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第60話 冒険者たち

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 かつてゴブリン村があった辺りから北東に進んだ先に、ハーピィたちの里がある。

「ギャハハハ――こりゃたまんねぇぜぇ」

 ハーピィはその性質から地上ではなく、大樹の幹に住居を築きあげていた。
 大木と大木を繋ぐ吊橋、その縄部分にはランタンが下げられており、夜になると煌めく幻想的な空間が広がっていく。

「おい、酒はまだかよッ! 早く注げ、こののろまがァッ」
「てめぇらは腰を振る以外脳がねぇのかよ。野蛮な獣がっ」

 とある巨木の根本には、たくさんの馬が待機している。その木の幹には酒場があり、中からは賑やかな声と、すすり泣く若い女の声が聞こえてくる。

 店内には革鎧や鉄鎧を身にまとった男女が数十人いて、酒を酌み交わしている。
 談笑する者、金を賭けたカードゲームに熱中する者など、店内には冒険者と呼ばれる人間たちがドンちゃん騒ぎを繰り広げていた。

 そんな中、首輪と鎖に繋がれたハーピィたちが忙しなく店内を行き交っている。冒険者たちに振る舞う酒や食事を運んでいるのだ。中には、乱れた服装で泣き崩れる少女の姿もあった。

 ハーピィたちの顔には怯えと心労の色が窺える。

 しかしながら、その場に男のハーピィの姿は一匹も見当たらない。この場にいるのは女のハーピィだけだった。

 男の多くは冒険者に殺され、わずかに生き残った男たちは巨大な鳥籠に閉じ込められていた。

「ドガとバズが帰ってこない……?」
「ええ、逃げたハーピィの行方を追ったっきり、帰ってきていないらしいの」

 店の二階席、店内でも一番豪華な席で、大きな帽子をかぶった女が団長と呼ばれる男に話しかけている。

 長く伸びた髪を外と内に交互に巻いた女は、水晶が嵌められたロッドを携えており、見るからに魔法使いといった出で立ちだった。

 対する男の方は筋骨隆々とした男たちの中ではかなり細身な体格をしており、端正な顔立ちの美男子。若く見えるが、歳は二十代後半といったところだろう。
 軽装備であることから、身軽さを武器にしているのかもしれない。

 男は手にした杯を机に置き、ハーピィが運んできた肉にフォークを刺す。一口食べて不満そうな顔を見せ、フォークを皿へと投げつけた。

「おい待てよ」
「……はぃ」
「猪の肉はしっかり下処理してから出せっていってるだろうがァッ! こんな臭ぇ肉なんぞ食えるかッ! 豚の餌じゃねぇんだぞ、ったく」

 机に並べられた料理が床に転がる。男がすべて床にぶちまけたのだ。

「も、申し訳ありません」

 涙ながらに震える声で謝罪する少女に、男は興味なさそうに言った。

「聞き飽きた」

 ただでさえ蒼白かった少女の顔が、その一言で白く染まる。

「5秒やる。逃げろ」
「……ゆ、赦して、くださぃ」
「4ッ! さっさと自慢のはねで飛んで逃げねぇと、どうなるか分かんねぇぞぉ?」
「3ッ!」
「――――っ」

 少女は二階席から飛び降りるように羽ばたいた。

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 一階から飛び立つ少女を見上げる冒険者たちは野蛮な雄叫びを上げ、ハーピィたちは恐怖に泣き崩れていく。

「2ッ! お前ら狩りの時間だぜぇ――俺に臭ぇ肉運んできた鳥を磔てやんな」

 手摺にもたれ掛かり一階を見下ろす男が声を張り上げると、店内は一層野蛮な声に包まれる。

「おいおい、飛んでねぇで降りてきてくれよ」

 下卑た笑いを響かせ出口を防ぐ者、机に飛び乗り威嚇の咆哮を轟かせる者、それを楽しげなショーと勘違いして騒ぎ立てる者。
 無法者と呼ばれる冒険者に、少なくともここにいる冒険者の中には、まともな人間など誰一人としていなかった。

「1ッ――ゴッー!」

 男の合図と同時に女冒険者の放った鞭が少女の足首に絡まる。

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛、いや、やめてっ、おねがぃッ、あ゛ぁ゛あ゛あ゛―――」

 空中でパニックを起こし、手を、羽をバサッバサッと振り回す少女の太腿に鏃が突き刺さる。

「いやぁああああああああああああああああああああッ!!!」

 絶叫を響かせ落ちてくる少女に、冒険者たちは寄ってたかって暴行を加える。羽根はもがれ歯はへし折れ、痣だらけの顔で血反吐を吐く少女を、彼らは愉快そうに笑った。

 ピクリとも動かなくなった少女の髪を掴んで店外に連れ出すと、男は適当な巨木に杭で羽根を打ちつけた。
 幻想的で美しかったハーピィの里は、至るところに磔られた彼らの無惨な姿があった。

 彼らに逆らった者は容赦なく、甚振られる。

 店内では身を寄せ合い泣きじゃくるハーピィに、「おい、酒持ってこい」冒険者たちは何事もなかったかのように振る舞う。
 談笑、カードゲーム、数々の武勇伝を誇らしげに語り合う。

 悪魔、ハーピィたちの目には彼らはまさに悪魔のように映ったことだろう。

「で、なんだったけ?」

 席に座り、女の肩に手を回した男が話を戻す。

「ドガとバズの話だってば」
「別にいいんじゃね?」

 興味ないと杯に手をのばす男、女はそうじゃないと言い杯を取り上げる。

「そうじゃないって……?」

 不貞腐れたような目で女を見やる男に、彼女はこう切り出した。

「死んでたのよ」
「……死んでた?」
「ええ。あまりに帰りが遅いから馬の足跡をたどったらしいの。そしたら、二人の腐敗した遺体が転がっていたらしいわ」
「魔物に殺られたんだろ? この辺りはヤバいのもゴロゴロ居るらしいからな」
「それが変だったらしいのよ」
「変……?」

 怪訝な男に女は続ける。

「ドガの遺体は綺麗に心臓がえぐり取られていたの。だけどバズの方は見事に三分割に斬り捨てられていた。しかも、その場にはハーピィの羽毛も散乱していたって話よ」
「他種族がハーピィを助けた……ってことか?」
「それはない。この辺りは魔物や魔族の縄張り争いが激しいでしょ? 仮にハーピィがそこまで逃げていたとして、そこで他種族に出くわしたなら、ドガとバズの他にハーピィの死体も転がってないとおかしいわよ」
「だけどなかった……そういうことか」
「ええ」

 たしかに妙な話だなと首を傾げる。

「ワンダーランドで仕入れた情報だと、中央には人間の村があるって話でしょ?」
「そこの連中がハーピィを助けたってのか?」
「可能性はゼロじゃないと思うの」
「だが、ハーピィの連中から聞いた話だと、中央にある人間の村ってのは少数民族なんだろ? しかも年寄りばっかって話だ。そんなのにドガとバズが殺られるとは思えねぇな」
「だから変なのよ」
「あっ! たしかに変だな」

 男は女から杯を奪い返し、美味しそうにエールを流し込む。

「一度その村ってのに斥候部隊を放ってみるのもありかもな」
「一応考えておいた方がいいかもね。ひょっとしたらそこにウゥルカーヌスってのがいるかもだし」
「少数民族の神、か。無くはないな」

 ウゥルカーヌスたちの知らぬところで、トリートーンの魔の手は確実にアーサーたちを包囲しようとしていた。
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