キミ feat. 花音 ~なりきるキミと乗っ取られたあたし

若奈ちさ

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5章 女子になりたい男子

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 なんで携帯を持ってないんだよ。今どきありえない。
 公衆電話がありそうなところが、駅ぐらいしか思いつかなくて30分以上かけてやってきた。あちこち体は痛いし、へとへとだ。

 10円を入れて10円が返却されるってことを何度か繰り返しながら、どうにかかけかたがわかって音無花音のスマホに繋がった。
「もしもし? 自分の声、わかるよね?」
 早口で伝えると、のんきな声が返ってきた。

『ああ、音無さん。どこににるの。大丈夫?』
「ひどいめにあってるよ。なんで携帯持ってないの」
『ええ? それ、必要?』
 イヤな予感がしてきた。

「友達とのやりとりどうしてんの」
『学校で会うのに? そんなに連絡事項多くないでしょ』
「じゃあ、家にもないんだね……って、そうだ、夕凪んち、知らないんだけど」
『そっか。それは大変だったね』

 他人事みたいに言う音無花音の声にいらつきながら、自宅を聞き出し、バッグから筆記用具を拝借してメモった。

「それで、お母さんはごまかせた?」
『ベランダから飛び降りちゃったからびっくりしたよ。だから、涙も引っ込んで、友達はいま帰ったよっていったら、靴があったよっていうから、トイレかなっていったら、納得してた』
「ウソでしょ!?」
『見送りぐらいしなさいとは言われた。なんか、音無さんのお母さんとはうまくやれそう』

 夕凪ってこんなに楽観的なひとだったのか。
 あたしと夕凪の波長は合わなそうだと、ため息をついているうちに通話が切れてもう一度10円でかけ直す。

「あたしのスマホはこっちで預かっておく。どうせLINEとかできないでしょ」
『明日でよくない?』
「いいわけないでしょ! うちのポストに入れといて。すぐに取りに行く。それから、くれぐれもあたしの体にさわらな――」

 ツーツーツー。
 ん? 早くないか? 切ったのか? 切ったのか? あいつめ!

 財布の中の硬貨はもう1円玉だけだった。これから夕凪とはどうやってやりとりをしたらいいのだろう。
 あたしはダッシュで自宅へ戻り、ポストからスマホを奪還した。充電器まで押し込んであったから、それなりに使えるヤツではあった。
 だが――自分ちだというのに、なんでこんなにコソコソと泥棒みたいなことを……と、むなしくなりながら、メモを頼りに夕凪宅までどうにか帰って行った。


「さぼったの?」
 玄関に入るなり、母親とおぼしき女性が現れた。ラスボスさながらの剣幕でにじり寄ってくる。
 無駄に駅と音無家を往復してすっかり日が暮れてしまっていた。通常の帰宅時間を大幅に過ぎてしまっていることに違いはない。

 当然サボったというのがなんだかわからない。家の用事か、それとも塾か習い事?
 わからないまま返事をしかねていると、母親は夕凪が反抗心で口をつぐんでいると勘違いしたらしい。

「さぼったの?」
 と、いらだちを隠さず同じことを聞いてきた。これは、どう答えても不正解っぽい。
「忘れてた」
 と、無難にすっとぼける。
「は?」
 母親は不意を突かれたような顔をした。

 そのすきに、あたしはあの派手な靴を脱ぎ捨てると、2階へ急いで上がった。たぶん、子供部屋は2階だ。でも、どこが夕凪の部屋なのかわからない。
 階下を振り返ってみれば、母親はリビングへと戻ったようだった。
 あとはどうにでもなれとばかりに、一番最初にあったドアを開けた。

 夫婦の寝室ではないことは明らかだった。
 突っ張り棒で作ってある壁一面の本棚の内容を見れば、父の書斎というかんじでもない。
 机の上に置いてある数学の教科書は――中2だ! 夕凪が双子だということはないから、一発で引き当てたことになる。

「よしよし」
 とりあえず、ぐるりと室内を見渡した。はじめて男子の部屋に入ったが、意外にもきちんと整頓されていた。ポールハンガーには木製のハンガーふたつと、縁取りのある鏡が吊り下げてあった。ここに学生服を下げておくのだろう。

 クローゼットを開けると、プラスチック製のチェストが並んでいたので、そこから適当に服を取り出す。
 白いロンTとグレーのスウェットパンツ。本人も痩せているが、好みの服も細身だった。姿を鏡に映すと、わりとなんでも着こなせそうな体型をしていることに気がついた。

 ただ、Tシャツが……ハートに羽が生えたイラストで、姉か妹の洗濯物を母親が間違えて持ってきたんじゃないかと疑うレベルの女子っぽさだった。
「……間違ってないよな」
 不安になってくる。

 階下から母親の呼ぶ声が聞こえた。
「ごはんなんだから、早く来なさいよ」

 もし間違えていたら母親に対する嫌みに見えるかもしれないが、これを見た妹か姉なら勝手に着るなとその場で脱がせるにちがいないから、そのゴタゴタにかこつけて臨機応変にやればいい。

 リビングのドアは磨りガラスになっていてすぐにわかった。
 入るとすでに家族は着席してご飯を食べていた。
 父と母と――兄だった。椅子は4つなので女兄弟はいなかったらしい。

 空いた席に座るとその独創的な盛り付けにしばし見とれた。見とれたというか、なにかの冗談かと固まってしまったといったほうがいい。
 ほかの家族の食事を見渡す。

 どうやら夕凪だけ普通じゃないらしい。茶碗には大さじ一杯程度のご飯がこんもりと盛られているだけ。仏壇にお供えしたご飯を移し替えたのかと見間違うほどの少なさ。
 メインディッシュは唐揚げ。でも夕凪だけは大きな皿に端切れのような唐揚げがたったの1個。その申し訳程度の唐揚げは、くし切りのトマトで囲まれている。ドレッシングもマヨネーズもかかっていない、生のまま。
 オクラの輪切りが浮かんだ味噌汁だけはほかの家族と同じようだった。
 これが夕凪の日常なのだろうか。サボった罰? それともなにかのジョーク?

「いただきます……」
 おなかがすきすぎて、思いのほか声が出なくなっていた。
 だけども箸を持ってからは止まらなかった。
 唐揚げはおいしすぎて2回かんだだけで飲み込み、ご飯はひとくちで頬張り、味噌汁で流し込む。フレッシュなトマトも口からあふれ出しそうになりながら、あっという間にすべて平らげてしまった。

 これだけ。やっぱ、これだけなんだよな……。
 男子の体として、もっと欲していた。
「ごちそうさま……」
 食器を重ねて席を立つ。シンクのほうへ運ぼうとすると、母親と目が合った。
「なにするの?」
「え?」
 もしかして、食器はいつもそのままにしているのか、夕凪は。
 それともほかに決まり事が?
 聞き返すわけにもいかないので、黙ったまま運んで逃げるように自室へ戻った。
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