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階層
36 謎の風
しおりを挟む手にべったりと付着した血液を見てふと思い出す。あの時の目覚ましき味覚の出現を。初めて美味しいと感じたあの瞬間を。
想像しただけでアドレナリンが分泌され気持ちが高揚し、心拍数が上がる。
ただ、もし血が自分にとっての適応食と証明されたなら、それはもはや人間を捨てたのと同じであり、今まさに自分に担がれている女と同類になってしまう。
そいった風に自分の頭の中ではもう一度口にするか否かという葛藤で張り巡らされている。
数分間沈黙が続き、気まずい空気が流れる。前方を歩く彼女が何を考えているかなど分かるはずもない。
そんな静寂の中、手に付着した血液を好奇心と煩悩に負け、ほんの少し口に入れた。すると、瞬く間に身体の隅々までエネルギーが行き渡る感覚を覚え、物凄い旨味と甘み、ほんの少しの塩味。
それに加えて、奥深く上品なコクが味覚神経を狂わせる。
あまりの美味に瞳孔が開き、薄暗かった通路が段違いに明るく感じる。
それに伴って、脳内細胞の活性化が始まり、自分はこの味に支配されていいるという事実に気がつく。そして、先程の考察が証明される。
ただ、薬物と同等、一度手を出せば抜け出すことは出来ない。
この高揚感から抜け出すことは決して出来ない。
ふと柊さんの様子が気になり歩行速度を上げた。倫理的感覚が狂っている彼女の横顔は晴れ晴れしい。
まるで、私が悪を裁いたのだと言わんばかりに。
「それ、」
「それって巫さん知ってるんですか?」
「いいえ」
「知らないです。」
目に塵が入ったのか俯き、左目を何度も擦る柊さん。
返り血が固まったことでショートカットの髪がべったりと頬に纏わりついている。
自分は太ももに垂れ流れた教祖の女の血液を等間隔で壁につける。
そう、その血液はヘンゼルとグレーテルでいうところの白い石の役割を果たす。
何があっても朝陽の元へ帰れるように、、、
「あの、一ついいですか?」
「ええ、どうぞ。」
「今は巫さんを恨んでないのですか?」
「ええ、」
「というか、元々恨んでなんかないですよ。」
「いや、でも鬱憤が溜まってるってさっき言ってたじゃないですか。」
「はい、だから鬱憤はまだ解消されていませんが恨んではないです。」
「ただ、彼女は私の鬱憤を晴らさせる気はないようですし、それによってはこれからの私の行動も変わってきますね。」
「それはどういう?」
「彼女、私と六年ぶりに再会したというのに、自分がいきなり姿を消したことも、私の父が生活を援助し続けたことに対しても何も言及してこないんですよ。」
「何もって、」
「ええ、無かったことにしてるんです。」
「ただ、私とは高校時代に仲が良かっただけ関係にして。」
「まぁ、そうなってくると私も受ける以外に答えは無いですけど。」
「受ける?」
「だってそれって宣戦布告と同じじゃないですか。」
「昨日会ったときに、こうべを垂れて謝罪と感謝を向けるなら話は変わってきていましたが。」
「どうやら、そんな様子は見受けられないですし。」
「あ、階段がありますよ。」
「あ、はい、、」
やっと階段が現れたというのに、柊さんが何を企んでいるのかという恐怖で曖昧な返答をする自分。
そう遠くない未来で巫さんの身に危険が及ぶのではないかと危惧し、冷や汗をかく。
「辞めといた方がいいですよ、、」
「その、」
「何?何ですか。」
「あ、いや何でもないです、」
通常状態の巫さんは常識人だが、それとは裏腹に彼女の心には極度のサディスト精神が眠っており、それがいつ現れるか分からない別人格を所持した彼女は、そう簡単に敵に回していい存在ではない。
ただ、典型的なダークトライアド適合者である柊花にそんな注意をしたところで無意味であると悟った自分は口を瞑る。
