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階層
28 食事
しおりを挟む「それでは皆さん手を合わせ目を瞑りましょう。」
「これより全ての死んでくれた生き物に感謝と祈りを捧げます。」
すると、白い服に赤いロングスカートを履き、目に赤い化粧をした女性がぶつぶつと唱えだす。
巫女の服に似ているがどこか違うような気もする。
皆、所々蝋燭が置かれ、赤いテーブルクロスが掛けられた長いテーブルに座り、その女性から目を離すことなく見守る。
そして、儀式が終わったのかゆっくりと目を開け、皆の方を向いて微笑む女性。
「それでは、どうぞ召し上がれ。」
食べ物と向き合い、よそ見一つすることなく必死で食らいつく。
昨日は何一つとして口にしていなかったため、皆、飢餓状態であったのだろう。
ただ、自分はもう飢餓状態には慣れていた。
というか、それが当たり前、日常的であった。
前方に座る朝陽は大きくて、噛めば肉汁が溢れ出しそうなソーセージを口に入れる瞬間、箸を滑らせ床に落とした。
「もう、最悪」
「まだ三秒経ってないよね。」
「いやいや、床には数億の雑菌がいるのですよ。」
「また同じの入れてきたらいいじゃないですか。」
「そっか、バイキングだもんね。ナイスゆめっち!」
「いえいえ。」
何故だろう凄く虚しい。
人と一緒に食事ができないことが、これほど辛いのだと人生で初めて感じた。
ただただ人が食べ物を口に入れるところを呆然と見るだけ。
自分も食べてみようとはやはり思わない。
さっきから匂いが漂ってくるだけで何度か吐き気を起こしている。
それにしても、朝陽は巫さんのことをゆめっちともうあだ名で呼んでいる。とても外交的な女子高生だ。
自分の皿を覗くと、レタスとブロッコリーが転がっており、重い溜息と共に天井を見上げる。
「綺麗なシャンデリアだよな。」
「タしゅかに、すっごい大っきいよねン。」
「わタシ、こんなシャンデリア見たことなイ。」
モゴモゴ何を喋っているのか分からない。
食べ終わってから喋れよと指摘しそうになったが、そこは食い止めた。
「朝陽、口にケチャップ付いてるぞ。」
「あ、やだ、本当だ。」
「ていうか、これうまー!」
「ねえ、ねえ、ゆめっちこれと交換してよ!」
「仕方ないですね。」
「やったー!」
自分を煽っているのではないかと思うほど目の前で幸せ顔を見せてくる。
今まであまり意識していなかった空腹というものが改めて実感させられる。
「あの功治くん。」
「一度練習で食べてみてはどうですか?」
不貞腐れている自分に気を使ったのか巫さんがホークに刺さった肉を差し出してくる。
「いや、今日はいいです。」
「また、その気になったら。」
「そうですか、今食べとかないと体動かないですよ。」
「はい、そうですね。」
自分も食べれるならどれほど食べたいかと、この苦痛は誰にも分からないと怒りを覚えた。
ただ、優しさで声を掛けてくれた巫さんに悪いと思い平静を装う。
「少しトイレに行ってきます。」
自分は立ち上がり、無心でほおばる人々の中を息を止めて進む。
人々の食器の音が響き、まるで演奏会だ。
中々食堂から抜け出せないほど広く、トイレに行くだけで一苦労であった。
ただ、外見は高級レストランのような見栄えがあり、巫さんや朝陽によると味も抜群らしい。
それに加えて、バイキング制でお酒やドリンクバーまで用意されている。
それにしても、何故ここまでの設備が整っているのだろう。
赤く薄暗いトイレに入り、美しい光沢を放つ大理石でできた洗面台に触れる。冷たい感触が伝わり気づく。
逃げちゃだめだ。
いつまでも逃げるから克服できないんだ。
何度も自分に言い聞かせるように発する。
そして、自分が何のために階層ゲームに登録したのか再認識した。
この状況は神による救いなのかもしれない。
こういったシチュエーションを作ることによって、自分を食べ物の恐怖から卒業させようとしてるのかもしれない。
そういった、こじつけではあるものの比較的ポジティブな考えを無理矢理巡らし、トイレを出た。
来た道をなぞり歩く。
人々はさっきと変わらぬ様子で黙々と食べ物を口に入れる。
そして、自分の席に目をやるとそこにはショートカットの女性が座っていた。
その女性は朝陽や巫さんと楽しそうに話しをしている。
誰か気になり、徐々に近づいていく。
視界のピントが合うと共にその女性の輪郭がはっきりした。
そこには、柊さんが座っていたのだ。
楽しそうに口角を上げて笑っている。
柊さんは朝陽や巫さんといつから知り合いだったのか気になり近づいて行く。
「あの、柊さん?」
「あ!佐海くん!」
柊さんは驚いた顔つきで上品に手を挙げた。
「あ、もしかしてここ佐海くんの席でしたか?」
「あ、いや大丈夫ですよ。」
「自分空いてる席探すんで。」
