少女が過去を取り戻すまで

tiroro

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本編

20:ミンミンゼミの行方

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 翌朝、神社に行ってみた。
 もしかしたら、今日も吉田さんが来ているかもしれない……そんな淡い期待を込めて。


 境内には誰もいない。観光客なんかもいない。
 そこにあったのは、いつもと変わらない寂れた神社の風景だった。

 もし、ここに吉田さんがいたとして、私は彼女に何を言いたかったんだろう。

 困ってることがあるならなんでも言って。
 そう言っておきながら、いざとなると何もできなかったくせに……。




「玲美ちゃん、何そんな真面目な顔で考え込んでるの?」

 官君と陽太君だ。
 二人とも神社に来てたのか。全然気が付かなかった。

「何でもないよ。二人とも、ここで何してんの?」

「セミ採り!」

「カブトムシも捕まえたい!」

 みんなセミ採り好きね……。
 陽太君、残念ながら、カブトムシはここにはいないんだよ。
 幼稚園の頃に、小岩井達と実証済みだから。


「玲美、お前も来てたのか」

「悠太郎……? あんた何してんの?」

 まさか、悠太郎までいるとは思わなかったわ。
 昨日に続いてアミと虫カゴ持ってるし。

「ミンミンゼミが諦められなくてさ……またみんなを呼ぶのもなんだし、こっそり一人で来てみた」

「こっそりって、琢也も誘えばよかったじゃん」

 必死になってセミを探して、クラス一のイケメンが何やってんだか。
 

 そういえば、みんなが吉田さんの悪口を言いあってる中、悠太郎は何も言ってなかったね。
 転校生で何も知らなかった……ってこともあったのかもしれない。
 でも、悠太郎はみんなの話に流されるようなことはなかった。

「カゴ貸して。暇だし手伝ってあげる」

 手を差し出すと、悠太郎は虫カゴを渡してきた。

「じゃあ、二人でセミ採りの続きするか。あっちの雑木林から行ってみよう」


 さっきまで色々と考えこんじゃってたけど、ただ一つだけ。
 悠太郎が吉田さんの悪口を言っていなかったことが、なぜか無性に嬉しかった。
 ……だからこれは、そのお礼。


*****


「ねえ、悠太郎」

「なに?」

「もしかして、東京が恋しくなった?」

「何でそんなこと言うんだよ」

「だって、ミンミンゼミって東京にいっぱいいたんでしょ?」

「俺がミンミンゼミを探してることと、東京のことは全然関係ないよ」

「じゃあ、なんでそんなに必死に探してるのさ」

 大きな石の上に乗って、あたりを探す悠太郎。
 神社の石に乗っちゃって罰当たらない?

