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第44話 淫らな王の務め

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 翌朝、商人は昨夜の件で兵の男と揉めているようだったけど、そこはずる賢くて汚い商人。お金を包んで事無きを得たようだ。

「さて、行きますか」

 ガタガタと揺れる砂利道を、鉄の塊が走る。そのたびにお尻が痛くてたまらない。

「悲しい、場所……」
「……そうなのか?」

 鉄格子の向こう側に広がる殺風景な景色に、つい独り言をこぼしてしまった。

「あっ……うん」

 少し、恥ずかしかった。

「聞かせてくれ。オレたちの最期の旅路は、どのような風景だ」
「……何もない。枯れた、荒野、かな?」
「空は、何色だ?」
「……悲しい、蒼だよ」
「……そうか」

 それ以上は彼も言葉を発することをやめ、じっと風の声に耳をすましていた。

「――ん、何か聞こえるな」

 唐突にガウェインがそんなことをいう。
 ガウェインは視力を失った代わりに、とても耳がいい。わたしたちでは聞き逃してしまうような些細な音でさえも、彼はすべてを拾い、聞き分けることができる。

 わたしも耳をすましてみるが、何も聞こえない。

「何も聞こえない、けど……?」

 けれど、彼の耳には何かが聞こえているらしく、難しそうな顔で眉間に縦じわを刻んでいた。

「鳥……恐らく魔物の鳴き声だ」
「魔物!?」

 わたしは慌てて鉄格子から外を見渡した。

「――!? なに……あれ!?」

 鉄の荷馬車が向かうその先には、世界を分断するほど巨大な岩壁――鉱山帯が延々と続いていた。龍の背骨。前方のそれがそうなのだと、嫌でも理解してしまう。
 そしてその上空に、黒い羽を持つ巨大な何かが塊となって蠢いている。

 ブラックワイバーンの群れだ。

 蒼い空はそこだけ切り取った絵のように、嘘みたいに黒一色に塗りつぶされていた。無数の怪鳥が上空を覆い尽くしている。
 この世のものとは思えない光景に、わたしは心底寒気がした。
 あのような恐ろしい場所に、わたしたちはこれから向かおうというのだ。

「どうした、アネモネ」
「空が、空がそこだけ黒いの……。ガウェイン、わたしたち、地獄に連れてこられたみたい」

 恐怖で膝が折れた私の肩を、ガウェインは優しく抱いてくれた。



 ◆



 コネルニア大陸――東の地より西に向かってカインがアネモネたち奴隷を運んでいた頃、龍の背骨からさらに西に向かった大森林、そこにひっそりと築かれたとある小さな村では、村人とゴブリンたちが騒がしく働いていた。


「さぁ、休んでないでさっさと働くのだ!」

 俺の名は神、ウゥルカーヌス。
 理由あって現在は外界に降り立ち、村を開拓中の身。

「ウゥル様、あ~んしてください」
「あ~ん」

 魔族街ワンダーランドからしばらく振りに村に帰ってきたのだが、出て行った時とまるで何も変わっちゃいなかった。
 唯一の救いは、自宅が完成していたことだ。それがなかったら俺は今頃発狂していたことだろう。

「ちょっ、ちょっとミカエル! あんたもう交代の時間でしょ! いい加減そこ退きなさいよね!」
「ダメです!」
「な、なんでよ!?」

 物見櫓から怠け癖のあるゴブリン共を監視していると、またクレアとミカエルが醜い言い争いを始める。

「ウゥルカーヌスとイチャ……一緒にいるのは交代制のはずでしょ! 時間決めて交代制にするって言い出したのはあんたの方じゃない! 天使なら約束くらい守んなさいよね!」
「よくよく考えたんですけど、神のお世話をするのは天使たる者の務めなんですよね。それに、聞けばクレアは悪魔の血が混ざっているというじゃないですか。悪魔が神から愛されるなんて、あってはなりません! 絶対にダメなんです!」
「あっ、あたしは婚約者なのよ!」
「そんなものは無効です!」

 いつものように取っ組み合いの喧嘩を始める二人からそっとエスケープ。
 物見櫓から村を見渡す。

「さっさと住居を建設するのだ! 直に住人が増えるのだぞ! そんなチンタラしたスピードでは間に合わんだろうがッ!」

 ゴブリン共に叱咤激励を飛ばす。

「ブッ、ブラックなんだがや!」
「しょ、小生たち、もう三日寝てないんだじょ! せめて一眠りさせてほしいだじょ!」
「ダメだ、ダメだ、ダメだァッ――! 何度教えても下手くそな家しか建てられんお前らが悪い! 寝たければノルマを、まともな家を建ててからにしろ!」

 現在、村は開拓の真っ最中。
 直にやって来るだろう大切な信者を迎い入れる準備に、皆大忙し。
 建物の建設と食糧確保の狩は、基本的にゴブリンに任せている。ゴブゾウ率いる狩チームは順調なのだが、ゴブヘイとゴブスケの建設チームは最悪。

