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第36話 最終決戦

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「可憐! 飛鳥!」

 うつ伏せで倒れ込む二人の元にスライディング気味に駆け込み、僕は傷ついた飛鳥を見た。次いで儚げに微笑む可憐に目を向ける。

「可憐……」

 彼女の顔を間近で見た途端、胸の中にあった罪悪感が一気に込み上げくる。

「僕は、僕はお前になんと言えッ――!?」

 これまでのことを謝罪しようと開いた僕の口を、可憐は乱暴なキスで塞いだ。

「んんっ!?」

 僕の首に両腕を回し、今は何も言わなくてもいいと熱い口づけをくれる。

 それは初めこそ力任せで乱暴なキスだったが、次第に可憐のくちびるは優しくて穏やかに、そして何処に行くあてもない口づけとなる。

 僕はあたたかくて親密な気分になっていて、これまでのキスとは異なる何かを感じ取っている。この口づけはそういうタイプの口づけだった。

「ちょっ、ちょっと! 長過ぎですっ! 早く代わるです!」

 ゆっくりと離れる可憐の頬は赤く染まっており、恥じらいから目を伏せている。

「これが魔法少女の戦いなのよ。あんたが謝ることじゃない」
「でも、僕はお前に……」

 顔を上げると可憐と目が合う。
 僕は万華鏡を覗き込んだ子供のように、瞬きもしないでじっとその瞳を見つめていた。

「勝つためなら手段を選ばないのが魔法少女なのよ。それにあんたは逃げずに助けに来てくれた、もうそれだけで十分よ」

 快活に笑った彼女は立ち上がり、ぐっとけのびをした。

「あんたも早いとこ回復しなさい。すぐに柚希の援護に向かうわよ」

 不機嫌な表情で睨みつける飛鳥に、可憐は回復を促していた。

「ボクを差し置いてボクの相棒バディと先に超回復をするなんて信じられないですっ!」
「――ちょっ!?」

 大型犬のように覆いかぶさってくる飛鳥が、力任せに僕のくちびるに吸いついた。

 息ができず窒息しかけると、「あんたいつまでやってんのよ!」可憐が飛鳥のお尻を蹴り飛ばした。

「なにをするでーすっ! 神聖な超回復を邪魔するなですっ!」
「なにが神聖な超回復よ! あんたとっくに回復してんじゃないの。このドスケベ後輩が!」
「ドドドドドスケベ後輩っ!? これは超回復なのですっ! 破廉恥な行為なのではないのですっ! 可憐先輩はバカなのでーすっ!」
「うっさい! つーかあんた後でわかってるわよね? あたしは優しいから殺しはしないけど、あそこで化け物と戦ってる柚希を見てみなさい」
「げっ、ですっ!?」

 柚希を瞥見した飛鳥の顔色が見る見る悪くなる。ぎこちない動きで立ち上がったかと思えば、そのまま可憐の背後に身を隠してしまった。

「ななななんでこっちにあんな殺気を放っているですっ!?」
「そりゃあんたが柚希の殺害リスト上位にいるからでしょ?」
「ななななんでボクが腹黒先輩の殺害リストに載ってるですっ! というか殺害リストってなんですぅ!?」
「あんた、たぶん夜戯と接触した日からずっと、柚希に監視されていたわよ」
「へへへ変態ですっ! 化け物と一緒に始末しておくべきですっ!」
「まあたしかに今回のはかなりムカつくけど、勝つためなら手段を選ばないのが姫野柚希よ。あんたも知ってるでしょ?」
「やっぱり腹黒ですっ!!」

 クラクラする頭で二人の会話を聞いていると、

「回復したのならさっさと手伝いに来たらどうなのかしら?」

 いつになく苛立った様子で声を荒げる柚希、その顔は明かに怒っていた。

「ほら、お怒りよ。死にたくなかったらご機嫌取っておくことをおすすめするけど?」
「すぐに援護に向かうですっ!」

 端正な顔つきの可憐が光る掌から長剣を取り出せば、右に倣えと飛鳥も鉄槍を取り出した。

「お先に行くですっ!」

 小さな体で鉄槍を振り回した飛鳥は、我先に柚希の援護に向かうべく透明人間と化した。

「柚希の回復もお願い!」
「わかってる!」

 僕は力強く頷いた。

「あんたがスポットで本当に良かったわ」

 長剣を構えた可憐は走り出すと同時に剣先で地面を鳴らし、柚希と飛鳥に合図を出している。それに気付いた柚希が透かさず泉華から距離を取れば、可憐は『完全なる再現』で創り出した手榴弾を勢いよく投げた。

