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第52話 とある国の神
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「ゲプッ。で、まだ見つからんのか? ラスウェルよ」
とある王国の王城、王の間にて、美女を侍らす淫らな神がいた。
全身白一色の衣に身をまとった恰幅のよい神は現在、天界東の神国にて最弱と呼ばれる神ウゥルカーヌスと領地を賭けた神々の戦いの真最中である。
「現在冒険者たちを使い、全力で捜索中です、トリートーン様」
彼に傅くのはこの国の王の息子、ラスウェル王子である。
病に冒され床に伏せる父王に代わり、数百年ぶりに天界より降臨した神トリートーンをもてなしている。
「あんっ、お、おやめください、トリートーン様!」
「ア、アナタ、助けてください! いやんっ」
神トリートーンが両手に抱えるのは、ラスウェル王子の妻と実の母である。
「ぬふふふ――そうかそうか。ま、小さすぎて見つけるのも困難だからな。よいよい、気にするな。わたしも数百年ぶりの下界を楽しみたい。ゆっくりで構わん。それより、貴様の妹はまだか?」
「………ッ」
トリートーンの問いかけに、ラスウェル王子は歯を食いしばって拳を握りしめる。
「トリートーン様、その、妹はまだ……男を知らない純潔の身でして」
「そうかそうか。では神たるこのわたしに相応しい貢物ということだな。わたしは初モノが好きだからな」
「……すぐに、お連れいたします」
「――それとな、ラスウェルよ」
立ち上がり、王の間を去ろうとするラスウェル王子を呼び止めるトリートーン。
「まだ、何か?」
身を翻し、強張った表情で尋ねるラスウェルに、トリートーンはにちゃっといやらしい笑みを作る。
「あと2,30人程美女を見繕え。神は絶倫だからな――ぬふふふふ」
「……仰せのままに」
恭しく頭を下げるラスウェルが、王の間をあとにする。
そのあとを追う文官の男に向かって、彼は怒号を放った。
「まだウゥルカーヌスとかいう神は見つからんのかッ!」
「も、申し訳ありません。冒険者協会にも要請しておるのですが、何分手掛かり一つない状況で世界中を探すとなると――」
「貴様の言い訳など聞いていないッ! 報奨金を増やしてでもさっさと見つけ出せッ!」
――でなければ、あのクソ神がいつまでも我が国に居座り。我が妹を、母を、妻をッ!
「――糞の役にも立たんくせにッ!」
置物の花瓶を床に叩きつけ、物に当たるラスウェル。
「お、落ち着いてください、王子」
「落ち着けるわけないだろうがッ!」
神は例によって、個人を救うために異界から薬などの物資を持ち込んではならない(例外はある)。
神が下界で行えることは限られており、トリートーンが病に苦しむ父王を救うことはない。そもそもトリートーンにそのような治癒の力はないのだ。
彼が行えることは水を操り大洪水を防ぐことくらい。
川が氾濫する地域や、漁業が盛んな地域では大漁をもたらし、恵みの雨を降らせることのできるトリートーンはまさに神として崇められてきた。
しかし、近年ではその存在感も薄れつつある。
国が栄えれば、漁業に頼らずとも食糧事情はどうとでもなる。水路を整え確保した王都や地方都市では、雨を降らせることのできるその力はウケが悪い。
それでも、地方の農村ではトリートーンへの信仰は今でも凄まじい。
彼のお陰で畑が干上がることはないのだから当然だ。
――が、ラスウェル王子にとって、贅の限りを尽くしてもてなさなければならないトリートーンは、疫病神以外の何者でもない。その上妻を、妹を、母を、侍女たちと片っ端から閨を共にするトリートーンは、憎悪の対象でしかない。
「誰もが神を崇めると思うなよッ、トリートーン!」
怒りに震えるラスウェル王子の元に、純白のドレスに身をまとった少女が蒼い顔で駆け寄ってくる。
「お兄様――助けてください! 彼らがわたくしにトリートーン様と閨を共にしろと言うのです!」
ジェシカは兵たちを即刻打首に処すべきだと兄のラスウェルに進言するも、彼はそれをはねのける。
「お前ももう15だろ。いい加減男の扱い方の一も学んだらどうだ」
「な、何を言っているのですお兄様! 正気なのですか!」
「……ッ、お前だけではないのだ! わたしの妻も、お前の母も皆ッ! ……あの巨漢がお前を貢として求めている以上、拒否はできん」
「――い、嫌です! わたくしの初めてがあんな太ったおっさんだなんて、死んだ方がマシよ!」
つい本音を口にするジェシカ。
苦り切った表情のラスウェル王子は、妹のジェシカ姫から目をそらし、兵士たちに「連れて行け」呟くように指示を出す。
「いやよ、いやっ! 離してッ! 離しなさい、無礼者ッ!! こんなことしてただで済むと思っているの! アナタたち全員死刑よ! 死罪確定よ!!」
「お赦しを、姫……」
「神には逆らえないのです」
「いやっ、こんなの嫌よッ! お兄様、助けてお兄さまぁあああああああ―――」
ラスウェルは背を向け、やるせない気持ちを壁にぶつけた。
「赦せ、ジェシカ」
妹の叫び声に、ラスウェル王子は力無くその場に崩れ落ちた。
「すべてはトリートーンに領地を賭けた神々の戦いなる戦いを挑んだ愚かなる神ッ! ウゥルカーヌスのせいだッ! 赦さん、赦さんぞウゥルカーヌスッ! 貴様の信者を一人残らず焼き殺してくれるわァッ!!」