「何なのだ、あの不格好な骨組みは」

 ちょっとした風が吹いただけで消し飛んでしまいそうな家屋(?)、とすら呼べない何かが無数に建っている。
 資材の無駄だな。

「やはり、ゴブリンのステータス、器用が低いことが原因なのだろうな――どれ」

 試しにゴブヘイのステータスを確認してみる。

 名前 ゴブヘイ
 年齢 5
 種族 ゴブリン
 性別 男

 レベル 7

 HP 18/18
 MP 11/11
 筋力 14
 防御 14
 魔防 8
 敏捷 11
 器用 6
 知力 3
 幸運 1

 器用6……って、ゴミじゃん。
 さすがに低すぎる。
 これではモノ作りには向かない。

「かといって、村人たちの農作業をゴブリンたちにやらせるわけにはいかないしな」

 器用が低いということは、モノ作りはもちろん、農作物を育てることにも向いていない。そこにゴブリンの特性とでもいうべき向上心の無さが加われば、尚更モノ作りには向かない。

 少しでもゴブリンをまともな働き手に改革するためには、やはりゴブリンたちの器用を底上げするしかない。

「よいしょっ、と」

 物見櫓から下りて村を歩く。

「神様、どうか御慈悲をッ! だじょ!」
「わてら過労死してまうだがや!」
「そういうことはちゃんとしたモノを作れるようになってから言え! ――働けッ!!」

 令呪をもって命令すれば、「ウギャアアア」転げまわる二匹を見て、他のゴブリンたちは青ざめる。知性の低いゴブリンには、言って聞かせるより、体で覚えさせた方がてっとり早い。

「おお! こちらはさすがだな」
「ウゥルカーヌス様! どうですかな? 仰られたように、農地を広げております」

 こじんまりしていた村の農地を広げた結果、見渡す限りの畑が続く。

「――が、まだ狭いな」
「ええ!? こ、これで狭いんですか? お言葉を返すようですが、これ以上広げるとなると、この村の大きさでは……」

 たしかに限界がある。
 しかし、ここは誰の土地でもない大森林。場所が無いなら切り拓けばいい。

「それに、人手も足りません」
「それなら問題ない。直に増える」
「はぁ……」

 項垂れる村人たちは、何か言いたそうな顔をしていたが、俺に遠慮しているのか何も言ってこない。

「誰か、ゴブリンは役に立たねぇって神様に教えてやったほうがいいんでぇねぇが?」
「おらはやだよ。言うならおめぇが言え」
「誰がそんな罰当たりなこと言えっか!」

 とんでもない勘違いをしているようだ。

 ゴホンッ! 咳払いを一つして、不服そうな顔をした村人たちの注目を集める。

「実はだな、この村に移住したいと言っている人間がいるのだ」
「ゴブリンじゃなくて、人間なんですか!?」
「ああ、ゴブリンではなく、人間だ!」

 俺の言葉を受けた村人たちは、息を飲んだ。 
 オーケストラの演奏が終わったあと、会場が静まり返り、一呼吸置いてから一斉に拍手が鳴る。まさにそれと同じように、周囲はしんとして、それから歓喜の悲鳴が村中に響き渡る。

「「「や、やったぁあああああああああああああああ―――!!」」」

 俺の報告に村人たちは跳びはね、涙を浮かべながら抱き合っていた。
 これまで閉鎖されたこの村は、衰退の一途を辿ってきた。村の高齢化が進み、若い働き手は極わずか。出産して子供を増やすにも限界がある。村の者たちは決して口には出さなかったけど、どこかで悟っていたはずだ。

 直にこの村は滅びると……。

 だが、移住したいという人間が増えれば、働き手は増え、村は活性化する。
 死に包囲されていたこの村が、復活の狼煙を上げるのだ。

「夢じゃねぇだか! 誰か、誰かおらの頬をつねってけろ! ――い、痛ぇ!? 夢じゃねぇ! 夢じゃねぇだよ!」
「ああ、ああ、神様が御降臨なさってからというもの、この村は幸運続きだ!」
「神様ばんざーい! ばんざーい!!」

 大袈裟な連中だな。

「人手が足りないと思うけど、もうしばらくの辛抱だ。それまでしっかり頼むぞ!」
「はいです!」
「よし、みんな! 新しい村の仲間にでっけぇ畑を見せてやるぞ!」

 先程までの疲れきっていた顔が嘘みたいに、彼らは畑仕事に精を出す。
 希望こそが人の労働源なのだ。

「そのためにも、ゴブリンたちを何とかしなければ」

 俺は村人たちに別れを告げ、アーサー宅に急いだ。

「居るか、アーサー!」
「「―――!?」」

 勢いよくアーサー宅のドアを開けると、真っ昼間から二人が淫らに乳繰り合っていた。

「いいいいいきなり開けないでください! こっ、ここは僕の家ですよ!」
「ウウウゥルカーヌスよ! 神であっても王に対する礼儀は守ってもらわなければ困るっ!」
「いいから早く着ろよ!」

 アーサーはこの村の王なのだから、子作りに励むことは悪いことではない。
 むしろ、俺だってさっさと後継者を作ってもらいたいと思っている。が、その前にやってもらわねばならんことがある。

「アーサー、準備ができたら工房に来るのだ」
「えっ、ちょっと――神様!?」

 淫らな二人に背を向け、俺は一足先に工房へと向かった。
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