第7皇子は勇者と魔王が封印された剣を手に、世界皇帝を目指します!

七色夏樹

文字の大きさ
上 下
2 / 33

第2話 独りぼっちの迷宮

しおりを挟む
「うぅんっ……?」

 意識が覚醒すると、ヨハネスは固くてわずかに熱を帯びた地面の上に横たわっていた。

「ヴァイオレット!」

 上体を起こすと同時に彼女の名前を力強く口にするヨハネスだが、反応はない。近くにヴァイオレットの姿は確認できなかった。
 どうやらはぐれてしまったようだ。

「痛っ……」

 落ちた際に不定型の粘液――スライムを踏み潰してしまっていたヨハネスは、奇跡的に一命を取り留めていた。が、強く頭を打ちつけたことには変わりなく、軽く脳震盪を引き起こしていた。

 目の前は白く霞み、目眩と吐き気で口元を押さえてしまう。

「気持ち悪い……です」

 壁を背もたれにしたヨハネスは、スライム塗れになった愛らしいダブルのフロックコートを脱いで懐中電灯をハーフパンツのポケットにしまい込み、少し気分が落ち着くのを待つことにした。

 幸いこの場所は真っ暗闇というわけではない。

 岩壁には輝石と呼ばれる魔素を含んで光る石が、壁や床や天井一面に埋まっており、青白く神秘的な光を昼夜を問わず瞬いている。

 輝石は周囲を仄かに照らし出す。それは同時にここが強力な魔素たまりであるということを示していた。

「落ちちゃいましたか、困りましたね」

 自分が落ちてきた穴を見上げて落胆するヨハネスは、穴の先が見えないことに深いため息を吐き出す。

「これはかなり厄介ですね」

 穴が空いている天井までの高さは約7メクト。
 ヨハネスの身長ではジャンプしたところで穴の入口にさえ手が届かないだろう。

 しかし、武器スキルを使えば話は別だ。
 リキャストタイムがある以上、一発で穴の反対側まで抜けなければならないという条件はあるものの、条件次第では戻ることも不可能ではない。

 問題はトンネルのような穴がどの程度の深さなのかということにある。

「本当に参ったです」と項垂れる少年。

 皇城の地下が迷宮になっているということは彼自身、幼い頃から聞かされていたことなのだが、まさかここまで深いとは予想していなかった。

「さてと、どっちらに行くですかね」

 ここが迷宮ならば、このままじっと助けを待っていても誰も来ない。
 なにより、ヨハネスはヴァイオレットのことが心配だった。

(僕なんかにヴァイオレットを助けられるのか分からないですが、それでも何もせずに居るなんてことはできないです)

 ヨハネスは周囲の岩壁に視線を巡らせると、怪訝に眉根を寄せる。

 輝石が均一に光を発していることに、底知れぬ不安を覚えはじめているのだ。
 それは言い換えるなら、それだけこの場に強い魔素が満ちているという証明でもある。

「魔素が濃いお陰で傷の治りも早いですが、これは早いところ出ないとかなりまずいです」

 濃い魔素は細胞を活性化させ、肉体の傷や疲労を通常の何倍もの速度で回復させる効果がある。

 だがその反面、魔素は強力な魔物を生み出す栄養にもなっている。

 現在ヨハネス・ランペルージュがいるこの迷宮は、さしずめ怪物の巣穴といったところだ。
 ヴァイオレットがいない以上、魔物と出くわしたなら自分で対処――戦闘を行わなければならない彼にとって、これは朗報とは言い難い。

 しかし、彼とて誇り高きエンヴリオン帝国の皇子。形はどうであれ、何れは軍を率いる立場にある。実戦経験はなくとも、アビル同様に幼い頃から鍛練を積んできた。

 剣の師範である剣聖マーベラス・グリッパーからは筋がいいと褒められたこともある。
 なにより皇城から逃げる際、ヴァイオレットが幾つかの魔具を彼に持たせてくれていた。

「役立ちそうなのは……。水のブレスレットと炎のブレスレット、それに魔弾ガンドですか」

 水のブレスレットと炎のブレスレットには特殊なエレメント魔鉱石が4つ埋め込まれており、そこに魔力を流すことで、厄介な術式や詠唱を必要とせずに魔法を行使することができる。

 魔鉱石に溜められた魔素を一度使えば、再び魔素が溜まるまでに通常4時間程かかってしまう。従って連続使用は4回までが限界である。

 すべて使ってしまった場合は、魔鉱石が色を失い使用者に一目でエネルギー切れを知らせる仕組みとなっている。
 再び全開するまでには最大で24時間を有してしまう。

「飲み水の確保などもありますから、なるべく水のブレスレットは戦闘では使いたくないですね」

 遠距離からの攻撃手段としては、やはり魔弾の使い勝手は頭一つ抜けているだろう。

 ヨハネスの右手人差し指に嵌められた指輪には、上部と左右に赤い魔鉱石が埋められている。

 連続使用回数は3回まで。
 一度使うと溜まるまでに8時間程時間を有するが、その分威力は申し分ない。

「あとは、この竜巻剣ですか……」

 少年は腰に提げた白銀の剣に視線を落とし、くもった表情を浮かべている。

(慌てていたとは言え、正直持ってくる剣を間違えてしまったです)