ラスウェル王子の怒りは顔も知らぬ神へと向けられた。
とある王国の王城、王の間にて、美女を侍らす淫らな神がいた。
全身白一色の衣に身をまとった恰幅のよい神は現在、天界東の神国にて最弱と呼ばれる神ウゥルカーヌスと領地を賭けた神々の戦いの真最中である。
「現在冒険者たちを使い、全力で捜索中です、トリートーン様」
彼に傅くのはこの国の王の息子、ラスウェル王子である。
病に冒され床に伏せる父王に代わり、数百年ぶりに天界より降臨した神トリートーンをもてなしている。
「あんっ、お、おやめください、トリートーン様!」
「ア、アナタ、助けてください! いやんっ」
神トリートーンが両手に抱えるのは、ラスウェル王子の妻と実の母である。
「ぬふふふ――そうかそうか。ま、小さすぎて見つけるのも困難だからな。よいよい、気にするな。わたしも数百年ぶりの下界を楽しみたい。ゆっくりで構わん。それより、貴様の妹はまだか?」
「………ッ」
トリートーンの問いかけに、ラスウェル王子は歯を食いしばって拳を握りしめる。
「トリートーン様、その、妹はまだ……男を知らない純潔の身でして」
「そうかそうか。では神たるこのわたしに相応しい貢物ということだな。わたしは初モノが好きだからな」
「……すぐに、お連れいたします」
「――それとな、ラスウェルよ」
立ち上がり、王の間を去ろうとするラスウェル王子を呼び止めるトリートーン。
「まだ、何か?」
身を翻し、強張った表情で尋ねるラスウェルに、トリートーンはにちゃっといやらしい笑みを作る。
「あと2,30人程美女を見繕え。神は絶倫だからな――ぬふふふふ」
「……仰せのままに」
恭しく頭を下げるラスウェルが、王の間をあとにする。
そのあとを追う文官の男に向かって、彼は怒号を放った。
「まだウゥルカーヌスとかいう神は見つからんのかッ!」
「も、申し訳ありません。冒険者協会にも要請しておるのですが、何分手掛かり一つない状況で世界中を探すとなると――」
「貴様の言い訳など聞いていないッ! 報奨金を増やしてでもさっさと見つけ出せッ!」
――でなければ、あのクソ神がいつまでも我が国に居座り。我が妹を、母を、妻をッ!
「――糞の役にも立たんくせにッ!」
置物の花瓶を床に叩きつけ、物に当たるラスウェル。
「お、落ち着いてください、王子」
「落ち着けるわけないだろうがッ!」
神は例によって、個人を救うために異界から薬などの物資を持ち込んではならない(例外はある)。
神が下界で行えることは限られており、トリートーンが病に苦しむ父王を救うことはない。そもそもトリートーンにそのような治癒の力はないのだ。
彼が行えることは水を操り大洪水を防ぐことくらい。
川が氾濫する地域や、漁業が盛んな地域では大漁をもたらし、恵みの雨を降らせることのできるトリートーンはまさに神として崇められてきた。
しかし、近年ではその存在感も薄れつつある。
国が栄えれば、漁業に頼らずとも食糧事情はどうとでもなる。水路を整え確保した王都や地方都市では、雨を降らせることのできるその力はウケが悪い。
それでも、地方の農村ではトリートーンへの信仰は今でも凄まじい。
彼のお陰で畑が干上がることはないのだから当然だ。
――が、ラスウェル王子にとって、贅の限りを尽くしてもてなさなければならないトリートーンは、疫病神以外の何者でもない。その上妻を、妹を、母を、侍女たちと片っ端から閨を共にするトリートーンは、憎悪の対象でしかない。
「誰もが神を崇めると思うなよッ、トリートーン!」
怒りに震えるラスウェル王子の元に、純白のドレスに身をまとった少女が蒼い顔で駆け寄ってくる。
「お兄様――助けてください! 彼らがわたくしにトリートーン様と閨を共にしろと言うのです!」
ジェシカは兵たちを即刻打首に処すべきだと兄のラスウェルに進言するも、彼はそれをはねのける。
「お前ももう15だろ。いい加減男の扱い方の一も学んだらどうだ」
「な、何を言っているのですお兄様! 正気なのですか!」
「……ッ、お前だけではないのだ! わたしの妻も、お前の母も皆ッ! ……あの巨漢がお前を貢として求めている以上、拒否はできん」
「――い、嫌です! わたくしの初めてがあんな太ったおっさんだなんて、死んだ方がマシよ!」
つい本音を口にするジェシカ。
苦り切った表情のラスウェル王子は、妹のジェシカ姫から目をそらし、兵士たちに「連れて行け」呟くように指示を出す。
「いやよ、いやっ! 離してッ! 離しなさい、無礼者ッ!! こんなことしてただで済むと思っているの! アナタたち全員死刑よ! 死罪確定よ!!」
「お赦しを、姫……」
「神には逆らえないのです」
「いやっ、こんなの嫌よッ! お兄様、助けてお兄さまぁあああああああ―――」
ラスウェルは背を向け、やるせない気持ちを壁にぶつけた。
「赦せ、ジェシカ」
妹の叫び声に、ラスウェル王子は力無くその場に崩れ落ちた。
「すべてはトリートーンに領地を賭けた神々の戦いなる戦いを挑んだ愚かなる神ッ! ウゥルカーヌスのせいだッ! 赦さん、赦さんぞウゥルカーヌスッ! 貴様の信者を一人残らず焼き殺してくれるわァッ!!」
ラスウェル王子の怒りは顔も知らぬ神へと向けられた。
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