「ガブッ」
「痛っっって!!」
「うわ!?」
電気が走るような激痛が腕に走り思わず左に飛び上がった。そして、反射的に左肩から左腕の先までの硬化が発動し、勢い余って壁に肘を打ち付ける。
どうやら、さっき舐めた血の影響で自分の中に宿っている超人的潜在能力が無意識下で開花したらしい。
直ぐに右腕を確認すると、皮膚に小さな歯形がめりこんでおり、薄らと血液が滲み出している。
「ごめん、ごめん」
「歯が当たった!」
「え、?」
「いやいや、どう見ても意図的に噛んでるじゃないですか!」
「ちょっと、何するんですか本当に、」
「だから、当たったんだって。」
そう言って真顔で惚けた顔をし、首を傾げる柊さん。冗談ならまだしも表情一つ変える事なく不思議がっている。
「え?」
「意味がわからないです。」
「血出てないしいいじゃん。」
「いや、出てますよ。」
「ていうか、血が出てる出てないの問題じゃ、、」
「どれ?」
「ほら、」
「おー本当だ。」
「出てるね。」
「出てるねじゃないですよ、二度と辞めてくださいね。」
「じゃ佐海くんも二度と辞めてね?」
そう言って少しにやけながら見つめてくる柊さん。ただ、その目は少したりとも笑っていない。むしろ狂気じみている。
「何をですか?」
「だから、私の計画とか行動をいちいち邪魔してくるのは。」
「疑問を持ったり頭で考察するのも無し。」
「君が何を考えているかなんて表情見れば全て分かるから。」
「つまり、私がやる事に一切手出ししないで。」
「分かった?」
「え、」
「分かったかって言ってんの。」
「あ、はい。」
自分は不貞腐れたまま起き上がり、再び教祖の女の脚を持ち上げる。自分でも明らかに疲弊しているのを感じ、呆れた表情でふと左を見る。
すると、何やら自分がぶつかった壁に小さな亀裂が走り隙間が生まれていた。
妙に思い、恐る恐る隙間を右目で覗く。
そして、その隙間を覗いた瞬間眉を大袈裟に顰めた。
なんとその隙間からは想像もしないほどの風が眼球を打つのであった。
「ちょっと、柊さん?」
「何ですか?」
「ここ、覗いみてください。」
「え?」
無関心な様子で何も考えずに隙間を覗く柊さん。ただ、それも束の間彼女の表情は一変した。
「うゎああ!」
何度も瞬きをしながら、怪訝な面持ちで壁を眺めている。
「何この風?」
明らかにおかしな風量に気付かぬはずもなく、露骨に不審がる柊さん。
「え、?」
「ちょっと待って、何で?」
「ねえ、佐海くんもう一回覗いてよ。」
「えっ、あ、自分がですか、」
「うん」
この壁の奥は何があり、何故ここまでの風が吹きつけているのか自分も不思議ではあったため、言われた通りゆっくりと覗く。
顔を近づければ近づけるほどエオルス音のような音が聞こえる。
ヒュー、、、ヒュー、、
吹き付ける風は無臭で、ひんやりと涼しい。
「じゃ、見てみます。」
ゆっくり隙間に眼を近づけ開くと、小さな光が薄っすらと眼に飛び込んでくる。
それが何か確認しようと試みたがよく見えない。目を細めるなりしたが、風の影響で眼球が乾き痛みを感じた為一旦顔を引いた。
「何が見えた!?」
「いや、光しか見えませんでした。」
「光?」
「はい、」
「光か、、」
そう言って真剣に考え出す柊さん。
「光が出てるってことはこの奥に何かあるんじゃない?」
「そうなんですかね?」
「いや、でもこの分厚い壁の奥をどう確認すれば、、、」
「流石に無理だよね。」
「確信は出来ませんが、方法ならありますよ。」
「どんな方法?」
「突き抜くのです。」
「これで。」
そう言って笑顔を見せながら手を硬化し、柊さんを見下ろす。
それを理解した彼女は同じくニヤリと笑顔を作り親指を突き立てハンドサインを返すのであった。
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