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本編
25:勇気をください
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新しいクラスになって、一週間ほどすぎた。
渡辺は相変わらず傲慢な感じだけど、あれ以来琢也に暴力を振るうことは無くなっていた。
教室を開ける音がした。
もう少しで遅刻というところで吉田さんが入ってきた。
吉田さんの机の上には、江藤が座っている。
「そこ、私の席なんだけど……」
「あ? ああ、どくよ」
江藤がどいた後の席を見て、吉田さんは座らずに立っていた。
江藤と坂本は、何が楽しいのかニヤニヤしながら吉田さんを見ていた。
先生が入って来ると、さすがに全員着席する。
ホームルームが終わり、今日の授業が始まる。
4年生までは時間が過ぎるのはあっという間だった。
今では、一日が終わるのですら長く感じる。
*****
3時間目は体育か。
クラス委員長の竹内君が、仕切りのカーテンを閉めた。
着替えるために席を移動していたら、ふと吉田さんの机が目に入った。
そこにはビッチとか、ヤリ〇ンとか、犯罪者の娘とか……他にもよくない言葉があちこちに書かれている。
「何これ……」
私が見ていると、吉田さんはそれを隠すように脱いだ服を置いて、足早に教室を出て行った。
きっと、渡辺達が書いたんだ。
吉田さんは、いじめられているって聞いた。
そのせいで不登校になったとも……せっかく学校に来るようになったのに、こんな仕打ちはあんまりだ。
体育の授業が終わり教室に戻ると、吉田さんが落ち着くなく何かを探していた。
周りに聞くと、吉田さんのスカートが無くなってしまったらしい。
私が教室を出るまで、吉田さんの服を誰かが触ってることなんてなかったのに。
こんなことが起きても、誰も助けようとしない。
女子達も笑って見てるだけ。
助けたい。
でも、そんな意思とは反して、私の体は動けない。
吉田さんを助けると、きっと私もいじめられるようになる。
それはいい。
私一人ならそのくらい平気だ。
でも、もし琢也と順も巻き込まれてしまったら……。
私のせいで友達が傷付くのは見たくない。
吉田さんを取り巻く状況は、私が思っていたよりも酷かった。
『別になにも困ってないわ。だから、大丈夫……』
吉田さんの言ったあの言葉が思い浮かんだ。
困ってることがあるなら何でも言って、なんて、軽はずみなことを言うべきじゃなかった。
私には、何もできない……。
吉田さんは、体操着姿のまま授業を受けていた。
******
掃除の時間。
「元気無いな」
琢也が話しかけてきた。
「新しいクラスは、何だか息苦しいね……」
「まあ……な」
私達だけじゃない。
渡辺一派以外のクラスのみんなも、ずっと暗い顔をしている。
渡辺達の顔色を伺い、平穏を得るためだけに気を使い続けている。
担任も当てにならない。
何かあっても見て見ぬ振りをするだけ。
「ゴミ、捨ててくるね……」
ため息をつきながら、私は焼却炉に向かった。
なんだか最近、心の中まで暗くなってきた気がする。
これが、あと2年近くも続くんだ。
由美や朱音と一緒のクラスだったら良かったな。
せめて悠太郎が居たら、何か変わってたのかな。
達也も順も、私の話は聞いてくれる。
さっきだって、こうやって心配して話しかけてくれる。
でも……心の欠片がどこかに行ってしまったような、何とも言えない不安感、息をするたびに苦しくなるような感覚が、私の中から消えてくれることは無い。
焼却炉に着くと、体操着姿の吉田さんが立っていた。
「吉田さん、こんなところで何を」
途中まで言って、私は焼却炉のゴミ置き場にあるものを見てしまった。
酷い……。
こんなの、あんまりだよ……。
「日高……さん?」
「もう……許せない! こんなのって……!」
「ここからは、私の独り言……」
「え……?」
「私はずっと、こうして虐げられ続けてきた」
吉田さんは私の方を見ずに話しだした。
「そんな私にも、仲良くしてくれようとした子はいた。
でも、そのことで、今度はその子もいじめられるようになった」
