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本編
23:洋菓子の箱
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明日は、いよいよクラス替え。
色々あったけど、このクラスともお別れか。
クラス写真を見ながら、2年間を振り返る。
順は塾、悠太郎と朱音は部活に入ったから、全員が揃うことは前より減ったけど、それでも毎日が楽しかった。
あれから、みんなで駄菓子屋に行ったり、アスレチックのある緑山中央公園に行ったり……朱音が凄く喜んでたっけ。
机の上に並んだ私の宝物。
その中に、由美がくれた四葉のクローバーがあった。
『あの子は駄目だよ』
実をいうと、あの日以来、由美が言ったその言葉が、ずっと私の心に深く突き刺さっていた。
由美だって人の子だ。完璧な訳じゃない。
誰にでも優しい人なんているわけがない。
そんなことは、わかっているはずなのに……そう言った由美のことが怖くて、悲しかった。
クラス替えがどうなるかわからないけど、明日はちゃんと由美と話そう。
引き出しを開けると、その中に見慣れない洋菓子の箱があった。
こんなの私持ってたっけ?
しばらく外にあったものを、お母さんがここにしまったのかな。
埃のついた蓋を開けてみると、その中にはクレヨンで描かれた絵、千歳飴の袋、そして何かを書いた数枚のメモのようなものが入っていた。
……そうだ、思い出した。
3歳の七五三の時、私がここに千歳飴の袋を入れたんだ。
この絵は……たぶん、私が描いたもの。
そこには、お父さん、お母さん、真ん中に私……笑顔の三人の姿が描かれている。
肺炎で倒れた時に思い出した、あの時の記憶と重なる。
このメモ……平仮名で何か書いてある。
ちゃんとペンを持てなかったのかミミズが這ったような字だけど、なんて書いてあるんだろう?
ご ね ん が お わ る ま で
さ ち に き お つ け ろ
え い か お た の む
ごねんがおわる……までってどういう意味?
ごねんって五年が終わるまでということ?
5歳が終わるまでっていう意味なら、もう過ぎちゃってる。
さちにきおつけろ……サチに気を付けるってことかな?
このメモだけ、裏になにか書いてある。
数字の7をひっくり返したような、そんな記号。
えいかおたのむ……これもよくわからない。
映画? 詠歌? 英華?
たのむって、頼む……お母さんに頼まれたことのメモ?
何のメモかわからないけど……これは、絶対に捨ててはいけないもののような気がする。
机の上にあった宝物も一緒に、この中にしまっておこう。
ここにはきっと、私が小さい頃からの、物心がつく前からの思い出が詰まっているんだ。
*****
翌日。
学校に着いた私は、早速貼りだされたクラス名簿を見に行った。
私のクラスは5年3組……明川由美の名前は、そこには無かった。
「由美」
由美は、5年4組のクラス名簿を見ていた。
「おはよう、玲美。離れちゃったね……わたし達……」
「由美、私……」
「何そんな、泣きそうになってんの……。
クラスは離れていても、わたしはずっと玲美の親友だよ」
「私もっと、由美とおしゃべりしてたかった……」
「クラスが違ってもおしゃべりできるでしょ?
……やっと、目を見てくれたね」
「気付いてたの?」
「何年、玲美の親友やってると思ってんの。
わたし、玲美のこと傷つけちゃったかなって、ずっと心配してたんだから……」
「ごめんね……」
由美と話せてよかった。
胸の中にあったわだかまりが解けていくような気がした。
今にして思えば、あの言葉は私を思ってのことだったんだろうと理解できる。
吉田さんのことを詳しく知らない私には、どうしてそこまで嫌われてるのかまではわからないけど……。
同じクラスになった仲間は、琢也と順だけだった。
悠太郎は5年1組。朱音は由美と同じ5年4組。
クラスが変わっても、私達は一緒に遊ぼうと約束をしている。
そこは心配してないけど、やっぱりクラスが離れちゃうのは寂しいな……。
再び5年3組のクラス名簿を見る。
その中に、あの名前があった。
吉田恵利佳────。
「よう、玲美。同じクラスだな」
「玲美さん、今年もよろしくお願いします」
「順、それって正月にする挨拶だよ」
この二人だけでも、同じクラスで良かった。
他にも同じクラスだった子はいるけど、友達って程じゃないし。
「お前達、名簿は見たか? まずい奴がいる……」
琢也が顔を曇らせていた。
「吉田さんのこと?」
「いや、それよりも厄介だ」
「渡辺謙輔君のことですよ」
順が小声で言った。
男子の名簿の一番最後にある名前。
誰だろう……初めて聞く名前なんだけど。
「玲美さんは知りませんか?
