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4章 入れ替わりの秘密
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「音無さん? 日向だけど、いま、大丈夫かな?」
陽向くんはインターホン越しに話しかけている。
あたしたちは音無家へ向かった。キリコとちゃんと話しをしなくてはいけない。
だけど、あたしが直接きちんと話しをしようと申し出ても、拒否されてしまうかもしれなかった。今さらなんなのって。
だから陽向くんにもいっしょに来てもらったのだった。
キリコはなにも知らず、音無花音を装ったまま上機嫌で玄関口に出てきた。
陽向くんの後ろにあたしがいるとわかると、その表情を崩す。
「霧島さんもいっしょなんだね」
「ああ、春田先生にも会ってきた」
陽向くんがいうとキリコは「どうして……」と、絶句した。
「思い出したんだ。オレたちが入れ替わろうとしたことを」
「え……」
今度はあたしが驚く番だった。
キリコは一度、入れ替わりを陽向くんと試してみたことがあるということなのか?
「あれは……」
キリコはそういうと顔を赤らめた。けれどもすぐにきっぱりといった。
「とにかく、もういいわ。彼女と話しをするから陽向はもう帰って」
「……わかった」
陽向くんはあたしをちらりと見やり、「がんばれ」とでもいってるように力強い視線を残して帰って行った。
「中へ入ろう」
キリコにうながされてあたしの部屋へ向かった。
もう長いこと離れていたような、そんな気さえする。自分の部屋ではあるけれど、他人に占拠されて落ち着かないどころか腹立たしい。
キリコはのんきに勉強をしていたらしい。机の上にあたしの物じゃないノートと、なにかのテキストが開いたままになっていた。
あたしはベッドの腰掛け、キリコはローテーブルの前にぺたんと座った。
「陽向くんとも入れ替わろうとしたの?」
あたしはまずそれを聞いた。
そのときの失敗は赤面する事態だったのに、なんでまたあたしなんかと……。
キリコは黙ったままうなずいた。
「なんで陽向くんだったの?」
「そういったら、陽向が抱きしめてくれると思ったから」
「え、ぇええ! なに、それじゃなに、ふたりはただの幼なじみじゃないってこと?」
こちらがうろたえてしまうほどの衝撃告白。キリコのくせに生意気な。
荒ぶるあたしだったがキリコはこちらの気を知ってか知らずか静かに首を振った。
「関係性としては幼なじみだよ。わたしの一方的な片思い。でも、陽向ってモテるから」
キリコはまた背中を丸めて、いつものキリコみたいにボソボソと話しはじめた。
「わたしと陽向が仲良くしてるのをよく思わない子たちがいるんだよね、やっぱり。ただの幼なじみのくせにって。見せつけてるわけじゃないのに、陽向と仲良くしているからってそれだけでいじめられてた」
そうだろうな。あたしでもねたんで裏でこっそりキリコにあたっていただろう。キリコのくせに生意気だって。
そんなことをしても陽向くんは振り向いてくれないってわかっているのに。
「だから、最後に陽向に甘えたかったんだ。小三のときかな。春田先生の言ってたこと覚えてる?って。入れ替わりたいなっていったら、陽向はわたしの手を取って抱きしめてくれた」
閉じ込めていた過去の中に、キリコの大事なものもしまわれていた。
それを語るキリコはきらめきを取り戻したようだったけど、それも一瞬だけだった。
「それが最後。それ以降、陽向には話しかけないようにした。でももう遅かったけど。ずっと女子から無視され続けて、みんな理由を忘れてしまうくらいにそれが普通になっちゃった」
キリコはクラスが変わっても、中学生になっても、仕切り直しができなかったのだ。
あたしも考えもしなかった。どうしていじりの対象にキリコが選ばれたのか。あたしがキリコのことを知ったときにはもうすでにキリコは笑われていた。この子はいじってもいいんだって、勝手に決めつけて、どうしてそうなのか、理由を考えようともしなかった。
ひょっとしたら、陽向くんも自分が近づきすぎたら、キリコがつらい思いをすることになると気づいていて距離を取っていたのかもしれない。ずっとつきっきりでキリコを守るのは不可能だから。
それこそ自分とキリコが入れ替わってあげられたらと、思っただろうか。
どうやったらキリコを救えるだろうかと。
でも――
「だったら、あたしとは、なんで? なんであたしと入れ替わろうなんて思ったの」
「神様のいうとおり」
「え? それがおまじないの方法?」
「ど、れ、に、――」
キリコはでたらめに空中で指さしをした。
「――し、よ、う、か、な、って」
最後にあたしを指した。
「は?」
あたしは思いっきり間抜け面になっていたのだろう。キリコはクスリと笑った。
「冗談」
「もう、キリコも陽向くんもくだらない冗談ばっか言わないでよ」
「陽向の冗談は本当につまらないでしょ?」
生意気どころじゃない。ちょいちょい「わたし、陽向のこと知ってます感」だしてきて、イラついた。
これだったら反感買うのもわかる。
だが、今はそれどころじゃない。
「どっちもつまらないっていうの。それで、なんなの」
「もしも本当に入れ替われたらって、いろんな想像をしたのね。それで本当に入れ替わったときのことを考えて、まず財布とかタブレットとか必要なものを持ち出して、駅のロッカーに預けておいたりとか」
「はぁ?」
なんたる周到!
