4 / 22
2章 キリコ生活は地獄
1
しおりを挟む
あたしは音無花音だ。
音無花音とそのツレの行動パターンを熟知している。
あたしは彼女たちが登校してくるよりも早く学校へ来て、一階の女子トイレにひそんでいた。
今朝はキリコママに起こされて、白がゆにシャケフレーク、じゃこ入り卵焼きを食べてきた。エネルギーをチャージしたからなのか、やる気でみなぎっている。
いつものように大声で話す双葉の声が聞こえてきた。だんだんとこちらへ向かってきている。
昇降口から向かってきて二階へ上がる階段、その奥にトイレという配置だ。
階段を上っていったらすぐにここから出ていかねばならない。上の方まで行ってしまったら危険だ。転がり落ちて骨折しかねない。二、三段くらいがちょうどいい衝撃なのだろう。
あたしはその気配を感じ取ってすぐにあとを追った。
三人の後ろ姿を見て安心する。
キリコには彼女たちとの待ち合わせの時間と場所を伝えていたのだが、ちゃんといつも通りの行動を取ってくれたようだ。
三人は階段を上りかけている。タイミング的にはちょうどいい。
あたしは手を伸ばして音無花音をつかもうとした。だが、手をつかめそうにない。
ならばと、肩にかけたバッグを引っ張ろうとしたときだった。
パシンッと大きな音がして右手に大きな衝撃が走った。
「同じ手にはのらないよ」
あたしの手をはたいたのは友梨奈だった。警戒されていたのだ。
「キリコ、マジでヤバい」そして双葉は鼻をつまんでいった。「っていうか、湿布臭くてバレバレ」
しまった。背中と腰が痛くて我慢できず、湿布を四枚も貼って寝たんだった。
双葉はゲスい笑い方をすると、何事もなかったかのように友梨奈とふたりで音無花音をがっちりガードして階段を上っていった。
ふたりがすっかり腰巾着になったように見えてくる。――いや、それどころか今回のハプニングで結束力が増したようだ。
もう一度転がり落ちるという機会を失ってしまったあたしは、上から降り注いでくる声を聞いてることぐらいしかできなかった。
「そういうえば花音さー、スマホどうした?」
「ん?」
「全然返してこないじゃん」
「ああ、きのう雨に打たれたらさ、ちょっと調子悪くて」
「ウソ。災難続きじゃん」
おかしい。音無花音のスマホはあたし自身が持っているはずだ。
バッグから取り出して電源ボタンを押す。
――あ。充電切れだ。
そういえば充電するのを忘れていた。
キリコの部屋に充電器ってあっただろうか。机の上にもなかったし、ベッドのヘッドボードにも電気スタンドと小さなボックスティッシュが置いてあるだけだった。
充電するだけなら百円ショップで売ってるようなものでも大丈夫かな。あ、だめだ。お金ない。
音無家にどうにか帰らないと。
でもキリコの協力なしには無理だ。玄関の鍵を持ってないし、誰かいても勝手には入れない。
充電切れならスマホでキリコとこっそり連絡取れないし、取り巻き二人がいては直接話しかけるのも無理っぽい。学校が終わってから自宅前で待つよりほかはなさそう。
がっくりと肩を落として階段を上っていくと、三人の会話はまだ続いていた。
「立て続けに災難が起こるとかさ、なんか取り憑かれてるよ、それ」
「キリコだ、キリコに取り憑かれてる」
「やめてよ」
「逆にわら人形でキリコを呪いなよ」
あたしたち、あんなに大声で騒いでいたんだ。
客観的に見ると、たとえ自分のことを言われているのではなくてもうっとうしい。
でも、あたしたちは半ば、わざとそうしているみたいなものだった。周りの子たちがそば耳立てて、「こいつをいじるのはありだ」というのを知らしめるために。
みんな安心するのだ。ターゲットが自分ではないことに。そして、誰かがそうしてるなら、自分にも責任はないって。むしろ同調しておく方が無難だって。
あたしはそっち側の人間じゃない。先導する方だ。なんのためにここまでやってきたんだ。キリコにその地位をゆずるためじゃない。
よし。階段がだめなら思いっきり突き飛ばして、一緒に転がってみればいい。
あたしは猛ダッシュで音無花音を追いかけた。
階段を上りきって三人は横並びに歩いている。このまま突っ込めば――。
まっしぐらに走って行く。
「あっ!」
ふいに足下になにかが飛び出してきて、足に突っかかった。
思いっきりスピード上げて走っていたものだから、どうにも止まらない。勢いよく前につんのめって転び、強く体を打ち付ける。
「うっ」
胸が苦しい。
痛いのはあたしだけだ。伸びた手の先でさえも音無花音には届かなかった。
「あら、ごめんなさい」
謝罪の意も感じない声が響いた。
追いかけるのに夢中で気づかなかったが、廊下の端に糸川さんが立っていた。
彼女が足を出してあたしを転ばせたのだ。
いつも連れ立っている中野さんと深井さんもやってきて、廊下で伸びたままのあたしを取り囲んだ。
「いいこと? 花音には半径五メートル以内に近づかないでね?」
なんなんだこれは。あの三人の差し金か?