そのくらい、私はもう覚悟している。
「最初はそれでも私を庇っていてくれた。
だけど、それは最初だけ。気が付けばその子は、いつの間にか私をいじめる側になっていた」
「そんな……」
「私は……いじめられることよりも、そうやって信じた人に裏切られる方が辛い……。
だから……」
すっと息を吐く吉田さん。
そして、私の方へと振り返った。
「……気安く私に話し掛けようとしないでっ!!」
急に大声で私を怒鳴りつける吉田さん。
私はどうしていいのかわからず、怒鳴られたことで立ちすくんでしまった。
周りには、いつの間にかクラスの人達が集まっていた。
「日高さん、大丈夫!? 吉田……お前、日高さんに何言ってんだ!」
杉本さんが、私を庇うように前に出てきた。
「怖かったね。もう大丈夫だよ」
近くに居た小野寺さんも、私のところへ駆けつけてきた。
「吉田のことは私達が何とかしておくから、日高さんは教室に戻っていいよ」
「え、でも……」
「いいから、大丈夫だから、先に戻ってて!」
吉田さんが何で急にあんな態度を取ったのか、わかってしまった。
自分と仲良くしているところを見られると、その人もいじめのターゲットにされてしまう。
吉田さんは、私を守ったんだ。
いじめられているのは吉田さんなのに。
辛いのは、自分なのに……。
いつの間にか、琢也も私の傍に来ていた。
私は、吉田さんを助けるどころか……事態を悪化させてしまった……。
私はいじめが嫌いだ。
人をいじめる奴が嫌いだ。
何とかできるなら、何とかしたい。
助けられるなら、助けたい。
小学校に入学してから数年間。
何事も無かったわけじゃないけど、私にとっては辛いことより楽しいことの方が多かった。
吉田さんは逆だ。
ずっと登校拒否もしていた。
やっと登校してきたのに、待っているのはいじめ。
私が平凡に過ごしていた日々は、吉田さんにとっては地獄の毎日だった。
「吉田さん……可哀想だよ……。
何とかしてあげたいよ……」
琢也は困ったような顔をして頭を掻く。
「仮に俺やお前が動いたとしても、今更どうにかできる問題じゃない。
1年の時からずっとこうだったんだ。それに加え、今回は渡辺達もいる。
お互いのためにも、これ以上関わるべきじゃ無い……」
このクラスには問題だらけだ。
渡辺達のこと。吉田さんのこと。
何でこんなクラスになっちゃったんだろう。
神様は残酷だ。
何も知らずに、由美達と、またみんなと同じクラスになっていたら……渡辺達や吉田さんが居ないクラスになっていたら、きっと私は楽しく笑っていられたはず。
────私は今何を考えた?
吉田さんはあんな目に遇っているのに、私を庇ってくれた……。
その吉田さんを居なくなってしまえばいいと…………思ってしまった。
消えてしまいたい。
こんな自分が嫌だ。
勇気がほしい……吉田さんを助けることのできる勇気が……。
神様、さっきのことは反省します。
だから、どうか私に、あいつらに立ち向かえる勇気をください!
………………
………
…
新しいクラスになって、1ヶ月。
クラスの雰囲気も、私のこの暗い気持も相変わらず。
家に帰ってきても元気がでない。
吉田さんへのいじめはエスカレートしていた。
クラスのほとんどが、吉田さんの『敵』だ。
渡辺達からのいじめも続いている。
暴力はさすがに無いけど、それでも辛いはずだ。
机には落書き、物は隠されたり捨てられたり。
それでも、吉田さんは休まず学校に通っていた。
引き出しの中の洋菓子の箱。
蓋を開けると、由美からもらった四つ葉のクローバーが目に入った。
楽しかったあの頃を振り返ると、今の状況と比べてしまって辛さが増してくる。
その時、ふと、あのメモのことが気になった。
お母さんに聞いてみたら、このメモを書いたのは私だということがわかった。
私が3歳の時、一生懸命書いてたらしい。
その頃は碌に文字も書けなかったはずなのに、私はなんでこんなメモを……?
『さちにきおつけろ』と書いてあるメモを手に取った。
何となく口に出して読んでみる。
「さちに気を付けろ……」
それは、すんなりと『気を付けろ』という言葉になって現れた。
気を付けろ……?
気を付けるって、何に?