こっちは原始人並に苦労したというのに。涼しい顔してそんなこというか。
「入れ替わったときの想像をしたら本当に楽しかった。この人だったらあんなふうかなとか。でも、誰だってかまわないって思いながら、やっぱり最後は音無さんの手をつかんでた。こうなりたいって思ってたんだろうね。すらっとしてて、かわいくて、毅然としてて」
この期に及んで持ち上げてくる浅ましさにあきれる。
あたしはなんの努力もしてないと思われているのか。生まれ落ちた瞬間から得してると。
そんなわけはない。いじめる理由なんてなんとでもなるのだ。人と人が関わり合うなら、いつだっていざこざが起こる可能性をはらんでいる。渡り合う努力だって必要なんだ。
キリコがいじられ対象となって、どうにもこうにもならなくなって、声を上げられなかったのは不幸なことだ。
キリコはなんにも間違ったことはしていない。なんなら悪いのはこちら側だ。
だけど、あたしとキリコが入れ替わったところで、罪滅ぼしをしようだなんてあたしは思わない。あたしはキリコの代わりに気持ちを奮い立たせて、今の状況から抜け出そうとか、そんな気力はない。なんでキリコのためにそんなことをしてあげないといけないんだって、反発している。
ごめんね、キリコ。それがあたしの本音なんだ。
でもね――
「キリコ、それは勘違いしてる」
あたしはきっぱりといった。
「あなたがあたしになって、この先安泰だなんて思わないほうがいい。ちょっとしたことで潮目が変わるし、自分でこんなこというのもあれだけど、あたしが入れ替わったことを双葉も友梨奈も気づいてないなら、あたしら、お互いを利用していた薄っぺらい関係でしかなかったんだよ。そんなんでも、あたしはいいと思ってるけどね」
最後はちょっぴり強がったが、ふたりと縁を切りたいと思っていないのは本当だ。
あたしだって余裕があるわけじゃない。
あたしが音無花音に戻ってもキリコのことを救う勇気はない。
だけど、一緒になら戦える。
「キリコ、あんた逃げたでしょ。先輩にからまれて、どうしたらいいかわからなくて、自分では決めず、選択をあたしに託した。誰かがそう決めたのなら受け入れざるを得ない。今までがそうであったように。でもね、キリコが考えたその選択肢の中に、あたしの答えはない」
「……どうするの?」
ようやくキリコはあたりの話しを真剣に聞く気になったのか、じっとあたしを見つめ返した。
「あたしは先輩の言いなりにはならない。もちろん、キリコのことも先輩には渡さない。あたしらみんなで先輩に対抗する」
「みんなで?」
今までさんざんキリコにひどいことをしておきながら、謝りもせずに上から目線で従わせようとしているあたしは、やっぱりひどい人間だ。けど、これがあたしなんだ。
これが、あたしが考えた解決方法。
「そうだよキリコ。キリコはあたしたちの仲間になればいい」
「仲間……」
「そう、仲間。一緒に先輩と戦おう。だから、こっちにおいで、あたしのほうに――」
あたしはキリコの――音無花音の手を取って引き寄せた。もう片方の手を背中に回して抱きしめる。
あらがうことはなかった。キリコも、返事をする代わりに、あたしの――霧島桐子の背中に手を回した。
陽向くんはインターホン越しに話しかけている。
あたしたちは音無家へ向かった。キリコとちゃんと話しをしなくてはいけない。
だけど、あたしが直接きちんと話しをしようと申し出ても、拒否されてしまうかもしれなかった。今さらなんなのって。
だから陽向くんにもいっしょに来てもらったのだった。
キリコはなにも知らず、音無花音を装ったまま上機嫌で玄関口に出てきた。
陽向くんの後ろにあたしがいるとわかると、その表情を崩す。
「霧島さんもいっしょなんだね」
「ああ、春田先生にも会ってきた」
陽向くんがいうとキリコは「どうして……」と、絶句した。
「思い出したんだ。オレたちが入れ替わろうとしたことを」
「え……」
今度はあたしが驚く番だった。
キリコは一度、入れ替わりを陽向くんと試してみたことがあるということなのか?
