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4章 入れ替わりの秘密
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陽向くんは園長先生の自宅も知っていたので、そちらへ回ることにした。
「キリコ、なにしに来たんだろう。日向くんは心当たりがあるっていってたよね?」
あたしが聞くと陽向くんはいたずらっ子のように顔をほころばせた。
「幼稚園生のころ、オレもキリコもやんちゃでさ、しょっちゅう他の子を泣かせたりしてたわけ」
「キリコが?」
意外すぎて声がひっくり返ってしまう。
「うん。それで、園長先生から入れ替わりの術を教わったんだ」
「え?」
「右手を握って、左手を背中に回して抱きしめる」
陽向くんはそういって動作で示して見せた。
「それって……」
「そう、きみに試してみた。うまくいかなかったけどね。しかも、きみはなんの反応もないし」
陽向くんは口をとがらせながらも、申し訳なさそうに笑った。
それはそうだよ。こっちはそんなこと知らないし。しかも、相手は陽向くんなんだから、フリーズしちゃうよ。
手を回して抱きしめられるなんて――
そういえば、と思い出した。
「それ、キリコにもされた。手を引っ張られて、階段から引きずり落とされたと思ったら、背中に手を回して受け止められて――。結局階段から落ちてひどい目にあったけど」
「あのときだよな」
そう、あのときだ。みじめな思いをしていたあのとき。陽向くんが声をかけてくれたのだ。
陽向くんはその時から気づいていたのかもしれない。
「落ちるところまでは見てなかったけど、なんかヘンだなって。だけど、本当に入れ替わりがあるなんて思わないだろ?」
「でも、園長先生に教わったんだよね?」
「それは比喩的な表現なんだ。相手に入れ替わったつもりになって、相手の気持ちを考えなさい。そうして仲直りしなさいって」
そうか。それで陽向くんはキリコとケンカをしたのか聞いてきたのか。仲直りしようとして抱きしめ合ったら、本当に入れ替わってしまったのではないかと。
だけど、あたしたちの入れ替わりはそんな穏やかなものではなかった。
「オレも何度かやったことあるけど、実際、入れ替わったことってないんだよ」
でも、キリコはそれを覚えていて、最近になって園長先生にまで会いに来ている。
そして、本当に入れ替われる術を習得してしまったのだ。
キリコはあたしと入れ替わって、あたしの日常を知りたかったのだろうか。
音無花音になりきって、音無花音の生活を体験してみたかった?
入れ替わってどうしたかったのだろう。
逆に、あたしにキリコがどんな気持ちで一日を過ごしているのか、知ってほしかったのだろうか。
園長先生というからには、立派なお宅に住んでいると思っていたら、意外にも平屋の小さな家だった。
当時からずっと独身で、子供もいなかったらしい。年がら年中幼稚園につめていて、そこで起こったことで把握していないことなどなにひとつないってくらい、熱心な先生だったということだ。
ならば、キリコや陽向くんのことを覚えていなかったとしても、むげに追い返したりすることもないのだろう。いやむしろ歓迎しているのかもしれない。そういうのがうっとうしいと感じていたのなら、身軽なんだし、どこか違うところへ引っ越していたにちがいない。
インターホン越しに陽向くんが事情を話している。
ほどなくして春田さんが現れた。髪を染めているからだろうか。想像してたより若かった。小柄で人の良さそうな顔つきは、子供たちの相手をするのに向いてそうだった。
「久しぶりねぇ。陽向くんまで会いに来てくれるなんて」
春田さんは目を細めてうれしそうにした。世話の焼ける子だったというから、本当に覚えているのかもしれない。最近もキリコに会ったばかりだからなおさらだ。
春田さんはあたしに気づくと、同じように微笑む。あたしはちょこっと頭を下げるだけで、なんて挨拶をしていいのか戸惑った。
それを察した春田さんはズバリ言い当てた。
「本当に入れ替わってしまったのね?」
「はい……。あたし、キリコじゃないんです。もとに戻りたいんです」
すがる思いだった。早く元に戻る方法を教えてほしい。
春田さんは申し訳なさそうにあたしの肩をさすった。
「悪いことをしてしまったわね。桐子ちゃんは入れ替わりをしたい人がいるっていってたのよ。お互いが入れ替わったら、もっと楽しく過ごせるんじゃないかって、そう思ってるって。だから、その子を連れてもう一度いらっしゃいって言ったのだけど」
「あたしにはキリコのことがわかりません。どうして入れ替わりたいと思ったのか、なんであたしだったのか、もとに戻らない覚悟でいるのか……あたしのこと恨んでいるのか、どうなのか……」
キリコに聞きたいことがもっと山ほどあるような気がするのに、最後はあたしが消えてしまいそうなほど小さい声になっていた。
あたしはキリコの気持ちが想像できない。
いや、でも本当はそうじゃなかったのだ。
あたしはキリコのことをあざ笑って、バカにして、いじられキャラと面倒なことを押しつけて、自分がイヤだからこそキリコに全部押しつけていたんだ。
相手にとってもそれがイヤだということはわかってる。
損な役回りが自分じゃなくて良かったってホッとしている。
本当に入れ替わりでもしない限り、心の痛さまで実感できない。
「それは全部、桐子ちゃんに聞いてみたらいいわね」
