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階層
38 は'な
しおりを挟む「ああ、早くしろ。」
「ゴン、ゴト。」
「本当に見つからないですかね?」
「大丈夫だ。保証する。」
「有機物は燃やすと灰になってくれるからな。」
「本当にありがたい。」
汗だくで息を荒げながらそう答える藤森。
斜め左では、柊さんが手術器具や消毒保管機の扉を開けたり閉めたりしている。
そう、自分たちは30分ほど歩き回りようやく遺棄するのに最適な場所を見つけたのだ。
鈍い音のする遺体焼却炉の扉を引いて教祖の女を押し込む。たまたま、手術室と焼却炉が付属でついた古い部屋を運良く見つけることができた。ただ、その部屋は何年も使われていないらしく、器具は錆、蛍光灯は割れ、床には大量の資料が散らばっている。それは、まるで廃病院の面影を感じる。
自分たちは長い間水を摂取していない為脱水症状を起こしながら緊張と恐怖によって分泌されたアドレナリンを頼りに動く。
「おい、それを取ってくれ。」
藤森の指さす方向には無水エタノールの容器が数十個と固めらていた。
自分は連なったエタノール容器の一つを取り藤森に渡す。
「これじゃ足りない、いくつか持ってきてくれ。」
「あ、はい。」
藤森は手際よくエタノールを焼却炉に流し込む。顔から滴るほどの汗が流れ出ており手が小刻みに震えている。
確かに、六月に入り気温も昼頃には上昇している。それに加えて換気もろくに出来ない密室空間なら暑くなるのは必然的である。
どうやら、流し終えたのか手術室を徘徊する藤森。様子からして、何かを探しているようだ。
「無い、まずいな。」
そう、焦った顔をして辺りを挙動不審に探し回る。すると、床の虫を潰していた柊さんが立ち上がり藤森の顔をじっと見つめる。
「なんだ、?」
藤森は不安げな表情で柊さんを見る。
「いや、何を探してるのかと思って。」
「あ、いや、着火する為の火種を探していたんだ。」
「ただ、ここには火種になりそうな物はないらしい。」
そう言って呆れた顔をする藤森。体力的にも精神的にも限界を迎えているように見える。
そうすると、柊さんは、なるほどと納得したような表情をして、床に散らかった資料を突然拾い集める。
藤森は不思議そうに首を傾け柊さんの行動を目で追う。束ねた資料をぐちゃぐちゃに丸めて中央に乾いたスポンジを置き少量のエタノールをかける。一度それを机に置き、ポケットからサバイバルナイフを取り出すと近くにあったオペ用メスと上手く擦り合わせ火花を生み出した。
しかし、そう簡単に着火することができず、汗だくになりながら五分ほど苦戦した結果、見事にメラメラと燃え上がる炎が姿を見せた。
藤森はその小さな炎を慎重に焼却炉へと運ぶ。下の灰入れからゆっくりと着火し、みるみるうちに教祖の女を炎は取り巻く。
それはまるで赤や青、橙の華麗な花々に囲まれているかのようで美しいものであった。
そして、その炎を魂が抜けたように夢中に眺める三人の姿はさぞかしシュールな光景だったであろう。
ただ、三人に気力は少したりとも残されてはいなかった為、眺めることが精一杯だったのは確かである。
それからしばらくすると、花々は姿を消し白い塊がずっしりと残っていた。
藤森はその白塊を一つずつ手に取り黒いビニール袋へと移していく。何重にもしっかりと口を閉め近くのゴミ箱へ投げ捨てた。
「はぁ。」
「一つ終わったな。」
「二人ともありがとう。今はこれだけ伝えておく。」
「いや、自分のほうこそ。」
今回ばかりは柊さんも少し頭を下げる素振りをしていた。皆、一安心したのか少し気が抜けた様子である。
「ああ!」
「生き返る!」
トイレの手洗いから流れ出る水をごくごくと喉を鳴らせて飲む藤森。
自分も無我夢中で水に食らいつく。
