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第30話 シェイクスピア

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「逃がすかァッ!」

 教室から飛び出した僕たちの後方で、凄まじい爆発音が絶え間なく響き渡ってくる。

「「うわぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああっっ――!?」」

 教室の壁や窓ガラスが破壊され、その残骸が廊下に飛び散っていく。

「マジかよ!?」

 足を止めることなく振り返れば、可憐がゆっくり教室から廊下に出てくる。その手には黒いマシンガン――MP5が握りしめられていた。

「あの馬鹿マジで撃ってきたぞ!? しかもマシンガンに変わってるじゃないかっ!!」
「先輩っ! いまは前だけ向いて走るですっ! 透明化発動ですっ!」

 飛鳥の透明化で姿をくらまし、僕たちは全速力で走った。

「はぁ……はぁ……」

 三分間の逃亡劇の末、僕たちは階段脇に身を隠した。

「はっ、はは反則ですっ!? な、ななななんですかあれはっ!? 魔法少女にあるまじき行いですっ!!」

 ごもっともだ。
 しかし嘆いてるだけではなにも解決しない。
 飛鳥の透明化は三分しか持たないのだ。
 しかも可憐の足音は確実にこちらに近づいて来ていた。

「し、仕方ないです。ここはとりあえず先輩だけでも逃げるですっ!」


 壁に体を押しつけて廊下を確認する飛鳥が、僕に一人で逃げろと言っている。

「バカ言えッ!」

 当然僕は怒った。

「お前だけおいて逃げれるわけないだろ! それに、いま逃げたって遅かれ早かれ殺されることには変わらない」
「でも……」
「それにお前だって言ってたじゃないか! 僕たちは運命共同体――バディなんだろ? 僕たちはどちらかが殺られた時点でゲームオーバーなんだよ。逃げるという選択肢なんて初めから僕たちにはないんだ!」
「それは、そうです……」

 とは言ったもののどうすればいい。
 相手は銃を持っている。
 それもマシンガンを手にした凶悪殺人鬼。

「とりあえずもう一度透明化を発動して時間を稼ごう」
「ダメです」
「ダメって、なんで?」
「連続使用は不可です。もう一度使うには十分間のリキャストタイムが必要なんです」

 なんだよそれ!?
 能力自体がショボいのになんでそんなルールがあるんだよ。
 それじゃあ完璧にハズレスキル的なポジションの魔法少女じゃないか。

「……っ」

 ダメだ、落ち着け。

 こんなときに年下の女の子に頼ろうだなんて僕はどうかしている。
 ここは年上の、男の僕がなんとかするくらいの気勢じゃないとダメなんだ。

 僕は思案して、ある一つの結論を出す。

「僕が囮になって可憐の注意を引き付けるから、お前はその隙に接近戦に持ち込むんだ」
「ダメです! 危険過ぎですっ!」
「それしか方法がないんだよ。わかるだろ? 僕はお前の言う通り役立たずなんだ。申し訳ないけど僕にはこんなことくらいしかできない。でもお前は違う! お前には変身ベルト特別な力がある。もしも僕が失敗したときは、僕を置いて逃げてくれて構わないから」
「なにを言ってるんですっ!?」
「いいから聞けよッ――!」

 彼女の言葉を怒鳴りつけるように遮り、僕は大事な話を続ける。

「お前は僕がいなくてもやっていけるよ。スポットはこの町に僕しかいなかったとしても、探せばどこにだっている。お前はこの世界のために絶対に必要なヒーローなんだ。僕がガキの頃に死ぬほど憧れて、なりたくてもなれなかったヒーローなんだ! だから頼む、柚希が好きだと言った、僕とお前が出会ったこの世界を守ってくれ」
「せんぱい……」

 飛鳥が何か言おうとしていたが、僕はそれを遮るように彼女の頭を胸元に抱き寄せた。

 これでいい。
 これでいいのだと自分に言い聞かせる。
 たとえ失敗したとしても。
 飛鳥さえ生き延びてくれたらそれでいい。

 力がないとかそんなことは言い訳にすらならない。女の子一人守れなくてどうする。

 それにスポットの僕が生き残ったところで役には立たない。すぐに殺されるのが落ちだ。
 だけど選ばれた魔法少女の飛鳥なら違う。
 ヒーローは生きてさえいればいつからでも、どこからでもどんでん返しを演出できるものなんだ。

 彼女が生きてさえいれば、ヒーローさえいれば必ず勝機はある。
 僕はヒーローの勝利を信じている。

「先輩っ――」

 僕は飛鳥の髪をくしゃくしゃになでて、振り返ることなく階段の脇から飛び出した。
 全力疾走する僕の前方には、マシンガンを携えた可憐が待ち構えている。

「――――ッ」

 本当はいますぐに踵を返し、背中を向けて逃げ出してしまいたい。
 そんな弱気を振り払うように、僕は唇をギュッと噛みしめた。

 怖くない、怖くなんてないんだ。
 僕には守るべきヒーローがいる。

 この腰には変身ベルトなんて大それたものは付いていないけど、大切なことは変身することではないということを、僕は大好きなヒーローたちから教わっている。

 大切なことは、僕の心がヒーローで有りたいと願うこと。

 僕はヒーローになる!

