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階層ゲーム前
3 性質と廃墟
しおりを挟む自分の住んでいるアパートの近くはラーメン屋が多い。いつもその前を通る時は息を止める。今日もいつものように通り過ぎる度に息を止めた。
間違って少しでも匂いを嗅ぐと肉の味を思い出し吐き気がする。
「あなたの好きな食べ物は何?」
昔からこの質問があまり好きではない。 自分に好きな食べ物など存在しないのだ。
人は美味しい食べ物を満足いくまで食べることが幸福の一つであり、精神を安定させると人々は口を揃えて言う。
子供から年寄りまで美味しい物を食べると笑顔になる。
人々は美味しい物を求めてお金も時間も費やし遠いところまで行く。
これまでの24年間その感覚が少しも分かったことはない。
幼い頃、「与えられた食べ物を一口も食べないなんて罰当たりだ」
「この世界には食べたくても食べれない人が大勢いるんだぞ」
「贅沢なガキだ」
「大人になって苦労するよ」などと耳にたこができるほど食べ物の大切さを聞かされた。
6歳の時のクリスマスに[食べ物を美味しいと思える体にして下さい。]と紙に書き、窓に貼って寝た。朝目覚めるとすぐさま冷蔵庫に走った。冷蔵庫を開け、昨日家族でパーティーをした時に余ったケーキを取り出し、口いっぱいに頬張った。
ケーキのクリームが舌に当たる。
その瞬間驚きのあまり身震いし、洗面台に走る。口に入っていた物を全て洗い流し、絶望に打ちひしがれその場に座り込む。
何一つとしてこれまでと変わっていない。
それを見ていた両親が、慈悲の心から用意していたトリケラトプスの動くおもちゃを見せ、「別のものが届いていたよ!」と気を紛らわせようと必死だった。
その当時、両親が自分に落ち込まないよう気を遣ってくるのが嫌だった。だからわざとトリケラトプスで遊び、忘れたふりをした。
それからというもの、クリスマスに欲しいものを書いて窓に貼ることは無くなった。それでも12歳のクリスマスまでは、相変わらず望んでもいないプレゼントが窓の外に置いてあるのであった。
とくに、動物だけはどんなに加工しても駄目だ。体が拒絶反応を起こす。幼い頃に病院に連れて行かれ特殊型の超味覚であると言われた。医師は成長とともに治るのを待つしかないと言うだけだった。
確かに、どれだけ砂糖や塩で加工しようが動物が使われているものはすぐにわかる。動物特有の生臭さが舌を刺激するからだ。食べ物一つ一つの味が感じ過ぎてしまうという言葉が自分の症状に一番合っている気がする。だから、自分の体はほとんどサプリと薬でできていると言っても過言ではない。食べてないのだ生き物を。食べず嫌いじゃない。一般人が食べているであろう食品はほとんど口にした、でも完食できたものは何一つとしてない。
<だから?> <味覚が治ってほしい?>
<一般人のように毎日生き物を食べたいのか?>
<正常に味覚が機能すれば、快く食べるのか?>
<・・・>
<いや、違う。> <ずっと味覚のせいにしていたんだ。> <味覚のせいにして、自分は普通だと思いたかったんだ。> <普通じゃない。> <味覚は二の次だ。>
そう、味覚というよりも、むしろ生き物を食べること自体に酷く不快感を感じているのだ。生き物の死骸を体に入れるという事が汚らわしくて仕方ないのだ。
生き物の死骸を飲み込んだ時のあの気持ち悪さ、まるでみみずが喉を暴れるような感覚を覚える。
だから、このままでいい。味覚が治ればとうとう自分の言い訳が無くなってしまう。味覚異常だから食えないのだ、と自分に言い聞かせられる方がよっぽどましだとつい最近までは考えていた。
でも、それが甘えなのかもしれない。今まで何度も説教はされたが、無理矢理食べさせられたことはない。食べないと死ぬ環境に置かれたこともない。ずっとサプリに頼って逃げてきたんだ。
このままでは駄目だと思い始めてる。
それが、階級ゲームに参加することを決めた原因の一つでもある。
食べないと死ぬ環境に置かれたら自分はどうするのか。自分自身を知りたかった。
しばらく歩いていると、煌びやかに咲く多彩な色を持った紫陽花たちが高台の公園からこちらを覗いているのを見つけた。この公園の奥に穴場がある。騒がしい学生達が来ない長閑な場所だ。
この公園はとても不思議な形状をしている。廃墟化して長い間経過したと思われる古い学校が中央にあり、それを隠すように周りに背の高い木が密集して植えられているのだ。外の公園からその廃墟はどうやっても見えない。しかし、一つだけ抜け道がある。何故、廃墟を撤去しないのか知る由もないが、ここは自分にとって憩いの場となっていた。
