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本編
35:神社にて(3)
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大きな石垣のある道を通り、石でできた大きな鳥居くぐる。
一直線に伸びる丸石の石畳を抜けると、神社の境内に辿り着く。
そこに、吉田恵利佳は居た。
────────────
──────
──
私が殺人者の娘になったのは、小学1年生の頃だった。
もともと碌でもない父親だった。
普段から碌に働きもせず、家でお酒ばかり飲んでいる。
そんな父が、私は嫌いだった。
――――――――――――
『おい、酒がねーぞ! 早く買ってこい!』
父の怒号が飛ぶ。
お酒が切れると、父は途端に不機嫌になる。
母は怯え、父の言われるがままにお酒を買いに行く。
『なんだその目は! 何か文句でもあんのか!』
父は机を蹴り上げ、それが私のお腹に机が直撃した。
うずくまって苦しんでいると、父は私を蹴ってきた。
痛くても、耐えるしかなかった。
――――――――――――
ある日、家に帰ると知らない女がいた。
母がパートに出ている間に、父が連れ込んだのだ。
『正ちゃん、この子、誰?』
『知らねえよ、こんなガキは。おい、とっとと出て行け!』
こうなると、父は私を追い出す。
友達も居ない私には、どこにも行く場所が無かった。
家に帰るのが怖い。
父は暴力を振るうし、母は自分のことばかりで私を構ってくれることはない。
私は遅くなるまで公園に居た。
当然、誰も迎えに来ない。
両親とも、私を心配なんてしない。
『知らねえよ、こんなガキは────』
父が言ったこの言葉が、私の胸に深く刺さったままだった。
あんな父でも、私のことを娘だと思ってくれている。
そう思いたかったのかもしれない。
知らないんだ。
父は、私のことなんて知らなかったんだ。
生まれてこなければよかった。
――――――――――――
『お譲ちゃん、こんなところで何してるの?』
知らない男が話し掛けてきた。
『おうちに帰れなくて……』
そういうと、男は私にジュースを買ってきてくれた。
そして、男は私の話を聞いてくれた。
良い人もいるんだと思った。
『よし、じゃあもう夜も遅いし、おじちゃんの家に行こうか』
そう言うと、男は私の手を引っ張った。
『でも、知らない人についていったらいけないって……』
『おじさんは知らない人じゃないよ。恵利佳ちゃんのことをわかってやれる』
『でも、お母さんが心配してるかもしれないし……』
『いいから来いって言ってるだろ!!』
さっきまで優しいと思っていた男の態度が豹変した。
強く腕をつかまれ、私を無理やり引っ張っていこうとする。
『痛い! はなしてください!』
『わめくんじゃねえ!!』
『こらそこ! 何をやってるんだ!』
駆け付けた警官に私は保護された。
交番で待っていると、母が迎えに来てくれた。
良かった。私は見捨てられてなんていなかったんだ。
『娘がお世話になりました』
母は、それだけ言うと私を引っ張って行った。
帰り道、一切口をきいてくれなかった。
母は泣いていたんだと思う。
やっぱり、私はお母さんにとっても必要なかったんだ。
――――――――――――
父の借金が増え、母のパート代でも返済が追いつかなくなってきた。
家には借金取りが度々来るようになっていた。
私達家族は、ひたすら借金取りが帰るのを息を殺して待っていた。
『もう……おしまいだぁ……』
『しっかりして! 何とかやり直しましょう!』
こんなになっても、母は父を見捨てなかった。
私を娘とも思っていない父を、母は見捨てなかったのだ。
母は、私より父の方が大事なんだ。
私には、優しかった頃の父と母の記憶があった。
裕福だったわけではないけど、それでも今よりは幸せだったと思う。
それがなぜ、こんなことになってしまったのか。
それからも父の態度は変わらず、私と母への暴力は続いていた。
そんな時、事件が起こった。
――――――――――――
父は、殺人容疑で逮捕された。
家にはマスコミが訪れ、毎日眠れない夜が続いた。
母は、父と離婚し、私は母の旧姓の吉田になった。
そして、今の家に引っ越した。
――――――――――――
転校先でも、私はいじめられた。
私が一体、何をしたというのだろう。
父が犯罪者だから。
そのことが、私に呪縛のように纏わりついてくる。
毎日が嫌だった。
毎日が辛かった。
もう、生きていたくない。
そんな時だった。
『友達になりましょう』
私に初めての友達ができた。
いじめは続いていたけど、それだけで幸せだった。
友達がいるだけで、こんなに楽しいんだ。
友達がいれば、私はいじめにあっても耐えられる。
家で友達のことを話すと、母は嬉しそうに聞いてくれた。
私にも、笑顔が戻っていた。
いじめも減り、毎日が少しずつ楽しく感じられるようになっていた。
そんな日がずっと続くと思ってた。
