少女が過去を取り戻すまで

tiroro

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本編

30:吉田恵利佳の真実

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 渡辺の家に着いた。
 結構大きなお屋敷だ。

 あれから渡辺は、私の方を一切見ない。
 吉田さんのお父さんが犯罪者って、どういうことなんだろう。


「適当にくつろいでくれ」

 大きな座敷に通された。
 私の部屋が幾つも入りそうな大きさだ。

 お手伝いさんみたいな人がせわしなく動いている。
 全員にお茶を配り終えると、そっと出て行った。
 これで、ここには私達だけだ。

「じゃあ、話そうか。吉田恵利佳の父親のことを……」

 相変わらず、厳しい表情のまま渡辺は話し出した。

「まず言っておく。あいつの親父はチンピラだ。
 あいつがまだ1年生の頃だ、事件を起こしたのは。そして、あいつは、この緑山小学校に転校してきた」

 吉田さんは転校生だったのか。
 順も琢也もそんなこと言ってなかったから、全然知らなかった。

「あいつの親父が起こした事件は、殺人事件だ」

 殺人事件?
 じゃあ、当時はニュースにもなってたんじゃないの?

「俺も当時は知らなかったんだが、親の間では結構有名な話でな。
 結構衝撃的な内容だったから子供には話さなかったところが多いみたいだが、うちの親父は俺に話してきた。
 あいつは殺人者の子供だってな……」

 私も何も知らなかった。
 うちはお父さんもお母さんも、子供にそんなことを言うような人達じゃないし。

 うちだけじゃない。わざわざ子供にそんなこと話す家の方が少ないだろう。
 だから、人によって知ってたり知らなかったりするのか。


「最初の内は転校生ということもあって、仲良くしようとする奴らも多かった。
 当然だ、何も知らない奴らにとってはただの転校生だしな」

「俺も何も聞かされてなかった。
 うちの親は知ってたのか……あいつの親父が起こした事件はどんな内容だったんだ?」

「事件の内容は、当時の新聞があるから取ってくる。ちょっと待っててくれ」

 そういうと、渡辺は部屋を出て行った。
 再び静寂に包まれる。

 それにしても、ちょっとショックだ。
 あの吉田さんが犯罪者の……それも、殺人者の娘なんて……。

 きっと、私が吉田さんと仲良くしていたら両親は心配するだろう。
 事件のことまでは言わなくても、吉田さんからすぐに離れるように言うかもしれない。

 いじめの真相が見えてきたような気がする。


 これまでの話を頭の中で整理していると、渡辺が戻ってきた。

「これが当時の記事だ。俺が言うより実際に読んだ方が早い。
 小渕寺っていうのが、あいつの親父だ」

 そう言って、新聞を机の上に置いた。


――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――

◆『強盗殺人・被害者は28歳のサラリーマン』

◆『無職・小渕寺正太郎(24)を逮捕』

◆『お金欲しさにやったと自供・反省は見られず』

 ……………………………………
 ………………………………
 ……………………
 …………

――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――


 新聞には幾つもの見出しが書かれ、吉田さんのお父さんの起こした事件について詳細が書かれていた。
 苗字が違うのは、おそらく吉田さんのお母さんが離婚したからだ。

 この頃からずっと、吉田さんは殺人者の娘として生きてきたのか……。


「……読んだか?」

「うん……。たしかに、吉田さんは犯罪者の娘みたいだね……」

「そうだ。まぁ、親からしてみればそんな危険な奴の子供と遊んじゃいけませんって言うわな。
 クラスが違って吉田と会うことも無ければ、そんな心配はいらないんだけどな」

「それが、いじめに繋がって行ったんだね……」

「そういうことだ。あいつに学校を出て行ってほしい奴はいっぱいいる。
 これで納得したか?」

「私は……納得できない」

「どういうことだ」

「吉田さんは、渡辺君に何かしたの?」

「それは……無いな」

「渡辺君だけに言うつもりは無いよ。
 琢也だって、江藤君だって、森山さんだって、みんな……いじめに直接関わっていなかったとしても、陰口を言ってる人達だって……。
 みんなに、吉田さんが何か悪いことした?」