春田さんは優しくいった。お説教するわけでもなく、突き放すわけでもなく。どうするかはあたしにゆだねるような、教え。
これは、あたしとキリコが解決する問題なのだ。
「キリコ、なにしに来たんだろう。日向くんは心当たりがあるっていってたよね?」
あたしが聞くと陽向くんはいたずらっ子のように顔をほころばせた。
「幼稚園生のころ、オレもキリコもやんちゃでさ、しょっちゅう他の子を泣かせたりしてたわけ」
「キリコが?」
意外すぎて声がひっくり返ってしまう。
「うん。それで、園長先生から入れ替わりの術を教わったんだ」
「え?」
「右手を握って、左手を背中に回して抱きしめる」
陽向くんはそういって動作で示して見せた。
「それって……」
「そう、きみに試してみた。うまくいかなかったけどね。しかも、きみはなんの反応もないし」
陽向くんは口をとがらせながらも、申し訳なさそうに笑った。
それはそうだよ。こっちはそんなこと知らないし。しかも、相手は陽向くんなんだから、フリーズしちゃうよ。
手を回して抱きしめられるなんて――
そういえば、と思い出した。
「それ、キリコにもされた。手を引っ張られて、階段から引きずり落とされたと思ったら、背中に手を回して受け止められて――。結局階段から落ちてひどい目にあったけど」
「あのときだよな」
そう、あのときだ。みじめな思いをしていたあのとき。陽向くんが声をかけてくれたのだ。
陽向くんはその時から気づいていたのかもしれない。
「落ちるところまでは見てなかったけど、なんかヘンだなって。だけど、本当に入れ替わりがあるなんて思わないだろ?」
「でも、園長先生に教わったんだよね?」
「それは比喩的な表現なんだ。相手に入れ替わったつもりになって、相手の気持ちを考えなさい。そうして仲直りしなさいって」
そうか。それで陽向くんはキリコとケンカをしたのか聞いてきたのか。仲直りしようとして抱きしめ合ったら、本当に入れ替わってしまったのではないかと。
だけど、あたしたちの入れ替わりはそんな穏やかなものではなかった。
「オレも何度かやったことあるけど、実際、入れ替わったことってないんだよ」
でも、キリコはそれを覚えていて、最近になって園長先生にまで会いに来ている。
そして、本当に入れ替われる術を習得してしまったのだ。
キリコはあたしと入れ替わって、あたしの日常を知りたかったのだろうか。
音無花音になりきって、音無花音の生活を体験してみたかった?
入れ替わってどうしたかったのだろう。
逆に、あたしにキリコがどんな気持ちで一日を過ごしているのか、知ってほしかったのだろうか。
園長先生というからには、立派なお宅に住んでいると思っていたら、意外にも平屋の小さな家だった。
当時からずっと独身で、子供もいなかったらしい。年がら年中幼稚園につめていて、そこで起こったことで把握していないことなどなにひとつないってくらい、熱心な先生だったということだ。
ならば、キリコや陽向くんのことを覚えていなかったとしても、むげに追い返したりすることもないのだろう。いやむしろ歓迎しているのかもしれない。そういうのがうっとうしいと感じていたのなら、身軽なんだし、どこか違うところへ引っ越していたにちがいない。
インターホン越しに陽向くんが事情を話している。
ほどなくして春田さんが現れた。髪を染めているからだろうか。想像してたより若かった。小柄で人の良さそうな顔つきは、子供たちの相手をするのに向いてそうだった。
「久しぶりねぇ。陽向くんまで会いに来てくれるなんて」
春田さんは目を細めてうれしそうにした。世話の焼ける子だったというから、本当に覚えているのかもしれない。最近もキリコに会ったばかりだからなおさらだ。
春田さんはあたしに気づくと、同じように微笑む。あたしはちょこっと頭を下げるだけで、なんて挨拶をしていいのか戸惑った。
それを察した春田さんはズバリ言い当てた。
「本当に入れ替わってしまったのね?」
「はい……。あたし、キリコじゃないんです。もとに戻りたいんです」
すがる思いだった。早く元に戻る方法を教えてほしい。
春田さんは申し訳なさそうにあたしの肩をさすった。
「悪いことをしてしまったわね。桐子ちゃんは入れ替わりをしたい人がいるっていってたのよ。お互いが入れ替わったら、もっと楽しく過ごせるんじゃないかって、そう思ってるって。だから、その子を連れてもう一度いらっしゃいって言ったのだけど」
「あたしにはキリコのことがわかりません。どうして入れ替わりたいと思ったのか、なんであたしだったのか、もとに戻らない覚悟でいるのか……あたしのこと恨んでいるのか、どうなのか……」
キリコに聞きたいことがもっと山ほどあるような気がするのに、最後はあたしが消えてしまいそうなほど小さい声になっていた。
あたしはキリコの気持ちが想像できない。
いや、でも本当はそうじゃなかったのだ。
あたしはキリコのことをあざ笑って、バカにして、いじられキャラと面倒なことを押しつけて、自分がイヤだからこそキリコに全部押しつけていたんだ。
相手にとってもそれがイヤだということはわかってる。
損な役回りが自分じゃなくて良かったってホッとしている。
本当に入れ替わりでもしない限り、心の痛さまで実感できない。
「それは全部、桐子ちゃんに聞いてみたらいいわね」
春田さんは優しくいった。お説教するわけでもなく、突き放すわけでもなく。どうするかはあたしにゆだねるような、教え。
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