全部口に出して読んでみる。
「5年が終わるまで……。エイカを頼む……」
エイカ…………何だか舌足らずな頃の私に戻ったみたいだ。
……!?
ハッとしてメモをよく見る。
私が『い』だと思っていた文字は、微妙に右側が伸びているように見える。
「えりかを……頼む……」
メモを握る力が強くなった。
気が付くと私の目からは大粒の涙が溢れていた。
エリカを頼む。
恵利佳を頼むだったんだ。
断片的に当時の記憶が、フラッシュバックするように思い出されてきた。
私だけど、私じゃない。物心つく前の私と、今の私の記憶が混在している。
当時の私は、どういうわけか知らないけど、今のこの状況を予知していた。
5年が終わるまで。
それは、この小学5年生が終わってしまうまで。
小学5年生が終わるまでに、吉田恵利佳を苛めから救わなくてはいけない。
そうしないと……私は一生後悔することになる。
学級名簿を見る。
気を付けなくてはいけない『さち』なる人物を探すが、そこにはいない。
裏には左右反転して書いてある『7』。
それが意味するのは、人物の名前も左右反転という意味だった。
私は小学校に上がる手前くらいまで、平仮名の『ち』と『さ』を逆に書いていた。
だから、つい『さち』と書いてしまう。
逆だということを、私が私に知らせるために書いたのが、この左右反転の『7』だった。
そして、私は見つけた。
河村智沙。
これが、メモに記されていた吉田恵利佳を苦しめる元凶の名前。
メモの内容が繋がり、私がやるべきことはわかった。
5年生が終わるまで……タイムリミットは、もう一年も残されていない。
私は吉田恵利佳をいじめという地獄から助け出さなくてはいけない。
それには、元凶と思われる河村智沙……そして、今現在いじめを行なっている渡辺達とも戦わなくてはいけない。
助け出すには、まだ色々と足りない。
その晩、不思議な夢を見た。
薄く、消えかけていてモヤのような姿をしているけど、大人の男の人。
見たこともないはずなのに、私は、その人を知っている。
男の人は私に手を伸ばしてきた。
その手を握ると、男の人は微笑んで白い光となって消えていった。
不思議と、勇気が湧いてくる気がした。
渡辺は相変わらず傲慢な感じだけど、あれ以来琢也に暴力を振るうことは無くなっていた。
教室を開ける音がした。
もう少しで遅刻というところで吉田さんが入ってきた。
吉田さんの机の上には、江藤が座っている。
「そこ、私の席なんだけど……」
「あ? ああ、どくよ」
江藤がどいた後の席を見て、吉田さんは座らずに立っていた。
江藤と坂本は、何が楽しいのかニヤニヤしながら吉田さんを見ていた。
先生が入って来ると、さすがに全員着席する。
ホームルームが終わり、今日の授業が始まる。
4年生までは時間が過ぎるのはあっという間だった。
今では、一日が終わるのですら長く感じる。
*****
3時間目は体育か。
クラス委員長の竹内君が、仕切りのカーテンを閉めた。
着替えるために席を移動していたら、ふと吉田さんの机が目に入った。
そこにはビッチとか、ヤリ〇ンとか、犯罪者の娘とか……他にもよくない言葉があちこちに書かれている。
「何これ……」
私が見ていると、吉田さんはそれを隠すように脱いだ服を置いて、足早に教室を出て行った。
きっと、渡辺達が書いたんだ。
吉田さんは、いじめられているって聞いた。
そのせいで不登校になったとも……せっかく学校に来るようになったのに、こんな仕打ちはあんまりだ。
体育の授業が終わり教室に戻ると、吉田さんが落ち着くなく何かを探していた。
周りに聞くと、吉田さんのスカートが無くなってしまったらしい。
私が教室を出るまで、吉田さんの服を誰かが触ってることなんてなかったのに。
こんなことが起きても、誰も助けようとしない。
女子達も笑って見てるだけ。
助けたい。
でも、そんな意思とは反して、私の体は動けない。
吉田さんを助けると、きっと私もいじめられるようになる。
それはいい。
私一人ならそのくらい平気だ。
でも、もし琢也と順も巻き込まれてしまったら……。
私のせいで友達が傷付くのは見たくない。
吉田さんを取り巻く状況は、私が思っていたよりも酷かった。
『別になにも困ってないわ。だから、大丈夫……』
吉田さんの言ったあの言葉が思い浮かんだ。