 吉田さんのお父さんはたしかに犯罪者だったけど、吉田さんが犯罪者なわけじゃない。
 そんなことで吉田さんをいじめているというのなら、それはただの迫害だ。

「……だったら、俺からも一つ聞いていいか?」

「なに?」

「俺にはお前が吉田を異様に庇っているように見える。
 お前は、一体……吉田の何なんだ?」

「私は…………吉田さんと友達になりたいと思ってる」

「答えになって無いな。
 お前は、何も知らないことをいいことに正義を振りかざすだけの偽善者だ。
 吉田はお前に助けてほしいとでも言ったのか?」

「私に助けてほしいとは言ってないよ……でも、辛いって言ってた。
 自分を助けようとした子もいじめられてしまうから、その子が自分をいじめるようになるから、辛いって言ってた」

「それを聞いて同情したとでも言うなら、それはただのおせっかいだ」

「私が初めて吉田さんに会ったのは近所の神社だった。
 一緒に話だってしたし、初対面の私を気遣ってくれるような優しい子だったよ」 

「お前は……! 一体何がしたいんだ!!」

「偽善でもいいから……おせっかいでもいいから!
 私は吉田さんを、この理不尽ないじめから守りたいって思ってる!」

「俺達全員を敵に回してもかっ!!」

「あんた達なんか怖くない!
 誰も信じられなくなった、吉田さんがその時受けた恐さに比べたら……あんた達の怖さなんてアリンコ以下だ!」

「お前ぇ……!!」

「神社で、吉田さん……何してたと思う?
 神様に祈ってたんだよ。
 いじめに遭って、学校にも行けず、助けてくれる人もいない……だから、神様に救いを求めてたんだ!
 それほどまでに追い詰められていた吉田さんを……あんた達は……!!」

 反撃されて殴られたっていい。
 吉田さんの受けた辛さを少しでも、こいつに味わわせてやる。

 座っている渡辺の襟首を引っ張り立たせた。
 なんだ? そんな怯えるような顔をして。さっきまで、あんなに強気で怒鳴ってたくせに。

「日高……やめろ!」

「江藤……離せよ。邪魔するな!」

「玲美、いったん落ち着け!
 渡辺、こいつは何もわかってないだけなんだ! 勘弁してやってくれ!」

「何を勘弁してもらう必要があるの? それこそ意味わかんないんだけど。
 悪いのは、何の罪もない吉田さんに罪を押しつけて虐めてきたこいつらだ!
 こいつらを庇おうとするなら……西田・・、あんたも私の敵だ!」

「玲美……」

「セミ取りの日のこと覚えてる?
 みんなが吉田さんの悪口を言っていた。私はそれが、本当に悲しかったんだ……」

 渡辺のことを実は良いやつなんじゃないかと、話せばわかるやつなんじゃないかと思っていた私が馬鹿だった。
 渡辺だけじゃない。ここにいる奴ら全員そうだ。相手のことを思いやる心なんか持っていない。
 

 もう、誰も頼らない。
 もう、誰も、頼れない。


「俺も、ちょっとびっくりしたけどさ……」

 悠太郎……あんたも私の敵になるの?

「よく考えてみろよ。自分の父親がさ、取り返しのつかないような犯罪を犯して……。
 だから、何もやってなくても、お前が悪いって周りから言われるんだ」

 悠太郎は続ける。

「小学1年生だぜ? 今の俺達から見たら、小さなガキンチョだ。
 そんな子供ガキンチョに親の罪を背負わせて、大人からも子供からも責められる。
 そんなの、お前ら耐えられるか?」

 無理だ……。
 私だったら押し潰されて、きっと自分が保てなくなる。

「俺も詳しい事情は知らなかったけど、吉田はそれを、ずっと耐えてきたんだろうなぁ……。
 偉いよな……尊敬する」

 そこまで言い終わると、悠太郎は私の方を見た。

「俺も、きっと偽善者だ」

 そう言って照れくさそうに笑う悠太郎。
 そんな悠太郎を見ていたら、なんだか心が温かくなってきた。

 ……やばい、泣きそう。上向いとこ。




「聞かせてもらったよ」

 襖が空いて、ちょっと強面のおじさんが入ってきた。

「私は謙輔の父だ。まずは、そこのお嬢さん、謙輔の非礼を詫びよう」

「お、親父……?」

「しかし、お嬢さん。玲美さんと言ったかな?
 その何事にも怯まない精神には感服するが、女性はもう少しお淑やかにするものだ」

「あ、その……ごめんなさい……」

「吉田さんのところの娘さんのことだったな。
 確かに、私も人の子の親としては、なるべく関わって欲しくないのが本音ではある」

 それは、わからないでもない。
 親の立場なら子供を心配するのが当然だ。

 でも、親の心配と私達子供のことは、また別の問題だ。

「正確に言えば、本音であった……か。
 玲美さんの話を聞いてね、何と言うか、心打たれる物があったよ。
 そして、我々大人の意見を押し付けたばかりに、子供達には随分と辛い思いをさせてしまったようだ。
 僭越ながら、親達を代表して、私がお詫びする」

