先輩から聞き出すのもね」
「わかってるよぅ」
それから夕凪はコットンを持って、あたしの顔からメイクを落とした。
「あ、あの、同じクラスの音無花音さん」
あたしが紹介すると母親はうろたえすぎてしどろもどろだった。
「え……そ、そう……」
「こんにちは。お邪魔してもいいですか」
夕凪に聞かれて「ええ、どうぞ。いらっしゃい」と答えるも、こちらばかり見てくる。
あたしは構わずに階段を上っていった。
部屋に入ってドアを閉めると夕凪は息をついた。
「わたし、友達少ないから滅多に連れてこないし、女子が来たのも初めてだから驚いたのかも」
「そうだよね。あたしも男子はないよ。うちだったらリビングにしておきなさいとかいうかもね。そうだ、やっぱりこういうときって、様子うかがいがてらジュースでも持ってきたりするのかな」
夕凪はクスクス笑った。
「あるね。メイクしている途中に入ってこられても困るし、先に行ってきてよ。冷蔵庫から適当になんか持ってきて」
あたしが下に降りて冷蔵庫からペットボトルの水を取り出すと、母親は探るように声をかけてきた。
「ケーキでも買ってくる?」
「いいよ。ふたりともダイエット中だから。なにもいらない」
母親はみょうに納得した様子だった。
部屋に戻ると夕凪はメイク道具を小さなテーブルの上に並べていた。ファンデーションやアイシャドウ、ブラシから基礎化粧品までずらり。
「人にメイクするのが初めてだし……ああ、自分の顔にするんだけど、なんかヘンな感じだな」
夕凪は照れくさそうにしていた。
あたしは夕凪の前にデンとあぐらをかいた。これからメイクをするっていうのに男らしくて笑ってしまう。
「髪が邪魔になるからこれをして」
ヘアバンドを渡された。夕凪の髪は短いが、言うとおりに顔周りの髪の毛をヘアバンドで押さえる。
それからはされるがままだ。化粧水を塗られ、スポンジではたかれ、目元も眉も、口元や頬も。存分に夕凪がメイクできるようにあっちを向いたりこっちを向いたり。
そうして夕凪が立ち上がって手鏡を取ったとき、仕上がったんだなと思った。あたしにも見せたいって気持ち。
あたしは手鏡を受け取って鏡をのぞき込む。
奇妙な気分だ。夕凪の顔だってわかっていても、どうなったのかなって、すごくワクワクした。
夕凪の顔を見慣れているわけじゃなかったけど、雰囲気がすごく優しくなったなと思った。よくみれば眉が剃ってあるようだった。今じゃなく、それは前からしていたみたい。
眉尻を指で触れていると夕凪は脇から一緒に鏡をのぞき込んだ。
「眉毛がすぐにボーボーになっちゃうんだ。濃く見えないように茶系にしてみた」
「うん。いいよ。もっと女の子っぽい感じになるのかと思ったけど、すごいキレイ。だいたい夕凪の肌ってキレイだよね。そりゃあヒゲが生えれば気になる」
あたしは無遠慮にあごや頬をなでるがツルツルのスベスベだった。
唇には少し暗めの口紅が塗られていたが、夕凪にピッタリだった。
こんなふうになりたいっていうのが明確にあったのかもしれない。
「どれも全部似合ってる」
「ありがと。想像しながら化粧品を選んでいくの、楽しかった。ずっと楽しい気持ちが続けばいいのにって。でもいつも途中で立ち返っちゃう。こんなの、おかしいのかなって」
それはあたしにも答えようがなかった。
きっと夕凪はこの部屋から出るときにはメイクを落とすことを望むだろう。
家族がどう思うのか。あたしが大丈夫と出て行ったいったところで、大丈夫じゃない事態が起こりそうだから。そんなに簡単には言えない。
けど――
「夕凪は初めてのメイクでしょ。センスあるよ。元に戻ったら教えて。少なくともあたしはおかしいとは思わないよ。たった今、そう思った。前にどう思っていたのかは聞かないで」
「聞かなくてもわかるけどね」
夕凪は頬を膨らませながらもはにかんだ。
「あのね、もう一度言うよ。元に戻ったらだからね。元に戻りたいと思ってくれないと」
「わかってるよぅ」
「それから、先輩から聞き出すのもね」
「わかってるよぅ」
それから夕凪はコットンを持って、あたしの顔からメイクを落とした。
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