帰ってきた勇者〜モンスターだらけの世界で俺だけ腕力値と耐久値が1ってどういうことだよ。

七色夏樹

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第18話 君ってえっちだね

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「どうやら行ったみたいだな」

 ひとまず身を隠すため、俺たちは近くの教室に飛び込んだ。廊下の様子を窺っていた龍二は、後を追ってきたゴブリンたちが通り過ぎていくのを確認していた。

 俺はというと、机に腰を下ろした狂犬みたいな女にガンをつけられていた。

「なんで邪魔するかな?」

 恨みがましそうな目で俺を睨みつけてくる。クリア寸前だったゲームを邪魔されたせいで、クリアできなかったみたいな言い草だ。

「邪魔って、あのままだと死んでたのは有栖川の方だろ」
「わたしは死なないよ? むしろ何も感じないまま死ぬ方が怖いし」
「感じない……?」
「うん。さっきはようやく夢にまでみた本物の戦いができていたから、わたしは最高の気分だったのよ。だけど全部君にぶち壊されちゃった。それと先輩を名字で呼び捨てにするの禁止。いい? 禁止だからね? これ絶対。先輩命令だからね。破ったら腕立て1000回だから」

 にししと笑った有栖川は、座った状態のまま俺の太腿に軽く蹴りを入れてきた。仲のいい友達がじゃれ合うときにするようなやつだ。よって全然痛くない。

「……」

 俺は有栖川の手に視線を落とし、リボンで縛りつけられた木刀を見る。やはりとっくに限界だったのだろう。

「あっ、ちょっと……。君って大胆だよね? すごくえっちな手付きしてるし」
「喋るな。つーかじっとしてろよ、解けないだろ」

 彼女の手を少しでも休ませようと、俺は括りつけられたリボンを解いた。リボンを解くと、ろくに握力がなかった彼女の手からは、木刀が転がり落ちた。

「……」

 不思議そうな顔で床に転がった木刀を見つめる有栖川は、「拾ってよ」甘えるような愛らしい声で言ってくる。おまけにこの上目遣いだ。そんな顔で見つめられたら、さすがの俺もドキッとしてしまう。なんたって相手はエルフのような金髪ハーフの美少女なのだ。戦闘狂という欠点がなければ、10人中10人が好きになってしまう程の容姿の持ち主。

「ったく」

 俺は少しめんどくさくそうな素振りで身をかがめ、木刀を拾う。子供みたいに足をパタパタさせる彼女の長い脚が気になり、ふと顔をそちらに向けると、短いスカートの隙間から白い布地が見えた。純白のパンツだ。

「――――!?」

 見てはいけないものを見てしまった俺は驚きに目を見開き、咄嗟に顔をそらした。
 たかがパンツを見てしまっただけ、それだけなのに鼓動はうるさいくらいに高鳴っていた。この音が聞かれているんじゃないかと思案すれば、唐辛子を食べたみたいにカッと全身が熱くなる。

 一年前の童貞な俺ならいざ知らず、今更パンチラくらいで何を焦っているのだと自分に言い聞かせ、彼女のほうに視線を向けた。

 すると彼女は全部見てたぞと言わんばかりに、にたーっといやらしい笑みを口元に浮かべていた。

「!?」

 まずい。
 完全にパンツを覗き見たと思われている。
 これでは俺のほうが変態ではないか。

「も、もう落とすなよな」

 ドキドキ高鳴る鼓動を必死に抑えつけ、平静を装い木刀を返す純木な俺に、「顔、真っ赤だね」堪えるようにクスクス笑う有栖川は、やがて堪えきれなくなったように腹を抱えて大笑い。