公園の外れに井戸のようなものがある。井戸に覆い被さった重い蓋を開け、設置されているハシゴで下に降りると自分の背丈より少し小さいトンネルが現れる。暗くてほとんど見えない中を感覚で歩き進んでいると地のアスファルトが土に変わり、屈まなければ通れないほどの狭さの中に長い草が密集している。その土とアスファルトの間に古い箱があり、その中に大きなランプが入っている。それを照らしながら、草を掻き分け中に入ると静寂で朽ち果てた廃墟の中央部にある部屋の床に出ることができる。ハシゴを使いトンネルから床へと上がる。取り外し可能な床から顔を出すと汚れた黒板が自分を見下ろしており、扉の方に目をやると2年3組と書いてあるクラス札が今にも落ちかけている。
いつものように、貼りっぱなしの掲示板や習字の作品を眺める。自由に書いて良かったのか、人それぞれ書いている漢字が違う。そして、その中に見本ではないかと思わせるほど一際綺麗な[遊猟]と書かれた作品にいつも魅了される。[沼座江中学 二年三組27番 松坂里帆]何故この子がこの字を選んだのかいつも気になるがそれを知る日はおそらく来ないだろう。
乱雑に散らかった椅子に座ると、ふと記憶が蘇った。
狐のように鋭く、光輝く琥珀色の虹彩。
その中で闇に包まれ孤立している瞳孔。
ツンと鼻筋の通った高く小さい鼻。
小さな唇から顕れる整った歯。
小さく尖った顎。
絹糸のように艶やかな黒髪。
全てを見透かしているかのようにじっと自分を見ている。
不意にmの顔が鮮明に思い出された。
「そういえばmはいつも笑っていたな」
その教室には外から鍵がかけられていて今まで他の教室を見ることはできなかった。でも、今日は特別に気になった。
力を入れて扉を引いてみたがびくともしない。おそらく扉と窓の外側に南京錠が取り付けられているのだろう。誰も見てない。無音の部屋。もうここには来ないようなそんな気持ちになり、自分は決心した。
「すぅぅぅ、、ふぅぅぅ」
深呼吸をして椅子を持ち上げる。そのまま大きく振り遠心力を利用して自分の最大の力で窓に向かって投げる。
「ゴン」「ガシャン」
自分は口開けたまま顔をしかめた。
昔から運動や筋トレなどの自分磨きが好きで趣味で毎日体を動かすようにはしていた。それに、何故かプロテインパウダーは自分の変わった味覚にも合うのだ。
そういったことで体力、筋力には自信があった。
それにも関わらず、窓に当たった椅子は跳ね返り、金属の部分がぐにゃりと曲がっていた。
「どういうことだ、、、」
慎重に窓に近づき、手を触れた。しかし、さっき当たった部分は傷一つ付いていなかった。
少し叩いてみる。「ゴンゴン」「ゴンゴン」
窓というより壁を叩いているような音がする。明らかにおかしい。この窓の分厚さと強度からして、強化ガラスや防弾ガラスの類いに違いない。しかし、なぜ中学に強化ガラスを取り付ける必要があるのか。それに窓には外側に曇りフィルムが貼られており教室の廊下側を見ることはできない。
そう考えていると、一つ忘れていたことがあった。
この教室窓がない。
廊下側の窓はあるものの、外と繋がる窓が一つもないのだ。だが、よく見ると換気扇と蛍光灯は備わっていた。そういえば、初めてここを見つけた時は暗くてどこかよく分からなかったが、あの大きなランプを見つけてからは薄暗くはあるもののよく見える。「しかし、何故この部屋に繋がるトンネルを作ったんだ、、、」「まあいい」「扉も確認してみるか、」
木の木目があり、見た限りでは木製だと思われる。窪みがあり、引き戸の取ってのような物が付いている。さっきこの取ってを触った時は木の素材の感触だった。
「ん?」
「これは、」
取ってではなく扉自体を触ると、それは明らかに木製ではなかった。冷たく固い。
金属の感触。すぐさま後ろのランプを取りに行き、扉に照らす。やはり、外見は木製にしか見えない。しかし、指で叩くと金属特有の音がする。取っては後から金属の扉に付属で取り付けられたものだった。それに壁からは、砕けたセメントの奥に金属らしき物が見えた。疑問が次々と浮かぶ。嫌な予感がした。何故ここまでこの教室は強化されている。
壁は金属にセメント、外側に窓は無く、廊下側の窓は分厚い強化ガラス、それに、扉は金属製。中学校の教室にしてはあまりに頑丈過ぎる。まるで核シェルターのようである。
そんなことを考えながら、ふと時計を見ると午後ニ時半を指していた。集合時間まであと六時間半。疲れも出てきたため帰宅することにした。
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