霧島桐子を取り巻く状況がひどくなっている。
キリコがあたしに手を出したことが知れ渡り、それをきっかけにエスカレートしていってるのだろうか。
騒ぎに気づいた双葉ら三人は立ち止まり、「なにしてんの」「うける」とかいいながらあざ笑っていた。
「あ、そうだ」
キリコはわざとらしくそういうと、さっそうとあたしの前までやってきて、視線を合わせるようにしゃがんだ。
あたしがいつもやる立ち振る舞いに引けを取らない。
なんでこんなにも板についているのだ。
あのネクラなキリコが。どうしてここまで音無花音を演じられるのか、悔しいくらいキリコは音無花音になりきっている。
「あのね、わたし、きょう日直なんだよね。誰かさんのせいで足痛いから、キリコが代わりに日直の仕事してくれない?」
あたしはすっころんだままの情けない格好だったが、せめてもの反抗心で睨み返す。
だけどキリコはあたしが断らないことを知っている。
霧島桐子は頼み事を断らない。初めて断る相手が音無花音であってはならない、断じて。音無花音にこれ以上の恥をかかせてはならないのだ。
キリコはあたしの耳元でそっとささやいた。
「イメージ、崩さないよね?」
あたしがいったことをそのまま返してきた。
このタイミングでいうかと腹が立ったが、あたしの答えは決まっている。日直の仕事くらい。どうってことはない。本来はあたしがやるはずだったのだから。そう言い聞かせる。
打ち付けた体が痛いけどおなかの底に力を入れた。
「もちろん。代わってあげる」
「そう、よかった。ありがと」
キリコは満面の笑みを浮かべ、ニヤついている双葉と友梨奈の元へ戻った。そこへ糸川さんたち三人も加わる。
このままではカースト底辺どころではない。ひとり対クラス全員になってしまう。ひとりの絶対女王に支配されるより、いじるターゲットがひとりに絞られる方がよっぽど結束が固くなる。
それをあたしが請け負うなんて冗談じゃない。
キリコとあたしが入れ替わるなんて不当だ。全然釣り合ってない。
もう、イヤ!
一刻も早く自分の体を取り戻さなければ。
音無花音とそのツレの行動パターンを熟知している。
あたしは彼女たちが登校してくるよりも早く学校へ来て、一階の女子トイレにひそんでいた。
今朝はキリコママに起こされて、白がゆにシャケフレーク、じゃこ入り卵焼きを食べてきた。エネルギーをチャージしたからなのか、やる気でみなぎっている。
いつものように大声で話す双葉の声が聞こえてきた。だんだんとこちらへ向かってきている。
昇降口から向かってきて二階へ上がる階段、その奥にトイレという配置だ。
階段を上っていったらすぐにここから出ていかねばならない。上の方まで行ってしまったら危険だ。転がり落ちて骨折しかねない。二、三段くらいがちょうどいい衝撃なのだろう。
あたしはその気配を感じ取ってすぐにあとを追った。
三人の後ろ姿を見て安心する。
キリコには彼女たちとの待ち合わせの時間と場所を伝えていたのだが、ちゃんといつも通りの行動を取ってくれたようだ。
三人は階段を上りかけている。タイミング的にはちょうどいい。
あたしは手を伸ばして音無花音をつかもうとした。だが、手をつかめそうにない。
ならばと、肩にかけたバッグを引っ張ろうとしたときだった。
パシンッと大きな音がして右手に大きな衝撃が走った。
「同じ手にはのらないよ」
あたしの手をはたいたのは友梨奈だった。警戒されていたのだ。
「キリコ、マジでヤバい」そして双葉は鼻をつまんでいった。「っていうか、湿布臭くてバレバレ」
しまった。背中と腰が痛くて我慢できず、湿布を四枚も貼って寝たんだった。
双葉はゲスい笑い方をすると、何事もなかったかのように友梨奈とふたりで音無花音をがっちりガードして階段を上っていった。
ふたりがすっかり腰巾着になったように見えてくる。――いや、それどころか今回のハプニングで結束力が増したようだ。
もう一度転がり落ちるという機会を失ってしまったあたしは、上から降り注いでくる声を聞いてることぐらいしかできなかった。
「そういうえば花音さー、スマホどうした?」
「ん?」
「全然返してこないじゃん」
「ああ、きのう雨に打たれたらさ、ちょっと調子悪くて」
「ウソ。災難続きじゃん」
おかしい。音無花音のスマホはあたし自身が持っているはずだ。
バッグから取り出して電源ボタンを押す。
――あ。充電切れだ。
そういえば充電するのを忘れていた。
キリコの部屋に充電器ってあっただろうか。机の上にもなかったし、ベッドのヘッドボードにも電気スタンドと小さなボックスティッシュが置いてあるだけだった。
充電するだけなら百円ショップで売ってるようなものでも大丈夫かな。あ、だめだ。お金ない。
音無家にどうにか帰らないと。
でもキリコの協力なしには無理だ。玄関の鍵を持ってないし、誰かいても勝手には入れない。
充電切れならスマホでキリコとこっそり連絡取れないし、取り巻き二人がいては直接話しかけるのも無理っぽい。学校が終わってから自宅前で待つよりほかはなさそう。