 姿勢を正し、私に対して頭を下げてくる渡辺のお父さん。

「あ、あの、もう結構です。頭を上げてください。
 それに、謝るべき相手が違います」

「ふむ、それもそうか……。さて、玲美さんに対し、謙輔は『俺達全員を敵に回してもか』と言ったな。
 お前は……この子の敵になるのか?」

「そんなの…………嫌だ……」

「そうか、じゃあどうするんだ?」

「……もう、吉田はいじめない。あいつにも詫びる……今までしてきたこと全部……」

「息子もこう言っている。玲美さん、どうか馬鹿息子を許してやってはくれないだろうか?」

「も、もう怒ってないです! 私も言い過ぎました! ごめんなさい!」

 渡辺のお父さん……妙に威圧感がある人だ。
 そんな人に頭まで下げられて、これ以上怒っていられるわけないじゃない。
 
「謙輔、お前もどうしたら良いか分かるな?」

「ごめん…………なさい」

 渡辺が私に頭を下げてきた。
 お父さんがいるからか、さっきまでとは違ってちょっと弱気だ。

「俺が悪かった……勘弁してくれ……」

「うん、わかった。もう吉田さんをいじめちゃだめだよ」

「ああ……俺は、どうしたらいい? あいつに謝って、そうしたら、俺はどうしたらいいんだ? どうしたら、許してもらえるんだ?」

「助けてあげてくれるかな? 私だけじゃ、吉田さんを守れないし。
 渡辺君が助けてくれるなら、心強いよ」

「そうか……わかった! 俺は吉田を助けることにする!!」

「俺も助けるよ。玲美だけだと、今回みたいに暴走しそうだしね」

「暴走って……ひどい」

「玲美……」

 琢也だ。
 そういえばさっき、琢也にもちょっと酷い言い方しちゃったな……いつも心配かけてたのにごめん……。

「俺が悪かった……。周りに流されて、玲美みたいに吉田のことをちゃんと見ようとしてやれなかった。
 神社でのこと、本当にすまん……。
 俺もお前に協力する……。
 だから……また、琢也って呼んでくれるか?」

「うん……。頼りにしてるよ、琢也・・

 だんだん顔が崩れて、琢也が泣き出してしまった。
 その顔で泣かれると怖いんだけど……。

「私の方こそ、酷い言い方してごめんね……」

「俺も、味方になるから謙輔って呼んでくれぇ!!」

「はいはい……謙輔も頼りにしてるからね。
 掴み掛かっちゃってごめんなさい」

 って、お前まで泣くのかよ!?
 これじゃ、私が悪者みたいじゃないか……。

「やれやれ……まさか謙輔さんを打ち負かすような人だったとはね。
 あんな謙輔さん、初めて見たよ……。
 こうなったら、俺達も協力せざるを得ないか」

「まずは、どうやって吉田さんにお詫びしたらいいのかしらね……。
 その前に、日高さんにも謝った方がいいのかしら? 無知とか言っちゃったし……」

 江藤と森山さんも、私の味方になってくれるみたいだ。

 森山さんは、きちんと私に謝罪してくれた。
 私も、森山さんに謝罪した。何で私が謝ったのかは知らんけど。

 ともかく、これでみんな仲直りだ。
 せっかくみんなで遊んで楽しい気分だったのに、こんなことになっちゃってごめんよ……。


*****


 帰りが遅くなってしまったので、謙輔の家の車で私達を送ってくれることになった。

 家の前に高級そうな黒塗りの車が止まって、その中から私が出てくるものだから、お母さんが卒倒してしまったのも無理はない。




 思いがけず、謙輔達が私達の仲間になってくれた。
 これで、少しは前進できたんだろうか。

 みんなで撮ったプリクラ……これも、洋菓子の箱に入れとこう。
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