ここまで疲労を蓄積すると水が異常なほど美味しく感じるものである。
べっとりと赤く汚れた地図は見にくくて仕方なかったが、ここまで自分たちを導いてくれた命綱でもあり、何度も感謝する。
「本当に、まさかだな。」
笑みを溢しながら低い声で囁く藤森。
「まさか、ここが例のエボルヴ消滅組織ガベラだったとはな。」
「何か知ってるんですか?」
「ああ、まだ俺も情報不足だがある程度のことなら知っているつもりだ。」
「何から聞きたい?」
そう言って神妙な面持ちで目を合わせてくる藤森。柊さんも不思議そうな顔をして耳を傾けている。
「えっと、、」
「わかった全て説明する。」
「まず、一つ目にここはガベラという宗教組織が管理している施設だ。そして、君たちも見た通り、ここは塔の中である。
しかし、ここはただの塔ではなく、四つの塔が正方形の角の位置に建てられており、中央部で融合している。
融合部は全五箇所あり、その一つがつい最近集会が開かれたところだ。
とにかく、今伝えたいのはここはとてつもなく広いということ。
そして、二つ目にここに俺たちが連れてこられた理由は、ガベラの戦力拡大のため。
しかし、軍隊などといった生易しいものではない。強制的に飼育され強制的に戦わせられるただの駒である。」
「え、!」
思わず柊さんと自分は声をあげて驚いた。
「そうだ。ということは逆らえば即処分される。日本国憲法や倫理的感覚は一切通用しない。」
「なら、なぜ政府が裏で関与しているのですか?」
「関与したくてしているわけではない。」
「脅されているんだ。」
「ガベラは尋常でないほどの威力を誇る兵器を二つ所持している。」
「一つ目は殺戮の神エリス、もう一つはサタンコアと呼ばれるエネルギー核物質だ。」
「この二つが発動すれば人類に未来はない。」
「じゃ、なぜガベラはエボルヴを消滅させようと?」
「復讐らしい。」
「復讐?」
「なんの復讐?」
「それが、俺もいまいち分からないんだ。」
「何が原因でガベラをそこまで成長させたのか。」
「ただ、この塔の中にその秘密が隠されていることは確かであり、俺はこれから先も真実を追い求めるつもりだ。」
「ということは、、、」
いくつも気になることがあるが、ふと、記憶が蘇り、一つ大きな矛盾が生まれているのに気がつく。
桜木舞香、通称mが言っていた政府はエボルヴを滅ぼすために研究を重ね、自分、いわばs級ホープのような抑止力を作り出したという発言だが、藤森が言うには政府は脅されており、ガベラに従うことしか出来ないということ。
そんなことを考えていると、巫さんがバスで話していたことが脳裏に蘇る。
mの言うこと全てを絶対に信じるなと。
「作戦守備筆頭の鬼頭が言っていた通りここは実力によって生活できる階層が変わる。」
「よって高い実力の持ち主や成績を収めたものは下の階へと降りることができる。」
「ただ、無能なものや実力の低いものは上へ上へと追いやられ食事もろくに摂れない。」
「それが真実だ。」
「え、」
「なら、最近食べたあの豪華な食事は?」
「あれは歓迎用の食事だ、ここから先あのような豪華なものは一切でない。」
「ただ、下の階に昇格すれば別だが。」
「そんな、」
「あと、お前が今手にしている地図は80層から100層まで記載されている。」
「おそらく、ここは地下深くまで階層があり、最も深いところが0階層そして、一番高いところは300層ほどまであるはずだ。」
「そんなに!」
「ああ、」
「ここから先は実力がものをいう。命が欲しければよく考えて行動することだ。」
沈黙を貫く自分たちを煽るように蛇口一杯に溢れ出る水の音が鳴り響く。
疑いたくなるような現実を突きつけられこれからの生活を危惧することしか出来ない自分であった。
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