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第11話 天に放つ祈り

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 額に汗を浮かべた青白い顔のいのりが、薄っすらとこちらを見て微笑んだ。

「……よか、った」

 自分が大怪我を負ったというのに、いのりは自分のことよりも俺なんかのことを心配してくれる。

「……なんで」

 俺は崩れ落ちるように、その場で膝をついた。すると彼女の冷えた指先が、俺の血まみれの頬にすっと伸びてきた。その手はとても優しくて、俺は今にも泣き出してしまいそうだった。

「なんでこんなことしたんだよっ! お前が傷ついていたら意味ねぇだろうがァッ――」

 俺は感情を抑えきれなかった。
 助けてもらっておきながら何言ってんだよって自分で思いつつも、それでも俺なんかのために傷ついたことが許せなくて、俺は涙声で怒鳴り散らした。

「ごめ……んね」

 いのりはまた、苦しそうに微笑んだ。

「だから、なんでお前が……謝んだよ」

 謝らなきゃいけないのは俺の方だろ。俺が弱いからお前を……何がお前のヒーローになりたいだよ。畜生っ。

「ゴホッゴホッ……」
「いのり!?」
「須藤さんしっかり!?」

 いのりの背中は血で染まり、抱きかかえられた彼女が横たわる場所には血溜まりができていた。今もいのりに意識があることの方が不思議なくらいだった。

「……っ」

 このままではいのりは助からない。
 こんなモンスターまみれの世界になっていなければ、すぐに救急車を呼ぶのだが、今ではそれもできない。

「……どうすりゃ、いいんだよ」

 情けなくうなだれる俺の脳裏に、最悪の事態が過ぎってしまう。

 このまま彼女が死んでしまったら……。
 いのりの居ない世界を救う意味なんて、果たしてあるのだろうか。
 そんなもの、俺には無い。

 彼女の冷えきった手をギュッと握りしめた俺は、なりふり構わずいのりを救うと決めた。
 それでたとえ誰が犠牲になったとしても。

「絶対に助けてやるからなっ!」

 俺は立ち上がり、天を仰ぐ。
 そして――

「向井、くん?」
「よし、の……?」

 大きく息を吸った。

「おい、クソ女神ッ―――聞こえてんだろ! 今もどうせニートみたいに引きこもって見てやがんだろ! なら何とかしろ! ちったぁ女神らしいことしてみやがれっ! それができねぇつーんなら、俺はこの世界を救わねぇ。救ってなんてやるもかっ! いや――それどころかモンスターどもと一緒になってこんなクソみたいな世界ぶっ壊してやる! いいか、俺は本気だからなっ!!」

 はぁ……はぁ……。
 天に向かって大声で叫び散らした俺は、肩で息をしながら天井を睨みつけた。

『……女神を引きこもりニート呼ばわりしないでもらえますか? 罰当たりもいいところです。それに、私こう見えて忙しいんですよ? 実力実績ともに天界トップクラスなんですから。前にも言いましたよね? 私が担当している勇者は吉野だけじゃないんです。吉野はもっと私を、女神を敬うべきです。第一いのりさんと接してる時と、私とでは全然違うじゃないですか。正直私、そこのところイラッとしているんですよ? 吉野はもっと私にデレるべきです。ちなみにですけどね、他の勇者たちはそれはそれはみ~んなっ、私にゾッコンLOVEなんですから。中には成功報酬に私を嫁にしたいだの、それが無理ならせめてワンナイトだけでもと―――』
「――うるせぇわっ!」
『なっ』
「今はてめぇのくだらねぇ話なんざどうでもいいんだよ! いのりを助けろつってんだよ、ボケッ!!」
『ボッ、ボケッ!?』

