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第30話 親子喧嘩

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「クレア!?」
「なぜ貴方がここに居るのです!?」

 特別席の向いに位置する東口の通路から姿を現したクレアに、夜の妖精王ティターニアは驚愕に喉を震わせた。

「ど、どうやって部屋を……。見張りは何をしていたのですかッ―――!!」

 夜の妖精王ティターニアの発言からも分かる通り、やはりクレアは母親によってどこかに軟禁されていたようだ。

「ママッ――もういい加減にしてよ!」
「……クレアちゃん、ママはね、貴方が幸せになるために――」
「嘘よッ! ママはあたしが人間と付き合うことを、結婚することが赦せないのよ!」

 突然の親子喧嘩に困惑するのは俺たちだけではない。集められたダークエルフたちもほとほと困ったという風に頭を抱え込んでいく。皆どうしたらいいのか分からない、異様な雰囲気の中で親子喧嘩は繰り広げられ、白熱する。

「貴方は知らないのよ! 人間が如何に醜く、残酷で愚かな生きものであるかをッ! わたくしは親として、醜悪な人間たちから貴方を守らなければならないのッ!」
「誰もママに守ってほしいなんて言ってないじゃない! いつまでもあたしを子供扱いしないでよ!」
「親からすればどれほど成長したって子供は子供なの! なによりママは夜の妖精王ティターニアとしての使命があるの! 貴方だけじゃない、人間たちから同胞を守らなければイケないのよ!」
「人間、人間って! 人間みたいな弱い種族にダークエルフあたしたちが負けるわけないじゃない!」
「――――それは違うわッ!!」

 空気が張り裂けるような絶叫を響かせながら、夜の妖精王ティターニアが身を震わせた。

「貴方は、貴方は知らないから、人間の恐ろしさを……」

 涙を気取らせまいとするように、しかし打ち沈んだ調子でそう言った夜の妖精王ティターニアには、言葉では言い表せないほどの鬼気迫るものがあった。
 これには娘のクレアも何か思うところがあったのか、当惑の眉をひそめる。

「ママは、どうしてそこまで人間を嫌うの……?」
「………」

 夜の妖精王ティターニアは俯き、拳を握りしめたまま石のような沈黙を押し通す。
 以降、二人はすっかり押し黙ってしまった。それは変につらい沈黙だった。

「――もう、話してやってもいいのではないか?」

 凍りつくような沈黙を破ったのは、低くしゃがれた老声だった。

「……あなた」
「パパ!」

 クレアの背後、仄暗い東口の通路から現れたのは、杖をついた白髪の老人。

「あれは……」

 洒落た細身のダークスーツを着こなした老人には見覚えがある。
 数日前、クレアを神殿まで送っていったその際、テラスから俺を窺っていた老人だ。

「……ん? 今クレアのやつ、パパって言ったか?」

 会場にいるダークエルフたちが、一斉に老人へと跪いていた。

「冗談でしょ……。なんで、あんなに爺さんになってんのよ!?」

 老人を見たロキは信じられないといった様子で、驚きに目を丸くする。

「お前、あの爺さんを知っているのか?」
「あんたって本当にバカね」

 やれやれと嘆息するロキは、信じられないことを口にする。

「あれは大罪の悪魔――ベルゼブブよ!」
「え……!?」

 うそ……だろ。
 呆然と見上げた俺に、老人――ベルゼブブは目礼。
 彼の年老いた姿に俺の思考は追いつかず、一瞬停止してしまった。
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