 放物線を描くように放たれた手榴弾が泉華の頭上に落下すると、大爆発を巻き起こす。


「グゥァアアアアアアア――!?」


 砂煙舞い上がる中で、泉華の絶叫が嵐の如く鳴り響く。そこに突風のような一筋の風が吹き荒れた。

「これでも喰らうですっ!」

 透明人間と化した飛鳥の声が戦場に轟けば、泉華の左肩から噴水のように鮮血が舞い上がる。

「ざまあみろですっ!」

 泉華の肩に槍を突き刺した彼女が姿を現すと、痛みに苦しむ泉華が飛鳥を掴もうと手を伸ばす――が、すでに彼女は後方へ大きく跳んだあと。そこへ右手から回り込んだ可憐が目にも留まらぬ剣技で仕掛けた。

「いい加減観念しなさいよっ!」


「ダバジダナァッ! ガレェェエエエエン――!!」


「あんたは自分の能力を過信しすぎたのよ」

 可憐は息もつかぬ見事な連擊を繰り出している。

「すごいっ!」

 僕は戦場と化した校庭を見渡し、柚希の姿を視界に捉える。
 一人で泉華を抑え込んでいた彼女の体力も魔力も著しく低下している可能性がある。
 考えるよりも先に体は動いた。

「――――」

 可憐と飛鳥が二人がかりで泉華を抑えているその間に、僕は柚希の元へ走った。

「柚希!」
「夜戯乃くん!」

 フラつく彼女の体を抱きとめて、その蠱惑の瞳を覗き込む。

「超回復だ、柚希!」
「は、はい!」

 照れて赤くなる柚希に高揚する僕は、本日三度目となる口づけを交わす。
 重なるくちびる。
 伝わる体温。

 命懸けの戦場にも関わらず僕の興奮はMAXだった。

「やぎのくん……こにょままぁ、矢を……はなつ、てを……」
「!?」

 柚希は超回復を継続しながら敵に、泉華に矢を放つと言い出した。

「ぅ、ぅん」

 僕はクラクラする頭で返事をして、柚希の大弓に手を添える。逆の手も同様、矢を掴む彼女の手にそっと添えた。

 ピンと張り詰める弦に、添えた手がかすかに震える。
 その震えが阿吽の呼吸によってピタリと止まった時、僕たちの狙いが一つに定まった。

 そして、僕たちは同時に叫んだ。


「「いけぇぇぇぇええええええええええええええええッ――!!」」


 放たれた豪弓はレーザービームのように泉華に向かって一直線、可憐と飛鳥の二人は速やかに両側に跳躍、安全圏に離脱していた。

 矢は周囲の大気を跳ねのけるように渦を巻き、泉華の心臓に深く突き刺さると、轟音とともに巨大な体躯を貫いた。

「ああ……ぞんな、わだじが……ごのわだじが、ごんなめずぶだどもに……」

 胸に風穴を空けた泉華は、燃え上がる木炭のように赤く光っていた。
 それが次第に全身に広がりを帯びていくと、彼女の体は砂の城のように崩れはじめる。

「……」

 僕たちは泉華が灰となっていくその光景を、ただじっと眺めていた。

「……終わったのか」
「ええ、どうやらそのようね」

 敵に勝利したとはいえ、決して後味のいいものではない。
 柚希も可憐も飛鳥も、皆なんとも言えない表情をしていた。

 考えてみれば彼女も、川利音泉華も別の世界のヒーローだったのだ。
 結局のところ、ヒーローと悪党に対した違いなどないのかもしれない。
 この世界は見る者の角度によって悪にも正義にもなり得るということだ。

 いずれにせよ僕の、僕たちの一年間に及ぶ長い戦いは、こうして幕を閉じていく。

「ところでいつまでくっついているですっ!」
「そうよ、いい加減離れなさいよ!」

 鼻息の荒い二人が詰め寄ってくる。

「あっ」

 僕は慌てて柚希から身を剥がしたのだけど、

「あら、私と夜戯乃くんは恋人同士なのだから、体を密着させていてもなにも不思議ではないのよ」

 彼女はこの状況に何か文句でもあるのかしらと、平然と言い放った。
 それを聞いた二人の表情が見る見る怒りの色に包まれていく。

「それはあの怪物を倒すための偽装工作でしょっ!」
「ですっ、ですっ! 腹黒先輩は一度死んでるので全部無効です! それに先輩はボクの相棒バディなんです! お二人は他を探すべきでーす!」
「なに言ってんのよこのチビ助はっ! あんたが一番関係ないのよ」
「そんなことないのでーす!」
「とにかく今後、私の彼氏である夜戯乃くんといかがわしい行為はやめてもらえるかしら? 夜戯乃くんもわかっているわよね?」

 微笑む柚希だが、その目はまったく笑ってなどいなかった。

「ふざけんじゃないわよ! スポットなしでどうしろって言うのよ!」
「勝手なことを言うなですっ!」

 結局、三人の言い争いは僕の家に帰ってからもしばらく続けられた。

「というかなんでみんな僕の家に来るんだよ」

 一体僕の人生はこれからどうなってしまうのだろう。
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