「僕が相手だ可憐っ――!」

 口蓋垂が引きちぎれんばかりの雄叫びを上げ、僕は可憐へと突っ込む。

「バカみたい……」

 嘲笑う彼女の蔑みを視界に捉えた直後、

「うわぁあああああああっ――」

 後方から悲鳴が轟いた。

「――――!?」

 僕はとっさに急ブレーキをかけ、今しがた駆け抜けて来た方角へ振り返る。

「なんでぇ!?」

 宙を舞った華奢な体躯が、窓ガラスを突き破っていた。

「あす、か……」

 窓を突き破り落ちていく飛鳥に手をのばす僕の視界の先には、見覚えのある空色の髪の女がゲラゲラと嗤っていた。

「そんなっ、そんな……」

 膝から崩れ落ちた僕を嘲笑う女が、飛鳥を追いかけて窓から身を乗り出した。

「あすかぁぁああああああああああああああああああああああああああっ――!!」

 手を伸ばした先にもう彼女はいなくて、僕は悔しくて何度も拳を床に振り下ろしていた。

 僕は選択を間違えた。
 僕が失敗したばかりに。
 僕が失敗した。失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。

「全部僕のせいだっ!」

 敵が可憐一人だけではないということを知っていたのに、どうして僕は泉華の存在を忘れてしまっていたのだ。
 飛鳥を逃がすどころか、却ってピンチに追い込んでしまった。

 飛鳥と泉華の実力差は先日の戦闘でも明らか。
 僕が飛鳥を助けなければ。

「夜戯、終わりみたいね」

 そんな僕の焦燥をかき消す声音が冷たく背後で鳴り響く。

「………」

 歩み寄る足音が前方で鳴り止むと、崩れ落ちた僕の視界に黒いブーツが映り込む。
 緊張からゴクリと喉を鳴らせば、顎先を伝った汗が床に落ちた。そいつが床で弾ければ、あっという間に体は恐怖に支配される。

 身動きが取れなくなってしまった僕に、

 「終わりよ、夜戯。……あんたの負け」

 彼女はつまらなさそうに言った。

 その声に反応するように彼女を仰ぎ見れば、そっと僕の額に黒い銃口が向けられていた。


「本気……なのか?」
「……ええ」
「ちゃんと僕の目を見て答えろよっ――!」
「……」

 僕の問いに目を逸らす可憐に対し、憤りの気持ちが内へ内へと沈みこむ。立ち上がり軽蔑の眼差しを向けるが、彼女は決して目を合わせようとしない。

「これから殺す相手のことを見たくないってかっ! 柚希の時も同じだったのかよ! 答えろよッ――!!」
「……」
「どうして柚希を殺したんだよ! どうしてお前が僕の敵なんだよ!!」
「仕方ないのよ」
「仕方ないだと? それはいまから僕を殺すことがか? 慕ってくれていた後輩を殺すことがか? それとも一年前に柚希を、親友を殺したことに対してか!?」
「……」
「一体どれが仕方のないことなんだよ? 答えろよ。マジでふざけんじゃねぇよっ――!!」

 どうしようもなく腹が立ち、眼の前の可憐に烈火の如き叱咤を乱暴にぶつけることしかできない。

 そんな僕に彼女は呟くように言った。

「文句ならあとでいいなさい。あたしは向こうの応援に行くから、あんたとはここでお別れよ」
「くっ……」

 薄情なことに、彼女はあの世で文句を言えと冷たくあしらう。

「バカにするなッ――!」

 内臓が震えるほどの激しい怒りに大声を響かせれば、

「せめて、奇跡に等しいものをお目にかけ喜んでいただきたい。公国を取り戻した私の喜びに劣らぬはずだ」

 呼吸を整えた可憐は、瞼を閉ざして奇妙な台詞を述べた。

「なんだよ、それ? どういう意味だよ?」
「シェイクスピアよ」
「……」

 こんな時にまたシェイクスピア?
 本当に何なんだよ。

「終わりにするわよ」

 床へ投げ捨てられたマシンガンが光の塵となって消えゆく。同時に可憐の右手が光りはじめ、そこから西洋の長剣が現れた。

「本気……なんだな」
「こうするのがベストなのよ。あたし達が勝つためには……あんたを殺すしかないの」

 僕に真っ直ぐ突きつけられた剣先が、わずかに震えていた。
 しかし、彼女の眸は本気だった。
 僕を殺す覚悟を決めた者の目をしていた。

「ふざけ――」

 僕が最後の抵抗と叫び声を響かせれば、突として可憐の姿が視界から消え失せる。

 直後、風が僕を吹き抜けると、脳の奥深くに痛みが走った。


「ゔぅッ……」
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