――――――――――――
私と友達になったことで、その子もいじめられるようになっていた。
『全部、あなたのせいだから……』
自分がいじめられていた時よりも辛かった。
人並みに幸せを求めたのがいけなかったんだ。
私のせいで、大切な友達を傷つけてしまった。
その後、私達は一緒に遊ぶことは無くなった。
私といると、みんな不幸になってしまう。
――――――――――――
『あんたのせいだ! 全部あんたのせいなんだ!』
『やめて、智沙ちゃん……やめて……』
『あんたのせいで、私はいじめられたんだ!』
『やめて、ごめんなさい……ごめんなさい……』
私は謝り続けた。
謝り続けるしかなかった。
私のせいで、大好きな友達を巻き込んでしまった。
だから、罵られるのは当然のこと。
耐えるしかない。
耐え続ければ、また私達は友達に戻れる。
私はそう思っていた。
でも、そんな淡い期待も裏切られてしまった。
私をいじめ続けていた連中と彼女が話しているのを見てしまった。
彼女は、私をいじめる計画を楽しそうに話していた。
騙されていたんだ。
悔しい思いよりも、悲しい気持ちの方が大きかった。
そこからいじめはどんどんエスカレートし、耐え続けた私の心もついに折れてしまった。
そして、私は学校に行かなくなった。
母には本当の理由を言えなかった。
そのうち、学校を休んでも、私に対して母が何かを言ってくることは無くなった。
神様…………私は、もう限界です。
誰も助けてくれない。
誰にも頼ることができない。
どうしたらいいんですか?
犯罪者の娘の私は、救われてはいけないのですか?
助けてください。
どうか、私を、この地獄のような日々から、助けてください────
──
──────
────────────
「吉田さん!」
私を呼ぶ声が聞こえた。
「日高……さん……?」
そこには、私が心のどこかで望んでいた人の姿があった。
「何かお願いしてたの?」
もう、誤魔化すことはしなかった。
誤魔化せなかった。
「神様に私を……、助けて……って…………」
日高さんは、全て悟ったような目でこちらを見てきた。
そして、そっと私を両手で包み込んだ。
「助けに来たよ、吉田さん」
誰も信じられなくなった私。
でも、不思議と彼女のことは信じられるような気がした。
「信じて……いいの……?」
私よりも少し小さな少女。
でも、その優しさが私に伝わり大きく見える。
「大丈夫……もう、大丈夫だよ……」
その言葉に、私は声を上げて泣いた。
彼女は、そんな私をずっと抱きしめていてくれた。
一直線に伸びる丸石の石畳を抜けると、神社の境内に辿り着く。
そこに、吉田恵利佳は居た。
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私が殺人者の娘になったのは、小学1年生の頃だった。
もともと碌でもない父親だった。
普段から碌に働きもせず、家でお酒ばかり飲んでいる。
そんな父が、私は嫌いだった。
――――――――――――
『おい、酒がねーぞ! 早く買ってこい!』
父の怒号が飛ぶ。
お酒が切れると、父は途端に不機嫌になる。
母は怯え、父の言われるがままにお酒を買いに行く。
『なんだその目は! 何か文句でもあんのか!』
父は机を蹴り上げ、それが私のお腹に机が直撃した。
うずくまって苦しんでいると、父は私を蹴ってきた。
痛くても、耐えるしかなかった。
――――――――――――
ある日、家に帰ると知らない女がいた。
母がパートに出ている間に、父が連れ込んだのだ。
『正ちゃん、この子、誰?』
『知らねえよ、こんなガキは。おい、とっとと出て行け!』
こうなると、父は私を追い出す。
友達も居ない私には、どこにも行く場所が無かった。
家に帰るのが怖い。
父は暴力を振るうし、母は自分のことばかりで私を構ってくれることはない。
私は遅くなるまで公園に居た。
当然、誰も迎えに来ない。
両親とも、私を心配なんてしない。
『知らねえよ、こんなガキは────』
父が言ったこの言葉が、私の胸に深く刺さったままだった。
あんな父でも、私のことを娘だと思ってくれている。
そう思いたかったのかもしれない。
知らないんだ。
父は、私のことなんて知らなかったんだ。
生まれてこなければよかった。
――――――――――――
『お譲ちゃん、こんなところで何してるの?』
知らない男が話し掛けてきた。
『おうちに帰れなくて……』
そういうと、男は私にジュースを買ってきてくれた。
そして、男は私の話を聞いてくれた。
良い人もいるんだと思った。
『よし、じゃあもう夜も遅いし、おじちゃんの家に行こうか』
そう言うと、男は私の手を引っ張った。
『でも、知らない人についていったらいけないって……』
『おじさんは知らない人じゃないよ。恵利佳ちゃんのことをわかってやれる』
『でも、お母さんが心配してるかもしれないし……』
『いいから来いって言ってるだろ!!』
さっきまで優しいと思っていた男の態度が豹変した。
強く腕をつかまれ、私を無理やり引っ張っていこうとする。
『痛い! はなしてください!』
『わめくんじゃねえ!!』
『こらそこ! 何をやってるんだ!』
駆け付けた警官に私は保護された。
交番で待っていると、母が迎えに来てくれた。
良かった。私は見捨てられてなんていなかったんだ。
『娘がお世話になりました』
母は、それだけ言うと私を引っ張って行った。
帰り道、一切口をきいてくれなかった。
母は泣いていたんだと思う。
やっぱり、私はお母さんにとっても必要なかったんだ。
――――――――――――
父の借金が増え、母のパート代でも返済が追いつかなくなってきた。
家には借金取りが度々来るようになっていた。
私達家族は、ひたすら借金取りが帰るのを息を殺して待っていた。
『もう……おしまいだぁ……』
『しっかりして! 何とかやり直しましょう!』
こんなになっても、母は父を見捨てなかった。
私を娘とも思っていない父を、母は見捨てなかったのだ。
母は、私より父の方が大事なんだ。
私には、優しかった頃の父と母の記憶があった。
裕福だったわけではないけど、それでも今よりは幸せだったと思う。
それがなぜ、こんなことになってしまったのか。
それからも父の態度は変わらず、私と母への暴力は続いていた。
そんな時、事件が起こった。
――――――――――――
父は、殺人容疑で逮捕された。
家にはマスコミが訪れ、毎日眠れない夜が続いた。
母は、父と離婚し、私は母の旧姓の吉田になった。
そして、今の家に引っ越した。
――――――――――――
転校先でも、私はいじめられた。
私が一体、何をしたというのだろう。
父が犯罪者だから。
そのことが、私に呪縛のように纏わりついてくる。
毎日が嫌だった。
毎日が辛かった。
もう、生きていたくない。
そんな時だった。
『友達になりましょう』
私に初めての友達ができた。
いじめは続いていたけど、それだけで幸せだった。
友達がいるだけで、こんなに楽しいんだ。
友達がいれば、私はいじめにあっても耐えられる。
家で友達のことを話すと、母は嬉しそうに聞いてくれた。
私にも、笑顔が戻っていた。
いじめも減り、毎日が少しずつ楽しく感じられるようになっていた。
そんな日がずっと続くと思ってた。
――――――――――――
私と友達になったことで、その子もいじめられるようになっていた。
『全部、あなたのせいだから……』
自分がいじめられていた時よりも辛かった。
人並みに幸せを求めたのがいけなかったんだ。
私のせいで、大切な友達を傷つけてしまった。
その後、私達は一緒に遊ぶことは無くなった。
私といると、みんな不幸になってしまう。
――――――――――――
『あんたのせいだ! 全部あんたのせいなんだ!』
『やめて、智沙ちゃん……やめて……』
『あんたのせいで、私はいじめられたんだ!』
『やめて、ごめんなさい……ごめんなさい……』
私は謝り続けた。
謝り続けるしかなかった。
私のせいで、大好きな友達を巻き込んでしまった。
だから、罵られるのは当然のこと。
耐えるしかない。
耐え続ければ、また私達は友達に戻れる。
私はそう思っていた。
でも、そんな淡い期待も裏切られてしまった。
私をいじめ続けていた連中と彼女が話しているのを見てしまった。
彼女は、私をいじめる計画を楽しそうに話していた。
騙されていたんだ。
悔しい思いよりも、悲しい気持ちの方が大きかった。
そこからいじめはどんどんエスカレートし、耐え続けた私の心もついに折れてしまった。
そして、私は学校に行かなくなった。
母には本当の理由を言えなかった。
そのうち、学校を休んでも、私に対して母が何かを言ってくることは無くなった。
神様…………私は、もう限界です。
誰も助けてくれない。
誰にも頼ることができない。
どうしたらいいんですか?
犯罪者の娘の私は、救われてはいけないのですか?
助けてください。
どうか、私を、この地獄のような日々から、助けてください────
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「吉田さん!」
私を呼ぶ声が聞こえた。
「日高……さん……?」
そこには、私が心のどこかで望んでいた人の姿があった。
「何かお願いしてたの?」
もう、誤魔化すことはしなかった。
誤魔化せなかった。
「神様に私を……、助けて……って…………」
日高さんは、全て悟ったような目でこちらを見てきた。
そして、そっと私を両手で包み込んだ。
「助けに来たよ、吉田さん」
誰も信じられなくなった私。
でも、不思議と彼女のことは信じられるような気がした。
「信じて……いいの……?」
私よりも少し小さな少女。
でも、その優しさが私に伝わり大きく見える。
「大丈夫……もう、大丈夫だよ……」
その言葉に、私は声を上げて泣いた。
彼女は、そんな私をずっと抱きしめていてくれた。
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