僕達男子だけじゃなく、女子の間でもある意味有名なんですけど」
「全然知らない。その人も、吉田さんみたいに苛められてたの?」
「こいつの場合は逆だ。渡辺はとんでもない奴でな……。
一度ケンカしたことがあるんだけど……なんというか、色々と面倒な奴なんだよ」
「昔から続く、由緒ある家系の子孫らしくてですね……簡単に言うとお金持ちです」
「へー」
何だか最近、私の知らないことばかり出てくるような気がする。
人の噂話とか好きじゃないし、女子の派閥ともあまり関わってこなかったから、たぶんそのせいだと思うけど。
「学校にもいくらか寄付してるって噂ですね。俺様主義で取り巻きも多く、目を付けられると非常に厄介です。
琢也君、よくあの人とケンカして無事でしたね……」
「無事じゃねえよ。その後、あいつの仲間にフクロにされたし……」
琢也が珍しく弱気な表情を見せる。
「さすがにケガだらけで帰ったから、オフクロも心配してた。
だけど、あいつの名前を出したとたんに親父も青ざめて、結局泣き寝入りさ。
それからは俺もあいつとは関わらないように距離を取っていたんだが……」
「そういう相手です。吉田さんのこと言ってる場合じゃないですよ。
あの人は女子にとっても危険な相手ですし……」
「どういうこと?」
「狙った女子は、必ずどんな手を使っても手籠にするという噂です」
「てごめ?」
「無理やり付き合うってことです」
「何それ、最悪じゃん。由美が同じクラスじゃなくてよかったわ」
今聞いた話を全部合わせると、お金持ちで俺様主義で、ケンカっぱやくて、女たらし。
いったいどんな奴なんだ。
「そういうわけだからな。玲美、お前も渡辺には気を付けろよ」
「私は大丈夫だと思うけど? こんなチンチクリンじゃなくても、周りに綺麗な子いっぱいいるじゃん」
「自覚が無いようですが、玲美さんは女子の中でも結構可愛い方だと思いますよ」
「マジで? 順は良い子だね。今度、お姉さんがジュースをおごってあげようね」
「しゃべらなければな……」
「どういう意味だ、それ」
そんなことをしゃべっていると、ある人物の登場で、その場の全員が急に静まり返った。
「吉田さん」
久しぶりに見た彼女は、どこかやつれているようにも見えた。
「さすがに、5年生ともなると休んでるわけにはいかないんでしょうね」
「まぁ、渡辺にしても吉田にしても、俺達から関わろうとしなければいいだけの話だ。
玲美、わかったか? お前はすぐにちょっかい出しそうな気がするから、念のため釘刺しておく」
「え? う、うん……わかったよ……」
新学期は波乱の幕開けとなった。
このクラスで2年間……。私は平穏に過ごせるんだろうか……。
「日高、これで6年間ずっと同じクラスだな!」
小岩井の名前が名簿に書いてあったのを、すっかり見逃していた。
なんという腐れ縁。
どうでもいい記録が、たった今誕生したらしい。
色々あったけど、このクラスともお別れか。
クラス写真を見ながら、2年間を振り返る。
順は塾、悠太郎と朱音は部活に入ったから、全員が揃うことは前より減ったけど、それでも毎日が楽しかった。
あれから、みんなで駄菓子屋に行ったり、アスレチックのある緑山中央公園に行ったり……朱音が凄く喜んでたっけ。
机の上に並んだ私の宝物。
その中に、由美がくれた四葉のクローバーがあった。
『あの子は駄目だよ』
実をいうと、あの日以来、由美が言ったその言葉が、ずっと私の心に深く突き刺さっていた。
由美だって人の子だ。完璧な訳じゃない。
誰にでも優しい人なんているわけがない。
そんなことは、わかっているはずなのに……そう言った由美のことが怖くて、悲しかった。
クラス替えがどうなるかわからないけど、明日はちゃんと由美と話そう。
引き出しを開けると、その中に見慣れない洋菓子の箱があった。
こんなの私持ってたっけ?
しばらく外にあったものを、お母さんがここにしまったのかな。
埃のついた蓋を開けてみると、その中にはクレヨンで描かれた絵、千歳飴の袋、そして何かを書いた数枚のメモのようなものが入っていた。
……そうだ、思い出した。
3歳の七五三の時、私がここに千歳飴の袋を入れたんだ。
この絵は……たぶん、私が描いたもの。
そこには、お父さん、お母さん、真ん中に私……笑顔の三人の姿が描かれている。
肺炎で倒れた時に思い出した、あの時の記憶と重なる。
このメモ……平仮名で何か書いてある。
ちゃんとペンを持てなかったのかミミズが這ったような字だけど、なんて書いてあるんだろう?
ご ね ん が お わ る ま で
さ ち に き お つ け ろ
え い か お た の む
ごねんがおわる……までってどういう意味?
ごねんって五年が終わるまでということ?
5歳が終わるまでっていう意味なら、もう過ぎちゃってる。
さちにきおつけろ……サチに気を付けるってことかな?
このメモだけ、裏になにか書いてある。
数字の7をひっくり返したような、そんな記号。
えいかおたのむ……これもよくわからない。
映画? 詠歌? 英華?
たのむって、頼む……お母さんに頼まれたことのメモ?