「あれは……」
キリコはそういうと顔を赤らめた。けれどもすぐにきっぱりといった。
「とにかく、もういいわ。彼女と話しをするから陽向はもう帰って」
「……わかった」
陽向くんはあたしをちらりと見やり、「がんばれ」とでもいってるように力強い視線を残して帰って行った。
「中へ入ろう」
キリコにうながされてあたしの部屋へ向かった。
もう長いこと離れていたような、そんな気さえする。自分の部屋ではあるけれど、他人に占拠されて落ち着かないどころか腹立たしい。
キリコはのんきに勉強をしていたらしい。机の上にあたしの物じゃないノートと、なにかのテキストが開いたままになっていた。
あたしはベッドの腰掛け、キリコはローテーブルの前にぺたんと座った。
「陽向くんとも入れ替わろうとしたの?」
あたしはまずそれを聞いた。
そのときの失敗は赤面する事態だったのに、なんでまたあたしなんかと……。
キリコは黙ったままうなずいた。
「なんで陽向くんだったの?」
「そういったら、陽向が抱きしめてくれると思ったから」
「え、ぇええ! なに、それじゃなに、ふたりはただの幼なじみじゃないってこと?」
こちらがうろたえてしまうほどの衝撃告白。キリコのくせに生意気な。
荒ぶるあたしだったがキリコはこちらの気を知ってか知らずか静かに首を振った。
「関係性としては幼なじみだよ。わたしの一方的な片思い。でも、陽向ってモテるから」
キリコはまた背中を丸めて、いつものキリコみたいにボソボソと話しはじめた。
「わたしと陽向が仲良くしてるのをよく思わない子たちがいるんだよね、やっぱり。ただの幼なじみのくせにって。見せつけてるわけじゃないのに、陽向と仲良くしているからってそれだけでいじめられてた」
そうだろうな。あたしでもねたんで裏でこっそりキリコにあたっていただろう。キリコのくせに生意気だって。
そんなことをしても陽向くんは振り向いてくれないってわかっているのに。
「だから、最後に陽向に甘えたかったんだ。小三のときかな。春田先生の言ってたこと覚えてる?って。入れ替わりたいなっていったら、陽向はわたしの手を取って抱きしめてくれた」
閉じ込めていた過去の中に、キリコの大事なものもしまわれていた。
それを語るキリコはきらめきを取り戻したようだったけど、それも一瞬だけだった。
「それが最後。それ以降、陽向には話しかけないようにした。でももう遅かったけど。ずっと女子から無視され続けて、みんな理由を忘れてしまうくらいにそれが普通になっちゃった」
キリコはクラスが変わっても、中学生になっても、仕切り直しができなかったのだ。
あたしも考えもしなかった。どうしていじりの対象にキリコが選ばれたのか。あたしがキリコのことを知ったときにはもうすでにキリコは笑われていた。この子はいじってもいいんだって、勝手に決めつけて、どうしてそうなのか、理由を考えようともしなかった。
ひょっとしたら、陽向くんも自分が近づきすぎたら、キリコがつらい思いをすることになると気づいていて距離を取っていたのかもしれない。ずっとつきっきりでキリコを守るのは不可能だから。
それこそ自分とキリコが入れ替わってあげられたらと、思っただろうか。
どうやったらキリコを救えるだろうかと。
でも――
「だったら、あたしとは、なんで? なんであたしと入れ替わろうなんて思ったの」
「神様のいうとおり」
「え? それがおまじないの方法?」
「ど、れ、に、――」
キリコはでたらめに空中で指さしをした。
「――し、よ、う、か、な、って」
最後にあたしを指した。
「は?」
あたしは思いっきり間抜け面になっていたのだろう。キリコはクスリと笑った。
「冗談」
「もう、キリコも陽向くんもくだらない冗談ばっか言わないでよ」
「陽向の冗談は本当につまらないでしょ?」
生意気どころじゃない。ちょいちょい「わたし、陽向のこと知ってます感」だしてきて、イラついた。
これだったら反感買うのもわかる。
だが、今はそれどころじゃない。
「どっちもつまらないっていうの。それで、なんなの」
「もしも本当に入れ替われたらって、いろんな想像をしたのね。それで本当に入れ替わったときのことを考えて、まず財布とかタブレットとか必要なものを持ち出して、駅のロッカーに預けておいたりとか」
「はぁ?」
なんたる周到!
