キミ feat. 花音 ~なりきるキミと乗っ取られたあたし

若奈ちさ

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6章 お願い、誤解しないで!

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 ギュッと心臓をつかまれたみたいに気が遠くなってくる。
 なんで、なんでそんなところにいるの?

「あ。もしかして――」
 陽向くんはばつが悪そうに言葉を句切った。
 どうしてこんな間の悪いときばかり遭遇してしまうんだ。いつもは夢でさえも会えないっていうのに。
 あたしと夕凪はなんの接点もないんだから、ふたりで仲良く登校していたら絶対疑われる。

「ちちちち違う!」
 夕凪はものすごい慌てふためいてあたしから離れた。
「そ、そうだよ。別に付き合ってるとか、そんなんじゃないから」
 あたしはいってる途中から男らしく振る舞おうとしたが、全然うまくいかなかった。

 陽向くんは困惑したようにこちらを見比べていた。
「そんな、隠さなくてもいいじゃん?」

 どうしようかと、あたしと夕凪は顔を見合わせた。
 誤解されたままなんて絶対にイヤだよ。不用意に言いふらしたりするような人じゃないけど、あたしにとってはそんな問題じゃなくて。
 そうだ! 誤解を解くにはもう本当のことをいうしかない!
 キリコと入れ替わったときだって、陽向くんは知っていたのだから、むしろそれ以外に道はない。

「あの、実は……」
 あたしが説明しようとすると、陽向くんはそれをさえぎるように言葉をかぶせてきた。
「やっぱりそうか。でもごめん。話しはあとで。もう遅刻確定っぽいけど、部活に行かなくちゃいけないから」
「いや、だから……」
 なおも食い下がろうとするあたしに、陽向くんは右手をひらりと挙げると走って学校へ向かった。
 部活もあるっていうし、無理にも引き留められない。

「あ、ああ……うそでしょう……」
 あたしは陽向くんの後ろ姿を見送りながら、全身の力が抜けてしまった。
 最悪だ。よりにもよって、なぜ陽向くんなんだ。今までだって、一度もこんなに男子と親密にしていたことなんてないのに、登校するにはちょっと早い時間にふたりで会ってたとか、そりゃ誰だって親密な関係にあるだろうって思うし、足早に立ち去りたくもなっちゃうよね。

「もう! むやみに体さわってこないでよ」
 怒りの矛先を夕凪に向けると、わかりやすいくらいに小さくなった。
「ご、ごめん。なんか、目の前に自分の体があると垣根がなくなっちゃう」
 ああ、もう夕凪のことを怒ってもしょうがないのに。

 自分にもいらだって息を吸って落ち着かせる。
「あのね、あたしはあなたで、あなたはあたしで、なにもかもが心配で、それはそうなんだけど、距離は保とう。へんに思われる」
「うん。音無さんになりきって、夕凪風太と距離を取る」
 夕凪は自分に言い聞かせるようにぶつぶつとつぶやいている。

 元に戻れない以上、夕凪にはあたしになりきってもらわないと困るんだけど、でもそれをなかなか受け入れられない気持ちもあった。
 目隠しをして家の中にずっとこもっていてほしい。
 そんなことできやしないのに。
 あたしだって閉じこもってばかりはいられない。なんとかしないと。

 自信なげにたたずんでいる夕凪に声をかける。
「あと、日向くんのことだけど。同じ幼稚園ってことは、夕凪は日向くんとも仲がいいの?」
「仲がいいっていうか、今は全然。あのころはよく遊んでたけど」
 夕凪はちょっぴり寂しそうにうつむく。
 そうだよね。キリコのことをキリちゃんと呼ぶくらいなんだから、陽向くんのこともよく知っているはずだ。

「とにかく、夕凪の姿をしているあたしからいっておく。入れ替わりのこと、伝えておいてもいいよね」
 すると夕凪は一転して明るい表情を見せた。
「そっか! 本当のこと、いえばよかったんだ。あのときだって陽向と音無さん、一緒にいたもんね。どうしたらいいのかわかんなくて、慌てちゃったよ」

 夕凪は陽向って呼んでるのか。
 なんか、緊張する……ああ、ダメダメ。中身は音無花音だと告げるのだから、呼び捨てにするのはずうずうしいような……。
 だけど、姿は男子なんだから、近づきすぎても女子から白い目で見られることもなくて、そこはうれしい。

「あっ、そうだ!」
 登校途中だったことを思い出す。
「こんなことしている場合じゃないよ。夕凪は待ち合わせの場所に向かって。双葉と友梨奈といつもどおりに登校してくれないと困る」
「了解っ! まかせて」

 急にかわいこぶって張り切り出す夕凪だが、心配だ。
 キリコと比べたら、あたしに向かう敵対心がないだけまだマシなんだけど、慣れない女子の世界に順応できるか不安しかない。頭の回転もにぶそうだし、まったく頼りにならない。
 大丈夫かな。あたし、あんまり一生懸命にやるタイプじゃないんだけどな。空回りしないといいのだけど……

 面倒な頼みごとにもどこ吹く風の夕凪。
 ここからでは待ち合わせ場所まで遠回りになるというのに、夕凪の足取りは軽やかだった。
 こちらは一気にものを胃袋に押し込んだせいで胃が重い。それでいて栄養がまだ行き渡っていなくて力が出ない。
 家族間のトラブルじゃないとわかったけど、なんでそんなにやせたいんだろうな。

 自分で腕をつかんでみる。音無花音のほうがよっぽど肉付きがよさそうだった。
「はぁ……」
 夕凪はあたしの体がだらしないとかバカにしてるだろうか。
 ここまで食べることを我慢できるって、ある意味すごい。あたしも、ちょっとは協力しなくちゃ。夕凪がこの体に戻ったときのために。
 いや、そんなことより。そもそも、あたしたち、戻れるんだろうか。
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