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この星の住人は
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デレッド星人が、地球に不時着してから一週間が経っていた。故障した宇宙船は、運よくこの星の住人に見つかる前に分子レベルで分解することができた。
何よりラッキーだったのは、不時着に巻き込まれて死んだ地球人の体を手に入れられたことだった。ポケットに入っていたカードには、その地球人の名前と住所が書かれている。それによると、この人間の雄はタカミヤという名前らしい。母星からむかえが来るまで、この体に乗り移り、タカミヤのフリをしてしのげるだろう。しばらくの間、この星を見学するのも悪くない。というわけで、デレッド星人の地球暮らしが始まった。
その地球人の家は、壁にあちこち穴が空いていて、床には傷がある。タカミヤはずいぶんと古い家に住んでいたらしい。それとも、この星ではこれが普通なのだろうか?
「おはよう」
デレッド星人は朝食の席に着くと、目の前に置かれた物を観察した。原始的な器に、虫の卵のような白い粒々がたくさん盛り付けられている。これがコメという物だろう。確か、この国ではこの上にふりかけという粉状の物をかけるはずだ。デレッド星人が近くのビンを手に取り、中味をご飯に振りかけた。すると何やらご飯が塗ったように真っ赤になった。かまわずにむしゃむしゃと口に頬張る。
「ちょっと。お父さん、それ唐辛子よ。辛くないの?」
タカミヤの娘が言った。どうやらこれは似ているがふりかけではないようだ。しかし、ここで下手にさわいだら逆に怪しまれる。
「いや、味は悪くないよ」
食事を終えた後で、イスの背もたれに引っ掛けておいたネクタイを手に取る。とりあえず額に巻いてみるが、何か違う気がした。
「すまないが、ネクタイの結び方を忘れてしまったんだ。やってくれないか」
「分かりました」
冗談と思ったのか、妻は微笑みながらネクタイを結んでくれた。
「行ってらっしゃい。気をつけて」
「では、いってきます」
(しかし、地球人というのは素朴なものだな)
会社にむかう道を歩きながら、デレッド星人は考えた。
(家族が一人入れ替わっていても気がつかないとは。いや、それほど家族の事を信じきっているという事か)
「ねえ、お母さん」
父親が完全に家を出たのを確認してから、娘は怯えた、小さい声で言った。
「お父さん、最近変だと思わない? まるで、まるで……」
「誰かが乗り移ったよう?」
言葉にしたら異常な想像が現実になってしまうようで、娘が言えなかった事を母親はハッキリと口にした。
「でも、だったらどうだっていうの? あなたは前のお父さんに戻ってほしい?」
「戻ってほしく……ないわ」
娘は、部屋の中を見回した。穴の開いた壁、傷のついた床。あの男は、酒を飲んでは暴れまわっていた。時には娘や妻を殴り付け、髪の毛をつかんでひっぱり回す事もあった。
そんな暴力が、なぜか一週間前からぴたりとやんだ。些細な奇行と引き替えに。いきなり父親の性格が変わってしまった事は不気味だったが、それよりも殴られないですむようになった事がありがたかった。
「ひょっとしたら、何か脳に腫瘍でもできたのかもね。でも、原因なんてなんでもいいじゃないの。前よりは無害なんだから」
タカミヤの妻は淡々と言った。
「エイリアンが乗り移ったんだとしても、かまわない。どうせ、人間なんてお互いの正体を隠して付き合っているのだから、似たような物じゃないの」
「でも、またもとに戻ったら……」
このまま、父の性格がよくなったまま落ち着くとは限らないのだ。
そんな娘の言葉に、妻はクスクスと笑った。
「そんな心配はないわよ」
妻は、エプロンのポケットにさりげなく手をいれた。冷たく硬い感触。小さな小瓶の中身は、ネットの違法サイトで買った毒物だった。
「とりあえず、不信感を持たれたらまずいわ。にこにこ愛想よくして、機嫌を損ねないようにしましょうね」
何よりラッキーだったのは、不時着に巻き込まれて死んだ地球人の体を手に入れられたことだった。ポケットに入っていたカードには、その地球人の名前と住所が書かれている。それによると、この人間の雄はタカミヤという名前らしい。母星からむかえが来るまで、この体に乗り移り、タカミヤのフリをしてしのげるだろう。しばらくの間、この星を見学するのも悪くない。というわけで、デレッド星人の地球暮らしが始まった。
その地球人の家は、壁にあちこち穴が空いていて、床には傷がある。タカミヤはずいぶんと古い家に住んでいたらしい。それとも、この星ではこれが普通なのだろうか?
「おはよう」
デレッド星人は朝食の席に着くと、目の前に置かれた物を観察した。原始的な器に、虫の卵のような白い粒々がたくさん盛り付けられている。これがコメという物だろう。確か、この国ではこの上にふりかけという粉状の物をかけるはずだ。デレッド星人が近くのビンを手に取り、中味をご飯に振りかけた。すると何やらご飯が塗ったように真っ赤になった。かまわずにむしゃむしゃと口に頬張る。
「ちょっと。お父さん、それ唐辛子よ。辛くないの?」
タカミヤの娘が言った。どうやらこれは似ているがふりかけではないようだ。しかし、ここで下手にさわいだら逆に怪しまれる。
「いや、味は悪くないよ」
食事を終えた後で、イスの背もたれに引っ掛けておいたネクタイを手に取る。とりあえず額に巻いてみるが、何か違う気がした。
「すまないが、ネクタイの結び方を忘れてしまったんだ。やってくれないか」
「分かりました」
冗談と思ったのか、妻は微笑みながらネクタイを結んでくれた。
「行ってらっしゃい。気をつけて」
「では、いってきます」
(しかし、地球人というのは素朴なものだな)
会社にむかう道を歩きながら、デレッド星人は考えた。
(家族が一人入れ替わっていても気がつかないとは。いや、それほど家族の事を信じきっているという事か)
「ねえ、お母さん」
父親が完全に家を出たのを確認してから、娘は怯えた、小さい声で言った。
「お父さん、最近変だと思わない? まるで、まるで……」
「誰かが乗り移ったよう?」
言葉にしたら異常な想像が現実になってしまうようで、娘が言えなかった事を母親はハッキリと口にした。
「でも、だったらどうだっていうの? あなたは前のお父さんに戻ってほしい?」
「戻ってほしく……ないわ」
娘は、部屋の中を見回した。穴の開いた壁、傷のついた床。あの男は、酒を飲んでは暴れまわっていた。時には娘や妻を殴り付け、髪の毛をつかんでひっぱり回す事もあった。
そんな暴力が、なぜか一週間前からぴたりとやんだ。些細な奇行と引き替えに。いきなり父親の性格が変わってしまった事は不気味だったが、それよりも殴られないですむようになった事がありがたかった。
「ひょっとしたら、何か脳に腫瘍でもできたのかもね。でも、原因なんてなんでもいいじゃないの。前よりは無害なんだから」
タカミヤの妻は淡々と言った。
「エイリアンが乗り移ったんだとしても、かまわない。どうせ、人間なんてお互いの正体を隠して付き合っているのだから、似たような物じゃないの」
「でも、またもとに戻ったら……」
このまま、父の性格がよくなったまま落ち着くとは限らないのだ。
そんな娘の言葉に、妻はクスクスと笑った。
「そんな心配はないわよ」
妻は、エプロンのポケットにさりげなく手をいれた。冷たく硬い感触。小さな小瓶の中身は、ネットの違法サイトで買った毒物だった。
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