がっくりと肩を落として階段を上っていくと、三人の会話はまだ続いていた。
「立て続けに災難が起こるとかさ、なんか取り憑かれてるよ、それ」
「キリコだ、キリコに取り憑かれてる」
「やめてよ」
「逆にわら人形でキリコを呪いなよ」
あたしたち、あんなに大声で騒いでいたんだ。
客観的に見ると、たとえ自分のことを言われているのではなくてもうっとうしい。
でも、あたしたちは半ば、わざとそうしているみたいなものだった。周りの子たちがそば耳立てて、「こいつをいじるのはありだ」というのを知らしめるために。
みんな安心するのだ。ターゲットが自分ではないことに。そして、誰かがそうしてるなら、自分にも責任はないって。むしろ同調しておく方が無難だって。
あたしはそっち側の人間じゃない。先導する方だ。なんのためにここまでやってきたんだ。キリコにその地位をゆずるためじゃない。
よし。階段がだめなら思いっきり突き飛ばして、一緒に転がってみればいい。
あたしは猛ダッシュで音無花音を追いかけた。
階段を上りきって三人は横並びに歩いている。このまま突っ込めば――。
まっしぐらに走って行く。
「あっ!」
ふいに足下になにかが飛び出してきて、足に突っかかった。
思いっきりスピード上げて走っていたものだから、どうにも止まらない。勢いよく前につんのめって転び、強く体を打ち付ける。
「うっ」
胸が苦しい。
痛いのはあたしだけだ。伸びた手の先でさえも音無花音には届かなかった。
「あら、ごめんなさい」
謝罪の意も感じない声が響いた。
追いかけるのに夢中で気づかなかったが、廊下の端に糸川さんが立っていた。
彼女が足を出してあたしを転ばせたのだ。
いつも連れ立っている中野さんと深井さんもやってきて、廊下で伸びたままのあたしを取り囲んだ。
「いいこと? 花音には半径五メートル以内に近づかないでね?」
なんなんだこれは。あの三人の差し金か?
霧島桐子を取り巻く状況がひどくなっている。
キリコがあたしに手を出したことが知れ渡り、それをきっかけにエスカレートしていってるのだろうか。
騒ぎに気づいた双葉ら三人は立ち止まり、「なにしてんの」「うける」とかいいながらあざ笑っていた。
「あ、そうだ」
キリコはわざとらしくそういうと、さっそうとあたしの前までやってきて、視線を合わせるようにしゃがんだ。
あたしがいつもやる立ち振る舞いに引けを取らない。
なんでこんなにも板についているのだ。
あのネクラなキリコが。どうしてここまで音無花音を演じられるのか、悔しいくらいキリコは音無花音になりきっている。
「あのね、わたし、きょう日直なんだよね。誰かさんのせいで足痛いから、キリコが代わりに日直の仕事してくれない?」
あたしはすっころんだままの情けない格好だったが、せめてもの反抗心で睨み返す。
だけどキリコはあたしが断らないことを知っている。
霧島桐子は頼み事を断らない。初めて断る相手が音無花音であってはならない、断じて。音無花音にこれ以上の恥をかかせてはならないのだ。
キリコはあたしの耳元でそっとささやいた。
「イメージ、崩さないよね?」
あたしがいったことをそのまま返してきた。
このタイミングでいうかと腹が立ったが、あたしの答えは決まっている。日直の仕事くらい。どうってことはない。本来はあたしがやるはずだったのだから。そう言い聞かせる。
打ち付けた体が痛いけどおなかの底に力を入れた。
「もちろん。代わってあげる」
「そう、よかった。ありがと」
キリコは満面の笑みを浮かべ、ニヤついている双葉と友梨奈の元へ戻った。そこへ糸川さんたち三人も加わる。
このままではカースト底辺どころではない。ひとり対クラス全員になってしまう。ひとりの絶対女王に支配されるより、いじるターゲットがひとりに絞られる方がよっぽど結束が固くなる。
それをあたしが請け負うなんて冗談じゃない。
キリコとあたしが入れ替わるなんて不当だ。全然釣り合ってない。
もう、イヤ!
一刻も早く自分の体を取り戻さなければ。
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】碧よりも蒼く
多田莉都
青春
中学二年のときに、陸上競技の男子100m走で全国制覇を成し遂げたことのある深田碧斗は、高校になってからは何の実績もなかった。実績どころか、陸上部にすら所属していなかった。碧斗が走ることを辞めてしまったのにはある理由があった。
それは中学三年の大会で出会ったある才能の前に、碧斗は走ることを諦めてしまったからだった。中学を卒業し、祖父母の住む他県の高校を受験し、故郷の富山を離れた碧斗は無気力な日々を過ごす。
ある日、地元で深田碧斗が陸上の大会に出ていたということを知り、「何のことだ」と陸上雑誌を調べたところ、ある高校の深田碧斗が富山の大会に出場していた記録をみつけだした。
これは一体、どういうことなんだ? 碧斗は一路、富山へと帰り、事実を確かめることにした。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる