少女が過去を取り戻すまで

tiroro

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本編

34:恵利佳の行方

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 吉田さんは今日も休みか……。

 先生が言うには、体調不良でという連絡があったらしい。
 さすがにもう花瓶は置かれていなかった。
 昨日、謙輔達が割っちゃったしね。


*****


 休み時間────。

 廊下で小岩井とばったり会った。

 あの花瓶のことについて聞くチャンスか?
 いやいや、ここは慎重にならないと……私一人の判断でなんかやって、変に警戒されてしまったら聞きたいことも聞けなくなる。

 そんなことを考えていると、小岩井の口から出たのは意外な言葉だった。

「日高、俺……河村と付き合うことになった」

「河村って、河村……智沙、さんのこと?」

 突然出てきた河村智沙の名前に少し動揺してしまった。

「ああ……河村は素晴らしいんだ。
 お前と違って彼女は俺のこと頼りにしてくれるし、何よりも女らしい」

「悪かったね、女らしくなくって」

「河村の為なら、俺は何だってできるぜ。
 抱き締めるとこう柔らかくて、いい匂いがするんだ……」

「……それって、柔軟剤とシャンプーの香りなんじゃないの?」

 何とも言えない気味の悪い笑みを浮かべる小岩井に、思わず背中がぞわっとする。
 こいつのこんな表情、今までに見たことあったっけ……。

「お前も河村を見習ってもう少し女らしくなれよ。じゃあな」

 言いたいことだけ言って、小岩井は去って行った。


 思いがけずに得た情報。
 小岩井と河村智沙は、付き合っている。


*****


 20分休みを利用して、私は由美のクラスに向かった。
 由美と朱音に、さっきあったことを共有するためだ。

「そんなことがあったの……」

「恋をすると、人って変わるものね……私も琢也君に出会って、随分変わったと思うし」

 あなたは変わりすぎです。

「いつものあいつと違う感じでさ、なんてゆうか寒気がしたよ……」

「それにしても、河村智沙さんねぇ……どんな子だっけ?」

「私も名前くらいは知ってるけど、優等生ってことくらいしか知らないわ」

「こう言っちゃなんだけど、小岩井とは正反対って感じ」

 小岩井なんて、優等生の河村さんからしたら最も嫌う対象に入っていてもおかしくないのに。

「小岩井の変貌ぶりを考えると、ちょっときな臭い感じがするわね」

「わたしもそう思う。ちょっとクラスの子達にも河村さんのこと何か知ってるか聞いてみるね」

 小岩井が吉田さんのいじめに加担したことに関しては、間違いなく河村さんが関わっていると思う。
 だけど、あまりに情報が少なすぎて、それだけじゃ全然証拠にはならない。

 もっと、情報を集めなくちゃ……。
 いっそ本人に直接聞いてしまおうか。

「玲美、河村さんに直接聞くのはやめてね。危ないから」

「あ、はい……」

 由美に釘刺されてしまったのでやめときます。


*****


「吉田のやつ、全然出てこないな……」

 放課後、体育館脇にある池の前に、私達は集まっていた。
 ここは人がほとんど来ることは無く、あまり目立たない場所でもあるので、こうして集まるにはちょうどいい場所だ。

 この時間、悠太郎と朱音は部活動をしているので、今集まってるのはそれ以外のメンバー。

 珍しいことに今日は坂本も居た。
 坂本が私たちの集まりに参加するのは、初めてのことだ。

「謙輔さんが、いじめたからじゃないか?」

 その坂本が、謙輔をたしなめる。
 この人も、江藤みたいに仕方なく謙輔に従っていただけなのかな?

「う……たしかに、俺がいじめてからだよな……来てないのって……」

 落ち込む謙輔。

 いや、そこは庇わないからね?
 やったことは事実なんだし。

「様子見がてら、謝りに行くってのはどうだ?」

 琢也が提案を出した。

 それ、意外といい案かも知れない。
 本人にも直接いろいろ聞けるし、会議のことだって話せる。

「ねえ、吉田さんの家ってどこだっけ? 誰か知ってる?」

 そういえば、私も吉田さんの家がどこかわからない。
 神社で会ったことがあるくらいだし、あの近くには住んでると思うんだけど……。

「僕、知ってますよ。クラス名簿で住所を見たことがあります。
 そんなに離れていないし、これから行ってみますか?」

 さすが順、こういう時頼りになるね。


 森山さんはこの後の用事で来られないという。
 
 とりあえず、残ったメンバーで吉田さんの家に向かうことになった。


*****


「ここが、吉田さんの家か……」

 そこは、ずいぶん年季の入ったコーポだった。
 ところどころ朽ちてる部分もある。

「あいつ、こんなところに住んでるんだな」

「そんなこと言ったら失礼だぜ?」

「そうだよな……子は親を選べないもんな……。
 よし、じゃあ江藤、呼び鈴押してくれ」

 お前、自分では押さないのな。

「了解ッス」

 江藤が呼び鈴を押す。
 じっと待つ私達。

 ……誰も出てこない。

「玲美、いま呼び鈴ちゃんと鳴ってた?」

「聞こえたような、聞こえてないような?」

「もう一回押してみようか」

 それから江藤に何回か押してもらったけど反応がない。
 音はちゃんと鳴ってるよね。
 じゃあ、留守なのかな……。


「さっきからしつこいね!
 新聞なら、うちは取らないよ!」

 中から大人の女性の声が聞こえた。
 もしかして、吉田さんのお母さん?

「あの、私達恵利佳さんのクラスメイトで、私は日高玲美って言います。
 恵利佳さんがずっと休んでるので心配で来ました。
 恵利佳さんは家に居ますか?」

「なんだ、新聞じゃないのかい……恵利佳ならどっか出掛けてるよ。
 全く、家の手伝いもしないで何やってんだか……」

 不機嫌な声の主によると、吉田さんは家に居ないそうだ。

「あの、恵利佳さん、どこに行ってるかわかりませんか?」

「知らないよ! どっかその辺にでもいるんじゃないのかい!?」

 えっ怖……。
 吉田さんがどこにいるか聞いてるだけなのに、なんでこんなに怒ってんの。

「玲美……もうやめとこう」

 由美が止めてくる。

「失礼しました……」

 それだけ言って、私達はコーポを後にした。


*****


「おかしいよな。あいつって体調不良で休んでるんだろ?
 病院に行ってるってならわかるが、親がどこに行ってるかわからないって言うなんて、変だと思わないか?」

 謙輔の言うとおりだ。

 それに、あの親の態度は何だかおかしい。
 私達が思っている親というものとは、だいぶかけ離れてるような気がする。
 まさか吉田さん……家でも虐待されたりとかしてないよね?


「家にいないなら、どこに行ってるんでしょうね……」

「吉田が行く場所なんて、見当もつかないよな」

 吉田さんの行く場所か……。
 病院じゃ無いとしたら、他に行く場所なんて……。


 ……もしかしたら、

「待って、みんな。
 私、吉田さんのいる場所わかったかもしれない」

「本当か!?」

「うん、私に着いてきて」


 吉田さんは、きっとあの場所にいる。
 この時の私には、そんな確信めいたものがあった。


 向かう先は、私が吉田さんと初めて出会ったあの場所だ。
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