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1章 なんであたしがカーストど底辺に!?

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 先生の監視がついている中ではとりあえず連絡先を交換するぐらいのことしかできなかった。
 病院にはお互いの親がやってきて、そのまま家に連れて帰ることになった。
 あたしはキリコのうちへ行き、キリコはあたしのうちへ行く。

 キリコがあたしの部屋に入り、物色されるのは虫唾が走るほどだがこの状況ではどうにもならない。
 誰に説明したところで、中身が入れ替わっただなんて、信じてはくれない。
 音無花音がそんな奇妙なことを言い出すなんて、あってはならないことだ。
 しかも、キリコと入れ替わっているだなんて。キリコと仲がいいように思われたくもないし。

 キリコ以外には相談できなくてもどかしい。
 一瞬、お母さんにだけにはいってみようかとも思った。でも、キリコがべったりとついている。
 仕方なくキリコママについて歩き、間違えないように車に乗った。

 やはり、雨は検査が終わるころには降り出していた。
 つい癖で濡れた髪にふれようとしたら、キリコはボブショートだった。髪全体を左寄りに分け、後ろより前の方が長くなるようにカットされていた。髪だけはきれいだった。

 車のことには詳しくないが、エンジン音の小さな電気自動車であるようだった。
 重役気分で後ろの座席にゆったりと座り、キリコとスマホでやりとりをする。
 自分の部屋、家の間取り、ご飯を食べるときにはどこに座るか、お風呂の時間、おおよその一日の予定。
 うちも、キリコんちも共働きで、親ともそう長い時間を共にするわけじゃなかったし、なにかおかしいと思われたときは、不機嫌になって反抗期だってことにすれば乗り切れる、というところに着地した。

 そうこうしているうちに自宅へ帰ってきたようだった。
 キリコとは小学校が違ったので、この辺のことは詳しくないが、全く知らない土地ではない。学校へ行くのも問題なさそう。
 たぶんキリコはひとりで登校している。今朝だってひとりでやってきて、あたしの腕を引っ張ったんだから。

 車ごとガレージに入っていって、自動でシャッターが下りた。キリコの母親が車に乗り込んだときから差を見せつけられた気がしていたが、キリコの家はお金持ちらしい。
 無駄に広い玄関を抜けて居間へ入る。
 右手はダイニングテーブル、その奥に開放的なキッチンがあって、左手は革張りのソファーだ。大きなテレビが壁に掛けてあって、すっきりした内装。泥棒もどこから物色しようか迷うほどあまりものが置かれていない。

 とりあえずソファーに座る。
「仕事に戻るけど、大丈夫ね?」
 レントゲンも一応撮ったが、キリコも花音もどちらの身体にも異常はなかった。
 腰に痛みはあるがキリコママがそばにいてもなにもかわらない。
「うん……」
 顔も見ずに素っ気なくうなずく。

 キリコになりきれているのか不安だ。
 あたしって意外と度胸がない。このあと、どうすればいいんだろう。他人になりきるのは思ってたより難しい。
 仲のいい双葉だって友梨奈だって、親とどんなノリで会話をしているかなんてまったくわからない。ましてやキリコが家でも無口なのか、お行儀のいい子なのか、ふてぶてしいのかまったく想像がつかなかった。

「お昼は適当にデリバリー頼んで」
「わかった」

 キリコママはデリバリー頼めっていうけど、お金を渡そうとしなかった。
 ってことは、直接クレカから引き落とせるアプリがキリコのスマホに入っているということなのか? だったら、スマホをいじるふりして――。待てよ。キリコってどんなスマホだった? 親が把握してないスマホを持っているってのは、結構な問題だぞ。

 ここはいったん部屋へ戻った方がよさそう。
 立ち上がって部屋を出ようとすると「桐子」と呼び止められた。
「なに?」
 さすがに無視するわけにいかないので振り返る。

 キリコママはメイクも嫌みがなくて上品な人だった。
 さっき病院で顔を合わせたうちの母親は所詮取り繕っているだけの人だ。世話の焼ける子でとかなんだとかペラペラひとりでしゃべっていて、即刻黙らせたかった。
 たぶん、キリコは自分の親を恥ずかしいと思ったことがないはず。それくらいキリコママは隙がない。なんでキリコみたいな子供がいるんだって不思議なくらい。

 キリコママはじっとあたしを見つめた。
「なんかあった?」
 何気なく聞いてくるけど、なにかあったことに気がついているとでも言いたげだった。ちょっとイラッとする。キリコママはいつものキリコと違うことに気がついている。
 うちのママはどうだろうか。
「別に」
 いつも親に言ってるみたいに、面倒くさそうに言ってしまい、これでよかったかわからず慌ててドアを閉めた。


 リビングと同様、キリコの部屋もシンプルだった。
 机には勉強に必要なものしか置いてないし、本棚にはもう読むこともなくなったような児童書しかない。まぁ、本はスマホがあれば事足りるからそんなものか。
 クローゼットを開けると服はそれなりにもっていた。友達もなく、着ていく機会もなさそうだけど。どれを着たってキリコのダサさは隠せそうになかった。

 つまらない部屋だ。
 動画を見ようにも、うちのWi-Fiにつながなきゃまともに見られない。
 雨だから出かけるのはイヤだけど、こんなところにこもっていてもなにも進展がなさそうだ。

 今からそっちに行きたいとキリコに連絡を取ると、お母さんはずっと家にいるらしいと返ってきた。早退したあたしが音無家を訪ねるのもへんだし、お母さんが監督しているなら、キリコを呼び出すのも無理だろう。

 ひとまず、おなかが減った。
 ――適当にデリバリー頼んでおいてっていわれたんだけど?
 メッセージを送ったが返事がない。

 こんなことはしたくないけど、キリコのカバンを探った。引き出しも開けてみたが財布がない。ついでにいえば通帳も。全部スマホの中だろうか。

 ――ねぇ、あたし、無一文なんだけど
 既読さえつかない。

 ――戻れる方法考えよ?
 まったくの無反応。これじゃキリコがなにしてんのかわかりゃしない。

「なんなのよ、もう!」
 罠にはめられたんじゃないかって気がしてくる。
 早く元に戻りたい。
 どうすれば……。
 またあのときくらいの衝撃を受けたら、音無花音に戻れるだろうか?

 ……ぐぅとおなかが鳴った。
 とりあえずは腹ごしらえだ。キリコママが車で出ていくのを見届けて、冷蔵庫をあさった。
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