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第66話 悲しみの帰還
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「……はぁっ、はぁっ」
アーサーたちを追って文字通りハーピィの里にすっ飛んできたのだが、そこには阿鼻叫喚とした地獄絵図のような光景が広がっていた。
「なんだよ、何なんだよ……なんだよこれはァッ―――!!」
勢いよく燃あがる炎が、四方から襲いくる津波のように里を飲み込んでいく。
その中心には呆然と立ちすくむアーサーと、鬼の形相のジャンヌがいた。さらに奥には泣き叫ぶゴブゾウを、ただ無言で抱きしめているクレアの姿があった。その周囲には目を覆いたくなる残骸、唯一判断できるのはレミィの頭部くらいだった。
かける言葉が見つからず、俺はそっと天を仰いだ。頬に冷たい雨が落ちる。空も泣いていた。
「神様……僕、はじめて誰かを殺してやりたいと思ってしまいました」
「……そうか」
「僕は、人として最低なのでしょうか」
「民を失った王が平然としていたなら、俺ならそんな糞みたいな王の国、とっとと出ていく」
「……はい」
今にも消えてしまいそうな悲しい声が耳元でこだまする。
どのくらいの間、俺たちはそうしていたのだろう。ポツポツと降り始めた雨は、気がつくとバケツをひっくり返したような土砂降りへと変わっていた。
すべてを飲み込んでしまいそうな勢いで燃え広がっていた炎も、今では焦げ臭さだけを残し消えていた。
「神様、オラ……あいつを殺したいべ」
ずぶ濡れのゴブゾウが絞り出すように発した声はとても弱々しく、ゴブゾウじゃないような気がした。
「一月後、《蒼天の翼》団長エデル・デセルスと名乗った男は、そう言ったのだな」
「言ったべ」
「……そうか」
悲しみを、怒りを必死に抑え込もうとするゴブゾウがまっすぐ俺を見つめる。俺はその目を黙って見つめ返した。
「間違いなく罠だ」
俺とゴブゾウのやり取りを黙って聞いていたジャンヌは、言いづらそうに、だけどはっきり口にした。
「やつらはそれまでに様々な罠を森中に張り巡らせ、優位な待ち伏せを仕掛けてくるつもりだ」
今は怒りを鎮めて冷静になるべきだと、ジャンヌは雨音に消されぬように声を張り上げた。
彼女の言っていることは正しい。そもそもエデル・デセルスとかいうやつが指定した巨大樹は、元ゴブリン村にあるのだ。
アーサー村からゴブリン村までは徒歩で一月程掛かってしまう。となると、今から黒翼馬で村に戻ったとしても、馬に限りがある以上、一月後に指定された場所にたどり着ける戦力はわずか。
エデルとかいうずる賢い人間は、少人数でやって来た俺を一網打尽にするつもりなのだろう。あるいは、領地を賭けた神々の戦い中の神が人間に危害を加えられないことを、あらかじめトリートーンから聞かされているのかもしれない。
「オラたち森に慣れてるゴブリンなら、走れば三週間でたどり着けるべッ!」
ゴブゾウは一族総出で冒険者たちとやり合うつもりだ。今回の件を知れば、ゴブヘイ一族もゴブスケ一族も黙っていないだろう。玉砕覚悟で特攻を仕掛けるかもしれない。
それが魔物の、本来のゴブリンの戦闘スタイルなのだ。
さて、どうする。
……数は十分なのだが、問題はゴブリンたちでは戦力にならないということ。エデルの挑発に乗れば、みすみす殺されに行くようなものだ。
――だが、可能性がゼロというわけではない。
「残念だが、それを決めるのは俺ではない。お前たちが暮らす村の、国の王はアーサー・ペンドラゴンだ」
一同、アーサーへと視線を移す。
アーサーは殺された者たちに目を向け、焼け焦げた里を見渡した。
「すぐに、村に帰りましょう! やることがあります!」
その真意を問いただす者は、俺たちの中にはいなかった。
それから来た時と同じように、アーサーたちは黒翼馬に乗り、俺は神道具の飛行スキルで村を目指した。
さすがに身も心も疲弊していたので、所々で休息を取りながらも、できるだけ早く村に着くよう心がけた。
夜、村に到着すると、不安そうな表情をしたゴブリンたちと村人たちが一斉に駆け寄ってくる。帰りを待っていたようだ。
「神様、ゴブリンたちは一緒ではないので?」
村の男が不思議そうに尋ねてくるが、俺は答えることができなかった。気まずそうに顔を伏せた俺を見たゴブミちゃんは、今にも泣き出してしまいそうな顔で、ゴブゾウに詰め寄った。
「あんた、あの子たちは……無事なのよね?」
「……」
「暗いから道に迷ってしまったのかしら? 火を炊いて村の場所を教えてあげた方がいいかしら?」
必死に愛想笑いを浮かべようとするゴブミちゃんだが、強張った顔ではうまく笑顔を作れない。その表情がゴブゾウの胸をさらに締めつけた。
「………っ」