「おい、静かにしないとゴブリンが戻ってくるだろ!」

 教室中に響き渡る彼女の笑い声に苦言を呈す龍二の言葉も無視して、彼女は机をパチパチ叩いては大はしゃぎ。

「あっはっはははは―――」

 笑われたことで羞恥心に火がつき、俺は全身ガスバーナーで炙られる鰹のようになってしまう。顔は溶け始めた鉄のように赤かったことだろう。

「君サイコー! 凄くえっちな癖にめちゃくちゃ純なんだもん。なんか笑っちゃった」

 目尻に溜まった涙を指先でぬぐう有栖川は、目を瞠るほど可愛かった。俺が童貞だったら、この時点で完全に落ちていたことだろう。

「言っとくけど、俺はえっちじゃないからな」
「ホントに?」

 小首をかしげる有栖川は、スカートの裾をつまんでチラッと持ち上げた。思わず目で追ってしまった俺を見て、彼女はまた笑った。

「すごくえっちじゃん」
「いやいや、そんなもん誰だって見ちまうに決まってんだろ! 今のは反則! ノーカンだ! ノーカン」
「なら先輩命令、三回まわってワンって言って」
「なんでだよ」
「そしたらノーカンにしたげる」
「………」

 本当だろうなとにやつく女をジト目で見て、俺は仕方ないと覚悟を決める。
 このままスケベキャラを定着させられるのが嫌だった俺は、望み通り三回まわってワンっ――犬のように吠えてやった。

「スケベ犬のいっちょ上がりだね。わたし調教師になれたりして」
「おいっ!」

 あははは――笑う女が冗談冗談と言いながら、手のひらを上に差し出してきた。

「……なんだよ、この手は?」
「リボン、返してくれるかな? 髪、鬱陶しいから結んじゃいたいんだよね」

 そこで一旦言葉を区切った有栖川は、何か思いついたって顔で口端を持ち上げた。

「それとも、君がわたしの髪、結ってくれるのかな?」
「……」

 この女、完全に俺で遊んでやがる。

「それぐらい自分でやれ」

 彼女の手にリボンを叩き返すと、そのまま手をギュッと掴まれて強引に引き寄せられる。

「――――!?」

 咄嗟に机に手をついて体を支える俺の耳元で、彼女は色っぽく囁いた。

「わたしの下着見たこと、あの子には絶対ナイショだからね」

 有栖川は流し目で廊下を見張る龍二を見ていた。
 俺は心臓が爆発しちまうんじゃないかってくらい、ドギマギしていた。

 それからすぐに彼女から離れるように机を押し返し、俺は後ろに下がった。
 有栖川は何もなかったかのように髪を結っていた。男ウケしそうなポニーテールだった。

「そういえば君たち名前は? 君たちはわたしのこと知ってるみたいだけど、わたしは君たちのこと知らないんだけど?」

 俺と龍二は顔を見合わせ、互いにうなずいた。

「俺は向井吉野。わけあって最近まで入院していて、学校に来たのは一年振りだ」
「体弱いの? というか名字みたいな名前だね。やっぱり君、ちょっと面白いかも」
「去年事故っただけだ。名前は親が頭おかしかったんだよ」
「どんな風に?」
「いいだろ別に。つまんねぇし」
「ダメ! 言って。君のことはできるだけ知りたい気分なの」

 人を小バカにしたり挑発したり、この女は一体何なんだと思いながらも、俺は名字みたいな自分の名前の由来を説明した。

「父親の旧姓が吉野だったんだけど、父親は一人っ子な上に婿養子だったから、吉野って名前は無くなるだろ? だから母親が父親の旧姓を俺に付けたんだよ。ずっと無くならないようにって。変な親だろ?」

 口ではそう言ってあきれるように笑う俺だったけど、本当はこの名前がすごく気に入っていた。だって父さんと母さんが付けてくれた名前だ。嫌いになんてなれるわけない。

「全然変じゃないよ。素敵なお父さんとお母さんじゃん」

 俺は少しだけ小っ恥ずかしかった。
 その後、龍二もお決まりの相撲取り自己紹介をしていたが、有栖川は力士には疎かったらしい。
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