「見せたかったんだよ。 れ……みんなに、こんな綺麗なセミがいるんだぞって」

 一瞬、玲美って言ったかと思って焦ったわ。
 悠太郎がそういうのを一番見せたいのって、琢也でしょ。

「琢也は、おばあちゃんちの方に行けばいるって言ってたじゃない」

「別に琢也に見せたかったわけじゃないよ」

 わけわからん。

「やっぱりいないのかな……お、ニイニイゼミだ」

 ここにきて、謎のセミの名前が出た。

「よし、捕まえたぞ。これも珍しいセミだと思う」

 カゴの中に入れられたセミは、たしかに見たことのないセミだった。
 小さいアブラゼミみたいな感じのセミ。

「綺麗ってわけじゃないけど、見たことないだろ?」

「うん、初めて見るね」

「玲美ちゃん、なにか捕まえたの?」

 いつの間にか官君達も集まってきていた。

「私じゃなくて、そこのお兄ちゃんが捕まえたんだよ。 ……なんだっけ?」

「ニイニイゼミ」

「すごい、こんなの初めて見た!」

 官君達は興味津々で虫カゴの中のセミを見ていた。


「おれ達もこの間、珍しいセミを捕まえたんだ。羽が透明の緑色で綺麗なセミ」

「それって、悠太郎の探してた……」

「ミンミンゼミか?」

「よく知ってるね、お兄ちゃん!
 玲美ちゃんに見せてあげようと思って捕まえたんだけど、死んじゃったから標本にしたんだよ!」

 ……見つからないわけだ。
 もう既に、この子達が捕まえてたのだから。
 昨日のみんなで探していた時には、もういなかったんだね。

「今からうちに来る? 見せてあげるよ」

「そうだね、せっかくだから見に行こうかな。
 悠太郎も来る? ミンミンゼミ、見たかったんでしょ?」

「そうだけど、そうじゃないというか……。まあいいか……」

 あー、自分が捕まえたかったのにとかそういうやつ?
 負けず嫌いだもんね、悠太郎は。


*****


「お邪魔しまーす」

「しまーす……」

 悠太郎、元気ないな。
 先に取られてたのがそんなに悔しかったか。

「あら? 今日は玲美ちゃん以外の子も連れてきたの?」

「神社にいたお兄ちゃん」

「伊藤悠太郎って言います。玲美とは同じクラスの友達で……」

「将来が楽しみな子ね」

 イケメン、人妻をも魅了する。

「ほら! こっちにいるんだよ、ほら!」

「陽太、理子が寝てるんだからもう少し静かにね」

「理子ちゃんが寝てるときにすみません」

「あとでジュース持っていくから、行ってあげて。
 玲美ちゃんに見せたいってずっと言ってたんだから」

「ははは……」

「モテモテだな、玲美」

 悠太郎にそれを言われるとは思わんかったわ。




「ジャーン! ミンミンゼミ!」

 陽太君に見せてもらったセミは、なんか緑って言うより黄土色っぽい色をしていた。

「これが、ミンミンゼミねえ……」

 たしかに、初めて見るような気がする。

「生きてた頃はもっと緑色だったんだよ。でも、標本にしたらこうなっちゃった」

「そうだぞ、もっと綺麗な色なんだ」

 官君に続いてなぜか力説してくる悠太郎。

「ツクツクボウシに似てるね」

 あれも緑色っぽいし、なんか似てるような気がする。

「玲美ちゃんなら、もっと喜んでくれると思ったのに……」

 やばい、なぜか陽太君が泣きそう。

「わ、わー、すごいね! 綺麗だね!」

「演技下手か……」

「うぐっ……」

 悠太郎のツッコミが胸に刺さる。

「捕まえるの大変だったでしょう? 高い所に止まるって聞いたし。よく捕まえられたね」

「お兄ちゃんが木に登って捕まえたんだ。何度も逃げられて大変だった」

 やっぱ木には登るんだ。

「本当はカブトムシを捕まえたかったんだけどね。陽太がほしがってるから」

「カブトムシなら、市民プールの奥に山あるでしょ? あそこならいるかもしれないよ」

「そうなんだ。玲美ちゃん、よく知ってるね」

「小さい頃、よく捕まえに行ってたんだ。もう5年くらい前のことだから、今はどうかわかんないけどね」

「カブトムシ捕まえたい! 玲美ちゃん、連れてって!」

 しまった、余計なこと言っちゃったか。

 あそこ、カブトムシもそうだけど、蚊がめっちゃいるんだよね……。
 できれば行きたくない。痒いのやだし。

「あそこは危ないよ」

「でも、玲美ちゃんは子供の頃行ってたんでしょ?」

 今も子供なんですけど。

「あの頃の私はおかしかったの。馬鹿だったの」

「お兄ちゃん、カブトムシ捕まえたい!」

「陽太、玲美ちゃんをあんまり困らせちゃだめだって。
 ミンミンゼミは見せられたんだし、カブトムシはいいだろ?」

「カブトムシも見せたい! 戦わせたい!」

「わーん!!」

「ほら、理子が起きて泣いちゃったじゃないか」

「こら、陽太!」

 いらんこと言うんじゃなかった……。

「玲美……これはもう連れてくしかないんじゃないか?」

「そうだね……」


 その後、三人で陽太君をなだめて何とか落ち着いた。

 セミに続いてカブトムシ……。
 この夏は、なぜか虫取りに縁があるらしい。
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