「いやいや、悪いですよ。ちょっと待っててください。」
そう言って席を立ちどこかへ走り出した。
「巫さんも、朝陽も柊さんと知り合いなのか?」
「いや、私は初対面だけどゆめっちが高校時代の知り合いだったらしくて。」
「そうなんですか、巫さん。」
「ええ、花ちゃんとは当時親友でした。」
「高校卒業してから一度も連絡取って無かったですけど。」
「あ、そうだったんですね。」
「とういうかなんで功治が花さん知ってるの?」
朝陽が不審な目つきで自分を見上げる。
「柊さんとは、ここで目を覚ました時に同じ部屋だったんだよ。」
「それで?」
「いや、それだけだよ、」
「本当に?」
「凄い仲良さそうだったけど。」
「いやそんな、普通だって」
頬を膨らませ拗ねた態度を取る朝陽。
すると、そこに椅子を持った柊さんが走ってきたのだ。
「いや本当に満員で、空いてる席探すのに一苦労でした。」
服で汗を拭うふりをし大きく深呼吸する柊さん。
「にしても、この食堂凄く大っきいですよね。それに、高級レストランみたいな雰囲気があって凄くオシャレじゃないですか?」
「確かに外見も凄いですけど、料理は格別ですよ。」
巫さんがロブスターのテルミドールをホークとナイフで手際よく切り分けながら話す。
「私、今から料理取りに行くから花さんも一緒に行こうよ!」
「いいんですか?」
「もちろん!ほら、あの端のところにフォアグラステーキがあるの」
朝陽は柊さんの手を引いて赤い絨毯の上を歩いていく。
皆、さっきより一段と盛り上がってきており、騒ぎ声が鳴り響く。
「というか巫さんそんなに飲んで大丈夫ですか?」
「ええ、私お酒に強いんです。」
そう言いながらウイスキーやらワインやらをこれでもかと飲み干す。
いくら酒豪だとはいえ飲み過ぎではないかと心配になる。
「功治くん、人は何度も努力や練習を重ね成長していくものですよ。」
「自分は味覚異常だからと諦めてばかりではいつまで経っても克服できないままです。」
「私はあなたの体が心配です。」
それだけの酒を飲む巫さんがその台詞を言うかと指摘しそうになったが辞めておいた。
「大丈夫ですよ、ほら自分食べてないのに痩せないんです。」
「確かに、功治くん食べてないのに痩せ細らないですよね。」
「どうなってるのだろう。」
神妙な面持ちで真剣に考え出す巫さん。
「まあ、とにかく一度食べないと始まりませんよ。」
「さあ、ほら」
そう言って、自分の皿に添えられたローストビーフをホークで突き刺し自分に差し出した。
幼い頃から悩まされて続けた、食べ物に対する恐怖に終止符を打ちたいという一心で自棄になり勢いでローストビーフにかぶりつく。
その瞬間、バスの中で味わった吐き気と不快が身体を襲う。不味くて不味くて仕方ない。ただ、飲み込むことだけに意識を移し噛むことなく飲み込んだ。
それから数十秒で体がポカポカと温かくなり頭の霧が晴れていく。
そして、手首についていた掻きむしった跡が見る見る消えていく。
ネガティブな思考が消え去り、物凄い高揚感と安心感が身体を満たしていく。
「さあ、功治くん」
「あなたは今覚醒状態に入りました。」
「その状態で食べ物を食べたことはありますか?」
「いや、ないです。」
「なら、試してみましょう。」
「蛹を破り羽化した蝶が花の蜜を食した時どう感じるのか考えたことはありますか?」
「今まで葉しか食べてこなかった幼虫が成虫へと変わり花の蜜を味わうその瞬間。」
「今まで見てきた世界が一変するような感覚。」
「その瞬間を是非私に見せてください、功治くん」
巫さんは珍しい珍獣を見つけたかのように目を輝かせ自分を見ている。
「じゃ、食べてみます。」
今まで一度も挑戦した事がない。
食べ物を口に入れると直ぐに吐き出していた自分がとうとう二口目を入れる時が来たとは。
待ち望んでいた瞬間でもあり、最も恐れていた瞬間でもあった。
「さあ、ほら早く」
巫さんが隣で焦らしてくる。
これで自分も皆と同じように食卓を囲み、同じように食べ物を味わい、同じように笑い合えるのかもしれない。
これまで、ずっと逃げ続けて来た局面についに決着をつける。
「巫さん、もうやります。」
「ここでけじめをつけないと一生引きずる気がするから。」
「そうです、功治くんなら大丈夫です。」
「では、いただきます。」
大きく口を開けてローストビーフを詰め込んだ。
身体は何の変化も起こらない。
そして、ゆっくりと息をし、噛み砕いた。
「おっ」
巫さんが目と口を開けて期待した様子でその瞬間を見届ける。
これで、自分の人生が変わるかもしれない。
今まで悩まされて来た苦痛から解放されるかもしれない。
そんな希望や緊張が入り乱れ、気合いで肉を粉砕した。
「おっ」
「おえー、、、」
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