こっちは原始人並に苦労したというのに。涼しい顔してそんなこというか。
「入れ替わったときの想像をしたら本当に楽しかった。この人だったらあんなふうかなとか。でも、誰だってかまわないって思いながら、やっぱり最後は音無さんの手をつかんでた。こうなりたいって思ってたんだろうね。すらっとしてて、かわいくて、毅然としてて」
この期に及んで持ち上げてくる浅ましさにあきれる。
あたしはなんの努力もしてないと思われているのか。生まれ落ちた瞬間から得してると。
そんなわけはない。いじめる理由なんてなんとでもなるのだ。人と人が関わり合うなら、いつだっていざこざが起こる可能性をはらんでいる。渡り合う努力だって必要なんだ。
キリコがいじられ対象となって、どうにもこうにもならなくなって、声を上げられなかったのは不幸なことだ。
キリコはなんにも間違ったことはしていない。なんなら悪いのはこちら側だ。
だけど、あたしとキリコが入れ替わったところで、罪滅ぼしをしようだなんてあたしは思わない。あたしはキリコの代わりに気持ちを奮い立たせて、今の状況から抜け出そうとか、そんな気力はない。なんでキリコのためにそんなことをしてあげないといけないんだって、反発している。
ごめんね、キリコ。それがあたしの本音なんだ。
でもね――
「キリコ、それは勘違いしてる」
あたしはきっぱりといった。
「あなたがあたしになって、この先安泰だなんて思わないほうがいい。ちょっとしたことで潮目が変わるし、自分でこんなこというのもあれだけど、あたしが入れ替わったことを双葉も友梨奈も気づいてないなら、あたしら、お互いを利用していた薄っぺらい関係でしかなかったんだよ。そんなんでも、あたしはいいと思ってるけどね」
最後はちょっぴり強がったが、ふたりと縁を切りたいと思っていないのは本当だ。
あたしだって余裕があるわけじゃない。
あたしが音無花音に戻ってもキリコのことを救う勇気はない。
だけど、一緒になら戦える。
「キリコ、あんた逃げたでしょ。先輩にからまれて、どうしたらいいかわからなくて、自分では決めず、選択をあたしに託した。誰かがそう決めたのなら受け入れざるを得ない。今までがそうであったように。でもね、キリコが考えたその選択肢の中に、あたしの答えはない」
「……どうするの?」
ようやくキリコはあたりの話しを真剣に聞く気になったのか、じっとあたしを見つめ返した。
「あたしは先輩の言いなりにはならない。もちろん、キリコのことも先輩には渡さない。あたしらみんなで先輩に対抗する」
「みんなで?」
今までさんざんキリコにひどいことをしておきながら、謝りもせずに上から目線で従わせようとしているあたしは、やっぱりひどい人間だ。けど、これがあたしなんだ。
これが、あたしが考えた解決方法。
「そうだよキリコ。キリコはあたしたちの仲間になればいい」
「仲間……」
「そう、仲間。一緒に先輩と戦おう。だから、こっちにおいで、あたしのほうに――」
あたしはキリコの――音無花音の手を取って引き寄せた。もう片方の手を背中に回して抱きしめる。
あらがうことはなかった。キリコも、返事をする代わりに、あたしの――霧島桐子の背中に手を回した。
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