キミ feat. 花音 ~なりきるキミと乗っ取られたあたし

若奈ちさ

文字の大きさ
上 下
12 / 22
5章 女子になりたい男子

2

しおりを挟む
「じゃあね」
 と手を振る3人に音無花音も手を振って、迷わず自宅のほうへと帰って行く。

 そういえばあたし、夕凪風太の家を知らないじゃん。
 でも、相手はあたしのうちを知っている。
 3人とも話しを合わせられているようだし、あたしのことを調べたのだろうか。
 それとも、そこにいるのは中身まで本物の音無花音?
 いや、そんなはずはない。あってはならない。中身の音無花音はここ、夕凪風太の中にいるのだから。

 あたしは3人の姿が見えなくなったころ、思い切って呼んでみた。
「ナギ!」
 すると、音無花音は振り返った。
 そして、あたし――つまり、夕凪風太の姿を認めると、明らかに「しまった!」という顔をした。

「やっぱり、夕凪じゃん! しれっとあたしのフリしてなんなのよ。あたしに対してまで入れ替わってませんみたいな態度取って」
「だって、みんな見てたじゃない。わたしたち、入れ替わっちゃったんで、よろしく、なんていえないでしょ。頭おかしいと思われるし」
「だからって、入れ替わりに驚きもしないって、なんなの。わざとなの? 入れ替わる方法を知ってたの? どうすんのよ、これから!」
「もう、そんなにまくし立てないでよ」

 通りすがりの近所のおばさんがこちらをじろじろ見ていた。男子生徒の姿をしたあたしを特に不審がっている。このまま強引に音無花音の手を引いて自宅に連れ込むわけにもいかない。
「ちょっと話しをさせて。音無さんちのおたくで」
 声を潜めて付け加える。
「――こっちだっで、急にこんなことになって、帰る家だってわかんないんだから」
「わかったよ」
 渋々といった感じで、音無花音のなりをした夕凪は音無家に向かった。

「家に誰かいる?」
「いない。鍵はバッグ……ちょっと待った。バッグの中、勝手に見ないで。あたしがやる」
 あたしはバッグを奪い取って玄関の鍵を開けた。
「もう、ほんと、男子と入れ替わりとかあり得ない」
 こんなこと、すぐにでも終わらせたかった。

 あたしは夕凪より先に階段を上って自分の部屋に入る。ざっと見たところ、とりあえず、見られたくないものはない。
「おじゃましまーす」
 夕凪はあたしを押しのけて入ってきた。
「ふーん、音無さんの部屋って、こんな感じなんだ」
「なによそれ」

 あたしだって不満だ。部屋をかわいくすることにまでお金はかけられないんだから、仕方ない。
 小学校から使っている机は、サイズはまだあってるんだからいいでしょって、買い換えてくれないし、タンスもベッドも気に入らないからわざと壊してしまおうか考え中だったりする。実際、絨毯ははソースがべっとりついたタコ焼きを転がして、かわいいラグに買い換えてもらった。

「どうでもいいけど、なんで入れ替わる方法を知ってるの」
「やっぱり、音無さん、2回目だった?」
 思わず気を許してしまいそうな上目遣いに、いやいやいやと首を振る。あたし自身が音無花音の魔性に引っかかってどうすんだ。

「2回目だってこと、どうして」
「霧島さん、なんかおかしかったし」
「やっぱ、そこ気づくんだ」
 目立っているほうのあたしじゃなくて、キリコの方に気づくなんて、軽くへこむ。

「そしたら、なぜだか通っていた幼稚園に行ったり、園長先生訪ねたり」
「つけてたの!?」
 あたしの怒りにもお構いなしに夕凪は続けた。
「そしたら、仲良くもない音無さんちにやってくるし。そしたら霧島さん、普通に戻ってて、なぜか音無さんたちのグループ入り果たしてるし」
 そういわれてみれば、キリコからしたら、してやったりな展開だ。一気にカースト上位なのだから。

「それで思い出してさ。園長先生の入れ替わりの術とか」
「え? それを知ってるってことは……」
「うん、卒業生」
「マジか……」
「そういえば、音無さんと霧島さん、ふたりしてケガして病院行ってたなとか、いろいろ考えるうち、偶然、こんなことになっちゃったんだよね。まさかって、信じられない思いだけど」
 全部が繋がって、さして驚きもしなかったのか。平常心過ぎてこちらは別の事態が発生したと勘違いしたというのに。

「助けてくれたのは、ほんと、感謝だよ。でも、もう充分でしょ。元に戻ろう」
「どうやって?」
「え? 知ってるんじゃないの?」
「音無さんこそ知ってるんでしょ? 園長先生に聞かなかったの?」

 聞いたわけじゃない。なんとなくどうやるかはわかっている。
 ただ、やっかいなのは戻りたいという気持ちがないといけない。
 それを先に言ってしまえば、戻ることを先延ばしにしようとするかもしれない。
 説明しないでやってしまったほうが早い。