何のメモかわからないけど……これは、絶対に捨ててはいけないもののような気がする。
机の上にあった宝物も一緒に、この中にしまっておこう。
ここにはきっと、私が小さい頃からの、物心がつく前からの思い出が詰まっているんだ。
*****
翌日。
学校に着いた私は、早速貼りだされたクラス名簿を見に行った。
私のクラスは5年3組……明川由美の名前は、そこには無かった。
「由美」
由美は、5年4組のクラス名簿を見ていた。
「おはよう、玲美。離れちゃったね……わたし達……」
「由美、私……」
「何そんな、泣きそうになってんの……。
クラスは離れていても、わたしはずっと玲美の親友だよ」
「私もっと、由美とおしゃべりしてたかった……」
「クラスが違ってもおしゃべりできるでしょ?
……やっと、目を見てくれたね」
「気付いてたの?」
「何年、玲美の親友やってると思ってんの。
わたし、玲美のこと傷つけちゃったかなって、ずっと心配してたんだから……」
「ごめんね……」
由美と話せてよかった。
胸の中にあったわだかまりが解けていくような気がした。
今にして思えば、あの言葉は私を思ってのことだったんだろうと理解できる。
吉田さんのことを詳しく知らない私には、どうしてそこまで嫌われてるのかまではわからないけど……。
同じクラスになった仲間は、琢也と順だけだった。
悠太郎は5年1組。朱音は由美と同じ5年4組。
クラスが変わっても、私達は一緒に遊ぼうと約束をしている。
そこは心配してないけど、やっぱりクラスが離れちゃうのは寂しいな……。
再び5年3組のクラス名簿を見る。
その中に、あの名前があった。
吉田恵利佳────。
「よう、玲美。同じクラスだな」
「玲美さん、今年もよろしくお願いします」
「順、それって正月にする挨拶だよ」
この二人だけでも、同じクラスで良かった。
他にも同じクラスだった子はいるけど、友達って程じゃないし。
「お前達、名簿は見たか? まずい奴がいる……」
琢也が顔を曇らせていた。
「吉田さんのこと?」
「いや、それよりも厄介だ」
「渡辺謙輔君のことですよ」
順が小声で言った。
男子の名簿の一番最後にある名前。
誰だろう……初めて聞く名前なんだけど。
「玲美さんは知りませんか?
僕達男子だけじゃなく、女子の間でもある意味有名なんですけど」
「全然知らない。その人も、吉田さんみたいに苛められてたの?」
「こいつの場合は逆だ。渡辺はとんでもない奴でな……。
一度ケンカしたことがあるんだけど……なんというか、色々と面倒な奴なんだよ」
「昔から続く、由緒ある家系の子孫らしくてですね……簡単に言うとお金持ちです」
「へー」
何だか最近、私の知らないことばかり出てくるような気がする。
人の噂話とか好きじゃないし、女子の派閥ともあまり関わってこなかったから、たぶんそのせいだと思うけど。
「学校にもいくらか寄付してるって噂ですね。俺様主義で取り巻きも多く、目を付けられると非常に厄介です。
琢也君、よくあの人とケンカして無事でしたね……」
「無事じゃねえよ。その後、あいつの仲間にフクロにされたし……」
琢也が珍しく弱気な表情を見せる。
「さすがにケガだらけで帰ったから、オフクロも心配してた。
だけど、あいつの名前を出したとたんに親父も青ざめて、結局泣き寝入りさ。
それからは俺もあいつとは関わらないように距離を取っていたんだが……」
「そういう相手です。吉田さんのこと言ってる場合じゃないですよ。
あの人は女子にとっても危険な相手ですし……」
「どういうこと?」
「狙った女子は、必ずどんな手を使っても手籠にするという噂です」
「てごめ?」
「無理やり付き合うってことです」
「何それ、最悪じゃん。由美が同じクラスじゃなくてよかったわ」
今聞いた話を全部合わせると、お金持ちで俺様主義で、ケンカっぱやくて、女たらし。
いったいどんな奴なんだ。
「そういうわけだからな。玲美、お前も渡辺には気を付けろよ」
「私は大丈夫だと思うけど? こんなチンチクリンじゃなくても、周りに綺麗な子いっぱいいるじゃん」
「自覚が無いようですが、玲美さんは女子の中でも結構可愛い方だと思いますよ」
「マジで? 順は良い子だね。今度、お姉さんがジュースをおごってあげようね」
「しゃべらなければな……」
「どういう意味だ、それ」
そんなことをしゃべっていると、ある人物の登場で、その場の全員が急に静まり返った。
「吉田さん」
久しぶりに見た彼女は、どこかやつれているようにも見えた。
「さすがに、5年生ともなると休んでるわけにはいかないんでしょうね」
「まぁ、渡辺にしても吉田にしても、俺達から関わろうとしなければいいだけの話だ。
玲美、わかったか? お前はすぐにちょっかい出しそうな気がするから、念のため釘刺しておく」
「え? う、うん……わかったよ……」
新学期は波乱の幕開けとなった。
このクラスで2年間……。私は平穏に過ごせるんだろうか……。
「日高、これで6年間ずっと同じクラスだな!」
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