 うぎゃああああああああああああああああああああああ――とんでもない雄叫びのあとに、ドスンドスンと壁に頭突きを繰り出す乱暴な音が響いてくる。

「お、おい……」
『あぁんッ? こっちが下手に出とったら調子に乗ってんやなかばい! そもそも吉野が弱かくしぇにゴブリンに突っ込むとがいけんとばい。自分のミスばなんでうちが逆ギレしゃれないかんとね? 意味がわからん。そもそもそれが女神に頼む態度と? 勇者んくしぇに礼儀も知らんとか、吉野には外道勇者ん称号ば授くるばい』
「……」

 こいつ、なんで博多弁なんだよ。
 キレたら訛るのか?
 女神は……博多出身なのか?
 そっちの方が意味わかんねぇだろ。

「お、落ち着けよ……」
『吉野に言われとうなかとです。それにいのりしゃんば助けてほしかんなら、まずちゃんと謝ってくれん。うちゃはらかいとるんやけん』
「わ、悪かったよ。さっきは動揺して言い過ぎた」
『まあ……いいでしょう』

 次の瞬間にはいつもの女神に戻っていた。
 呆気に取られる俺を不思議そうな顔で見つめる本間と、生き残った四人の生徒。

「なら早いとこいのりを助けてくれよ」
『最初に言っておきますけど、私の女神の力でいのりさんを助けることはできません』
「は? てめぇ話が違うじゃねぇかよ!」
『落ち着いてください。いくら女神といえど、さすがに遠く離れた下界に奇跡を起こすことは至難の業なんですよ。ほいそれと出来ることではありません。そんなことが可能なら、私自ら世界を救っていますよ』
「なら、どうやっていのりを助けるんだよ?」
『そうですね……』

 本当に大丈夫なのだろうかと不安に押しつぶされそうになる俺に、女神はそこの眼鏡の女の子と言った。

「眼鏡……?」

 俺は強張った顔でこちらの様子を窺っている四人に目を向けた。女神はその中の一人、黒縁眼鏡を掛けたおさげの女子生徒ならば、いのりを救えると言ったのだ。

 先程腰を抜かしていた女子生徒だ。

「……え?」

 半信半疑に思いながらも、俺は縋るような思いで女子生徒の前に立った。彼女は一歩身を引いて後退る。

「力を貸してくれ!」

 全力で頭を下げる俺に、おさげ髪の女子生徒は困惑した様子でキョロキョロと首を振る。

「わ、私ですか?」

 恐る恐るといった感じの彼女の手を掴み、俺はいのりの元まで彼女を引っ張った。

「あ、あのっ。わ、私、手当とかできないです。その……血を見るのも怖くて。だから、助けて頂いたことはとても感謝していますが……」
「ステータス!」
「え?」

 俺は彼女の言葉を遮り、言葉を投げかけた。

「いじったよな? 職業何にした?」
「あっ、あのへんてこなゲームみたいな画面のことですか?」

 俺はそうだと頷いた。

「た、たしか、【術士】の【白魔術】というやつを選びました――って、え? あれ、本気にしてるんですか?」
「さっきの俺の【水魔法】を見ただろ。それにいのりの【チャージショット】も。ただの人間にあんなこと出来ると思うか?」
「そ、それは……」
「今の俺たちは怪物たちと戦うため、一人一人が神ってのに特別な力を与えられているんだ。みんな役割があって、お前は自分で【白魔術】を選んだんだよ。頼む、お前の【白魔術】でいのりを助けてくれ! お前にしか救えねぇんだよ! この通りだ!」

 俺は深々と頭を下げた。

「何かようわからんけど、ウチからもお願いするわ。この通りや」

 本間もいのりを抱きかかえたまま頭を下げてくれる。そんな俺たちを見て、おさげ髪の彼女は少し困った表情を浮かべ、「分かりました」と言ってくれた。

「わ、私に何ができるのかわかりませんが、精いっぱいやってみます」
「ありがとう!」

 俺は彼女の手を取り、涙ながらに感謝を述べる。

「あっ、ああぁ、はっ、はい!」

 おさげ髪の彼女は、なぜか真赤な顔になってあたふたしていた。
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