「右手を出して」
 あたしがいうと、夕凪も右手を出した。ぎゅっと握りしめる。
「左手は背中ね」
 かなり抵抗がある。夕凪の体で、音無花音の体を抱きしめるのは。

 それでも、戻るためだ。
 あたしは音無花音の背中に手を回して、抱きしめた。
 音無花音となった夕凪も、あたしの背中に手を回す。

「戻ろう……戻りたいって、願って……」
 どうだろう……。
 戻っただろうか。
 だが、あたしは夕凪風太より背の低い音無花音を、少しかがむように抱きしめている。いつまでたってもそれが変わらない。
 あたしは音無花音の体を突き飛ばした。

「ちょっと! なんなのよ。どうして戻りたいって思わないのよ!」
「そんなこと言われても……。ごめん、まだちょっと、って、思ったかも」
「あたしの体が見たいとか変なこと考えてたんでしょ!」
「違う! それは本当に違うから! わかって……」
 夕凪は両手を使って全力で否定するように手を振っている。

「わかるわけない。絶対、イヤだから。夕凪があたしの体でいることも、あたしが夕凪の体でいることも」
「それは、そうだと思う。こっちはちょっと音無さんに憧れのような気持ちもあって……あ、でも、ちょっと、理想と違うところもあるけど……」
「なんなのそれ、わけわかんない、っていうか、それでまだ音無花音でいたいとか、キモい。理解できない」
 心底イヤって顔で切り返した。

「ごめん……でも、本当に……」
 夕凪はなぜか涙を流しはじめた。
 うつむいて、くいしばったようにこらえているが、次から次へと涙が止まらない。

「え? 泣くの?」
 泣きたいのはこっちだ。女子の姿をしているからって、涙を流したところで、こちらが心動かされるはずもない。
 もうあきれてどうしていいのかわからなくなってくる。

「……ねぇ、ちょっと花音?」
 階下からお母さんの声が聞こえてきた。
「お友達来てるの?」
 階段を上がってくる音まで聞こえてきた。

 目の前にいる音無花音が泣いているのを見て「まずい」とあせる。
 こちらは男だ。ひょろひょろの頼りなさそうな体躯とはいえ、男なのだ。部屋で二人きりってことだけでもまずいのに、このままではお母さんまでもがヒステリックに騒ぎ立てて、もっとやっかいなことになってしまう。
 入れ替わるために夕凪の姿のまま、このうちに来なきゃいけないかもしれないし、顔を覚えられるのも得策ではなかった。

 あたしは夕凪のバッグを抱えるとベランダに出た。
 夕凪! きみの体ならやれる。ここから脱出をはかろう。
 あたしはベランダの柵を越え、ベランダの柱を伝って降りようとしたが、途中で芝に落ちてしまった。
「痛い……」
 運動能力がないのはあたしのせい? それとも夕凪が思った以上に筋力なくてうまくいかなかったの? 足はジンジンするし、また腰を打ち付けてしまったが、のたうち回っている場合ではない。
 すぐに立つと玄関から靴を持って逃げた。

 100メートルくらい走ってから靴を履く。追ってくる様子はない。
 夕凪もうまくやったらしい。
 息が切れ、両手を膝について呼吸を整える。
 もう一度何でもなかったように訪問してみようかと考えたが、ショッキングピンクの派手なラインが入った靴を見て思いとどまった。
 帰宅したお母さんが見慣れないこの派手な靴を覚えていないとは思えなかった。
 はたと、靴がなくなるミステリーを発生させてしまってもよかったかと考える。
 ま、今さらどうにもならない。次にここへ来るときは違う靴を履けば……。

「だから、夕凪の家を知らないじゃん!」
 ひとり叫んで夕凪のバッグを探った。スマホがない。
 そうか、男子だとポケットか?
 体中をまさぐるが、スマホも携帯電話も持ってない。

「落としてないよね……」
 はじめからなかったのか、あったのか、わからなかった。
 でも、財布ならあった。
 公衆電話からかけよう。自分のスマホの番号ぐらいは覚えている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

Missing you

廣瀬純一
青春
突然消えた彼女を探しに山口県に訪れた伊東達也が自転車で県内の各市を巡り様々な体験や不思議な体験をする話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

礼儀と決意:坊主少女の学び【シリーズ】

S.H.L
青春
男まさりでマナーを知らない女子高生の優花が成長する物語

浦島子(うらしまこ)

wawabubu
青春
大阪の淀川べりで、女の人が暴漢に襲われそうになっていることを助けたことから、いい関係に。

ステイメタル!

青春
No METAL No Life!? 強く生きなきゃ意味がない! ステイメタル! 東京都の隣の県、某大学、某バンドサークルに、21歳子持ちシングルマザーが入部した! 音楽とは? 愛とは? 人生とは? あなたの大切にしたいものは? 鋼鉄の魂を手放すな!!

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

処理中です...