困ってることがあるなら何でも言って、なんて、軽はずみなことを言うべきじゃなかった。
私には、何もできない……。
吉田さんは、体操着姿のまま授業を受けていた。
******
掃除の時間。
「元気無いな」
琢也が話しかけてきた。
「新しいクラスは、何だか息苦しいね……」
「まあ……な」
私達だけじゃない。
渡辺一派以外のクラスのみんなも、ずっと暗い顔をしている。
渡辺達の顔色を伺い、平穏を得るためだけに気を使い続けている。
担任も当てにならない。
何かあっても見て見ぬ振りをするだけ。
「ゴミ、捨ててくるね……」
ため息をつきながら、私は焼却炉に向かった。
なんだか最近、心の中まで暗くなってきた気がする。
これが、あと2年近くも続くんだ。
由美や朱音と一緒のクラスだったら良かったな。
せめて悠太郎が居たら、何か変わってたのかな。
達也も順も、私の話は聞いてくれる。
さっきだって、こうやって心配して話しかけてくれる。
でも……心の欠片がどこかに行ってしまったような、何とも言えない不安感、息をするたびに苦しくなるような感覚が、私の中から消えてくれることは無い。
焼却炉に着くと、体操着姿の吉田さんが立っていた。
「吉田さん、こんなところで何を」
途中まで言って、私は焼却炉のゴミ置き場にあるものを見てしまった。
酷い……。
こんなの、あんまりだよ……。
「日高……さん?」
「もう……許せない! こんなのって……!」
「ここからは、私の独り言……」
「え……?」
「私はずっと、こうして虐げられ続けてきた」
吉田さんは私の方を見ずに話しだした。
「そんな私にも、仲良くしてくれようとした子はいた。
でも、そのことで、今度はその子もいじめられるようになった」
そのくらい、私はもう覚悟している。
「最初はそれでも私を庇っていてくれた。
だけど、それは最初だけ。気が付けばその子は、いつの間にか私をいじめる側になっていた」
「そんな……」
「私は……いじめられることよりも、そうやって信じた人に裏切られる方が辛い……。
だから……」
すっと息を吐く吉田さん。
そして、私の方へと振り返った。
「……気安く私に話し掛けようとしないでっ!!」
急に大声で私を怒鳴りつける吉田さん。
私はどうしていいのかわからず、怒鳴られたことで立ちすくんでしまった。
周りには、いつの間にかクラスの人達が集まっていた。
「日高さん、大丈夫!? 吉田……お前、日高さんに何言ってんだ!」
杉本さんが、私を庇うように前に出てきた。
「怖かったね。もう大丈夫だよ」
近くに居た小野寺さんも、私のところへ駆けつけてきた。
「吉田のことは私達が何とかしておくから、日高さんは教室に戻っていいよ」
「え、でも……」
「いいから、大丈夫だから、先に戻ってて!」
吉田さんが何で急にあんな態度を取ったのか、わかってしまった。
自分と仲良くしているところを見られると、その人もいじめのターゲットにされてしまう。
吉田さんは、私を守ったんだ。
いじめられているのは吉田さんなのに。
辛いのは、自分なのに……。
いつの間にか、琢也も私の傍に来ていた。
私は、吉田さんを助けるどころか……事態を悪化させてしまった……。
私はいじめが嫌いだ。
人をいじめる奴が嫌いだ。
何とかできるなら、何とかしたい。
助けられるなら、助けたい。
小学校に入学してから数年間。
何事も無かったわけじゃないけど、私にとっては辛いことより楽しいことの方が多かった。
吉田さんは逆だ。
ずっと登校拒否もしていた。
やっと登校してきたのに、待っているのはいじめ。
私が平凡に過ごしていた日々は、吉田さんにとっては地獄の毎日だった。
「吉田さん……可哀想だよ……。
何とかしてあげたいよ……」
琢也は困ったような顔をして頭を掻く。
「仮に俺やお前が動いたとしても、今更どうにかできる問題じゃない。
1年の時からずっとこうだったんだ。それに加え、今回は渡辺達もいる。
お互いのためにも、これ以上関わるべきじゃ無い……」
このクラスには問題だらけだ。
渡辺達のこと。吉田さんのこと。
何でこんなクラスになっちゃったんだろう。
神様は残酷だ。
何も知らずに、由美達と、またみんなと同じクラスになっていたら……渡辺達や吉田さんが居ないクラスになっていたら、きっと私は楽しく笑っていられたはず。
────私は今何を考えた?