歯という歯を全部噛み砕いてしまいそうなゴブゾウに、ゴブミちゃんの不安が爆発する。
「なんで黙っているの。なんで黙っているのよッ!!」
大きな声を出して掴みかかるゴブミちゃんに、ゴブゾウは苦しそうに言葉を吐き出した。
「……すまないべ」
差し出された手には、血で汚れたミサンガ。それを見た彼女はすべてを悟り、泣き崩れた。
ゴブミちゃんの姿にゴブリンたちも理解し、皆苦しそうに顔を歪めていく。村人たちも同様の表情をしている。種族は違っても、今日まで共に暮らしてきた村の仲間がいなくなった。これほど辛いことはない。
「なんでだがや。おめぇが行ったのになんでだがやッ!」
「や、やめるじょゴブヘイ!」
悔しくて、悔しくて目に涙をいっぱいに溜め込んだゴブヘイがゴブゾウに掴みかかる。それをゴブスケが必死に止めていた。
「なんとか言うだがやッ!」
「……」
「おめぇは最強のゴブリンなんだがや。おめぇはわてらの希望なんだがや。おめぇはわてらのヒーローじゃねぇとダメなんだがや。ヒーローはちゃんと助けるもんだがやッ」
「……すまねぇべ」
崩れ落ちるゴブヘイに、ゴブゾウは言い訳一つ口にしなかった。
もしもゴブゾウが間に合っていたなら、あるいは救えたのかもしれない。けれど、間に合わなかったのだから、彼にはどうすることもできない。
「神様! 神様の力でみんなを生き返らせてほしいだがや」
「小生からもお願いするじょ。この通りだじょ!」
二匹がいつもの五体投地を繰り出すと、すかさず他のゴブリンたちも同様のポーズをとる。
「お願いします、神様!」
「なんでもいうこと聞くからお願いします」
「自分たちの寿命を分けてもいいので」
何度も、何度も頭を下げて祈りを捧げるゴブリンたちに、俺は胸が張り裂けそうだった。
「すまん。……神にも限界はある」
肉体が綺麗な状態で残っていたなら、あるいはそれも可能だったかもしれない――が、あのように切り刻まれてしまっていては、どうすることもできない。
神といえど、全知全能ではないのだ。
「どこに行く」
無言でこの場を立ち去ろうとするアーサーに、俺は問を投げ掛けた。
「王の務めを、僕が今できることをやります」
「そうか」
人は悲しみ無くして成長できないのかもしれない。
しかし、それを乗り越えた時、人は確実に強くなる。
ならば、これはアーサーにとって、この国にとって必要な試練だったのかもしれないと、俺は考えていた。
アーサー・ペンドラゴン。
彼の王としての器が試される、その時が来たのだろう。
アーサーたちを追って文字通りハーピィの里にすっ飛んできたのだが、そこには阿鼻叫喚とした地獄絵図のような光景が広がっていた。
「なんだよ、何なんだよ……なんだよこれはァッ―――!!」
勢いよく燃あがる炎が、四方から襲いくる津波のように里を飲み込んでいく。
その中心には呆然と立ちすくむアーサーと、鬼の形相のジャンヌがいた。さらに奥には泣き叫ぶゴブゾウを、ただ無言で抱きしめているクレアの姿があった。その周囲には目を覆いたくなる残骸、唯一判断できるのはレミィの頭部くらいだった。
かける言葉が見つからず、俺はそっと天を仰いだ。頬に冷たい雨が落ちる。空も泣いていた。
「神様……僕、はじめて誰かを殺してやりたいと思ってしまいました」
「……そうか」
「僕は、人として最低なのでしょうか」
「民を失った王が平然としていたなら、俺ならそんな糞みたいな王の国、とっとと出ていく」
「……はい」
今にも消えてしまいそうな悲しい声が耳元でこだまする。
どのくらいの間、俺たちはそうしていたのだろう。ポツポツと降り始めた雨は、気がつくとバケツをひっくり返したような土砂降りへと変わっていた。
すべてを飲み込んでしまいそうな勢いで燃え広がっていた炎も、今では焦げ臭さだけを残し消えていた。
「神様、オラ……あいつを殺したいべ」
ずぶ濡れのゴブゾウが絞り出すように発した声はとても弱々しく、ゴブゾウじゃないような気がした。
「一月後、《蒼天の翼》団長エデル・デセルスと名乗った男は、そう言ったのだな」
「言ったべ」
「……そうか」
悲しみを、怒りを必死に抑え込もうとするゴブゾウがまっすぐ俺を見つめる。俺はその目を黙って見つめ返した。
「間違いなく罠だ」
俺とゴブゾウのやり取りを黙って聞いていたジャンヌは、言いづらそうに、だけどはっきり口にした。
「やつらはそれまでに様々な罠を森中に張り巡らせ、優位な待ち伏せを仕掛けてくるつもりだ」
今は怒りを鎮めて冷静になるべきだと、ジャンヌは雨音に消されぬように声を張り上げた。
彼女の言っていることは正しい。そもそもエデル・デセルスとかいうやつが指定した巨大樹は、元ゴブリン村にあるのだ。
アーサー村からゴブリン村までは徒歩で一月程掛かってしまう。となると、今から黒翼馬で村に戻ったとしても、馬に限りがある以上、一月後に指定された場所にたどり着ける戦力はわずか。