 剣士の力量は武器で変わるわけではないが、武器の性能によって戦況が一変するのもまた事実。特に地の利を生かした戦術を心がけるならば、状況に適した武器の選択は必須となる。

 その点で云えば、たしかに竜巻剣は地下迷宮には適さないだろう。
 理由は竜巻剣固有のスキルにある。

 武器にも魔具同様、魔法使い――魔具職人エンジニアが施した魔石が埋め込まれており、使用者は当然その力を引き出して戦闘を行う。

 竜巻剣の固有スキルはトルネード斬り。
 このスキルの特徴は、凄まじい刺突を繰り出すことにある。
 ターゲットに剣の切っ先を向けてロックし、体内に流れる魔力を魔石に流し込むことでスキルが発動する。

 これにより予め魔石にプログラムとして組み込まれていた動きを術者が自動オートで行うことになる。

 竜巻剣の場合なら、トルネードの如く回転しながら対象を貫くという具合に。
 飛翔距離は担い手の力量によって異なるが、少年の場合だと大体30メクト程だろうか。

 開けた前方に刺突する分には問題ないが、あまり距離がない真上や真横に……となるとかなり使い勝手の悪いスキルだと云える。

「咄嗟に近くにあった剣を掴んじゃいましたからね」

 けれど、泣き言ばかり言っていられる状況ではない。

 ヨハネスのために命懸けで戦闘を行ったヴァイオレットは第5皇子――アビル・ランペルージュに捕まってしまったと推測できた。
 彼女を救出するためにも、一刻も早くこの迷宮から脱出しなければならない。

 それに――

(兄上は母上を毒殺したとほのめかしました。僕は今一度アビルに会ってあれが真実だったのかどうかを確かめなければなりません。もしも本当に母上を殺害したのなら、僕は決して許しはしないです!)

「無理だと思いますが試しておきますか」

 ヨハネスは腰の竜巻剣を抜刀、真上の穴に剣を掲げる。

「穴の深さが30メクト以下ならヴァイオレットとはぐれた位置まで戻ることができるです。そこからならヴァイオレットの行方を追うことも可能なはずです」

 慎重に穴に狙いを定め、剣の切っ先を穴にロックする。

「スキル発動――トルネード斬り、です!」

 握ったグリップから体内に流れる魔力をガードの中央、魔石に流し込んでいく。すると赤銅色の粒子がブレイドを包み込むように光を放ちはじめる。さらにその輝きはヨハネスの周囲にまで広がっていく。

 このように魔素密度が濃いなかで魔力を一点に集中すると、稀に周囲に漂う魔素が引力のように引かれて反応することがある。


 これを覚醒魔狂――アラウザルハイという。


 強い魔力によって引き寄せられた魔素は、スキル使用者の体内に染み渡っていく。

 人によって体内に留めておける魔力最大限界値は異なる。魔素とはすなわち魔力の源であるからして、限界値を越える魔素を無意識に取り込んでしまえば、やがてオーバーヒートする。

 つまり覚醒魔狂アラウザルハイである。

「すごいです!」

 普段ならばヨハネスの飛翔距離は30メクト程が限界なのだが、覚醒魔狂アラウザルハイによって一時的に運動能力が爆発的に向上しているため、飛翔距離は普段の倍、60メクトは優に跳ぶ。

「あ……」

 しかしそれだけ跳んだにも関わらず、穴の向こう側に突き抜けることはない。
 あるいは連続でトルネード斬りを発動できたなら抜けることも可能だったかもしれないが、リキャストタイムがある以上それは不可能。

 武器の性能は様々だが、トルネード斬りは一度使うと3分間のリキャストタイムを必要とする。その間は武器スキルの使用が不可となる。

 そして膨れ上がった魔力を人は無意識のうちに吐き出そうとする。
 その度に、今のように通常ではあり得ない量の魔力を捻出してしまう。

 この才能の開花とも呼ぶべき現象は、一時的に肉体レベルを引き上げてくれるのだが、その分リバウンドが激しい。
 入りきらなくなった魔力を押し出そうとするあまり、押し出さなくていい魔力まで一緒に排出してしまうためだ。
 症状としては脱水症状に似ていたりする。

「うっ……ヤバいです。魔力が、調子に乗りすぎてしまったです」

 スキルを使用しただけでひどい脱力感に襲われる。これが覚醒魔狂アラウザルハイによるリバウンドである。

「魔素たまりって、こんなに嫌なものなんですか……?」

 人間を強くしてくれると同時に弱くもする。魔素たまりを好むのは大抵の場合魔物くらい。

 それが危険領域――魔素たまりである。

 だが、失った魔力も魔素たまりここでならばすぐに回復してしまうのもまた事実。

「それにしても、今ので抜けなかったとなると、これは相当深くまで落ちてしまったようですね」

 少年はどっと疲れたように肩を落とし、項垂れるように首を折った。


「どうやら歩くしかないようですね」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...