吉田さんはあんな目に遇っているのに、私を庇ってくれた……。
その吉田さんを居なくなってしまえばいいと…………思ってしまった。
消えてしまいたい。
こんな自分が嫌だ。
勇気がほしい……吉田さんを助けることのできる勇気が……。
神様、さっきのことは反省します。
だから、どうか私に、あいつらに立ち向かえる勇気をください!
………………
………
…
新しいクラスになって、1ヶ月。
クラスの雰囲気も、私のこの暗い気持も相変わらず。
家に帰ってきても元気がでない。
吉田さんへのいじめはエスカレートしていた。
クラスのほとんどが、吉田さんの『敵』だ。
渡辺達からのいじめも続いている。
暴力はさすがに無いけど、それでも辛いはずだ。
机には落書き、物は隠されたり捨てられたり。
それでも、吉田さんは休まず学校に通っていた。
引き出しの中の洋菓子の箱。
蓋を開けると、由美からもらった四つ葉のクローバーが目に入った。
楽しかったあの頃を振り返ると、今の状況と比べてしまって辛さが増してくる。
その時、ふと、あのメモのことが気になった。
お母さんに聞いてみたら、このメモを書いたのは私だということがわかった。
私が3歳の時、一生懸命書いてたらしい。
その頃は碌に文字も書けなかったはずなのに、私はなんでこんなメモを……?
『さちにきおつけろ』と書いてあるメモを手に取った。
何となく口に出して読んでみる。
「さちに気を付けろ……」
それは、すんなりと『気を付けろ』という言葉になって現れた。
気を付けろ……?
気を付けるって、何に?
全部口に出して読んでみる。
「5年が終わるまで……。エイカを頼む……」
エイカ…………何だか舌足らずな頃の私に戻ったみたいだ。
……!?
ハッとしてメモをよく見る。
私が『い』だと思っていた文字は、微妙に右側が伸びているように見える。
「えりかを……頼む……」
メモを握る力が強くなった。
気が付くと私の目からは大粒の涙が溢れていた。
エリカを頼む。
恵利佳を頼むだったんだ。
断片的に当時の記憶が、フラッシュバックするように思い出されてきた。
私だけど、私じゃない。物心つく前の私と、今の私の記憶が混在している。
当時の私は、どういうわけか知らないけど、今のこの状況を予知していた。
5年が終わるまで。
それは、この小学5年生が終わってしまうまで。
小学5年生が終わるまでに、吉田恵利佳を苛めから救わなくてはいけない。
そうしないと……私は一生後悔することになる。
学級名簿を見る。
気を付けなくてはいけない『さち』なる人物を探すが、そこにはいない。
裏には左右反転して書いてある『7』。
それが意味するのは、人物の名前も左右反転という意味だった。
私は小学校に上がる手前くらいまで、平仮名の『ち』と『さ』を逆に書いていた。
だから、つい『さち』と書いてしまう。
逆だということを、私が私に知らせるために書いたのが、この左右反転の『7』だった。
そして、私は見つけた。
河村智沙。
これが、メモに記されていた吉田恵利佳を苦しめる元凶の名前。
メモの内容が繋がり、私がやるべきことはわかった。
5年生が終わるまで……タイムリミットは、もう一年も残されていない。
私は吉田恵利佳をいじめという地獄から助け出さなくてはいけない。
それには、元凶と思われる河村智沙……そして、今現在いじめを行なっている渡辺達とも戦わなくてはいけない。
助け出すには、まだ色々と足りない。
その晩、不思議な夢を見た。
薄く、消えかけていてモヤのような姿をしているけど、大人の男の人。
見たこともないはずなのに、私は、その人を知っている。
男の人は私に手を伸ばしてきた。
その手を握ると、男の人は微笑んで白い光となって消えていった。
不思議と、勇気が湧いてくる気がした。
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