エデルとかいうずる賢い人間は、少人数でやって来た俺を一網打尽にするつもりなのだろう。あるいは、領地を賭けた神々の戦い中の神が人間に危害を加えられないことを、あらかじめトリートーンから聞かされているのかもしれない。
「オラたち森に慣れてるゴブリンなら、走れば三週間でたどり着けるべッ!」
ゴブゾウは一族総出で冒険者たちとやり合うつもりだ。今回の件を知れば、ゴブヘイ一族もゴブスケ一族も黙っていないだろう。玉砕覚悟で特攻を仕掛けるかもしれない。
それが魔物の、本来のゴブリンの戦闘スタイルなのだ。
さて、どうする。
……数は十分なのだが、問題はゴブリンたちでは戦力にならないということ。エデルの挑発に乗れば、みすみす殺されに行くようなものだ。
――だが、可能性がゼロというわけではない。
「残念だが、それを決めるのは俺ではない。お前たちが暮らす村の、国の王はアーサー・ペンドラゴンだ」
一同、アーサーへと視線を移す。
アーサーは殺された者たちに目を向け、焼け焦げた里を見渡した。
「すぐに、村に帰りましょう! やることがあります!」
その真意を問いただす者は、俺たちの中にはいなかった。
それから来た時と同じように、アーサーたちは黒翼馬に乗り、俺は神道具の飛行スキルで村を目指した。
さすがに身も心も疲弊していたので、所々で休息を取りながらも、できるだけ早く村に着くよう心がけた。
夜、村に到着すると、不安そうな表情をしたゴブリンたちと村人たちが一斉に駆け寄ってくる。帰りを待っていたようだ。
「神様、ゴブリンたちは一緒ではないので?」
村の男が不思議そうに尋ねてくるが、俺は答えることができなかった。気まずそうに顔を伏せた俺を見たゴブミちゃんは、今にも泣き出してしまいそうな顔で、ゴブゾウに詰め寄った。
「あんた、あの子たちは……無事なのよね?」
「……」
「暗いから道に迷ってしまったのかしら? 火を炊いて村の場所を教えてあげた方がいいかしら?」
必死に愛想笑いを浮かべようとするゴブミちゃんだが、強張った顔ではうまく笑顔を作れない。その表情がゴブゾウの胸をさらに締めつけた。
「………っ」
歯という歯を全部噛み砕いてしまいそうなゴブゾウに、ゴブミちゃんの不安が爆発する。
「なんで黙っているの。なんで黙っているのよッ!!」
大きな声を出して掴みかかるゴブミちゃんに、ゴブゾウは苦しそうに言葉を吐き出した。
「……すまないべ」
差し出された手には、血で汚れたミサンガ。それを見た彼女はすべてを悟り、泣き崩れた。
ゴブミちゃんの姿にゴブリンたちも理解し、皆苦しそうに顔を歪めていく。村人たちも同様の表情をしている。種族は違っても、今日まで共に暮らしてきた村の仲間がいなくなった。これほど辛いことはない。
「なんでだがや。おめぇが行ったのになんでだがやッ!」
「や、やめるじょゴブヘイ!」
悔しくて、悔しくて目に涙をいっぱいに溜め込んだゴブヘイがゴブゾウに掴みかかる。それをゴブスケが必死に止めていた。
「なんとか言うだがやッ!」
「……」
「おめぇは最強のゴブリンなんだがや。おめぇはわてらの希望なんだがや。おめぇはわてらのヒーローじゃねぇとダメなんだがや。ヒーローはちゃんと助けるもんだがやッ」
「……すまねぇべ」
崩れ落ちるゴブヘイに、ゴブゾウは言い訳一つ口にしなかった。
もしもゴブゾウが間に合っていたなら、あるいは救えたのかもしれない。けれど、間に合わなかったのだから、彼にはどうすることもできない。
「神様! 神様の力でみんなを生き返らせてほしいだがや」
「小生からもお願いするじょ。この通りだじょ!」
二匹がいつもの五体投地を繰り出すと、すかさず他のゴブリンたちも同様のポーズをとる。
「お願いします、神様!」
「なんでもいうこと聞くからお願いします」
「自分たちの寿命を分けてもいいので」
何度も、何度も頭を下げて祈りを捧げるゴブリンたちに、俺は胸が張り裂けそうだった。
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肉体が綺麗な状態で残っていたなら、あるいはそれも可能だったかもしれない――が、あのように切り刻まれてしまっていては、どうすることもできない。
神といえど、全知全能ではないのだ。
「どこに行く」
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「そうか」
人は悲しみ無くして成長できないのかもしれない。
しかし、それを乗り越えた時、人は確実に強くなる。
ならば、これはアーサーにとって、この国にとって必要な試練だったのかもしれないと、俺は考えていた。
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